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参拝客で賑わう伊勢の神宮の駐車場を抜けて、五十鈴川に沿って車を走らせると、およそ喧騒とはかけ離れた静寂な森に入る。 神宮の内宮から見える森は全て、宮域林と呼ばれる神宮の森で、その範囲は稜線よりも向こう側の地域に及び、広さは計5,442ヘクタール、伊勢市の面積のおよそ四分の一に該当する。 すれ違うのも困難な県道から、さらに細い林道に入ると、森はいよいよ深く、昼間でも薄暗い。 この聖なる森は間もなく大きな役割を担うことになる。 宮域林は、約2,000年前の第11代垂仁天皇の御代に天照大御神が伊勢に御鎮座されたときから、大御神の山として大切にされてきた。 約1,300年前の第41代持統天皇の御代に、20年ごとに全ての御社殿をお建て替えする「式年遷宮」がはじまると、宮域林は御造営用材を伐り出す御杣山(みそまやま)に定められた。 その後、森林資源の欠乏によって御杣山は木曽に移り、現在宮域林の用材は使われていない。 大正12年に式年遷宮の御造営用材を再び宮域林で賄おうとする、200年の壮大な計画が決定され、翌年から植林が開始された。 約80年経過した今、計画は順調に進み、およそ2,500ヘクタールが人工林となっている。 このままいくと85年後の2093年に行われる式年遷宮以降は、使用される約1万立法メートル(約13,000本)の檜の90%以上を宮域林で毎回賄えるようになるという。 しかし、幅120センチメートルの御正宮の御扉に使われる用材は樹齢400年以上のものが必要であり、それを含めた全ての用材を賄えるのは324年後の2333年の式年遷宮まで待たなくてはいけない。 そして、平成25年の式年遷宮では、宮域林の間伐材が式年遷宮全体の約20%に当たる2,000立方メートルを賄うことになった。 宮域林の用材が使用されるのは約700年ぶりのことであり、歴史的意義は大きい。 神宮営林部事業課長の倉田克彦氏は「目に見えないものに立ち向かっている思い」と語る。 御杣山の復元事業は200年の計画であり、数年ではその変化をとらえることもできない。 何百年も先のことを考えて真剣に取り組んでいる人たちがいることを忘れてはいけないと思った。 (竹田恒泰) この原稿は、平成18年10月〜平成20年9月に「フジサンケイ・ビジネスアイ」に連載した「エコマインド・アイ」を転載したものです。 |
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2009年10月04日
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