竹田恒泰日記

気ままな日記です。 HPもどうぞ! http://www.takenoma.com

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

天皇陛下御即位二十周年はなぜめでたいか


 平成21年11月12日は、天皇陛下御即位二十周年の記念日でした。平成2年の11月12日に即位の礼が行われてから、丁度二十年になります。

 午後には、国立劇場で政府主催の「天皇陛下御在位二十年記念式典」が開かれ、鳩山由紀夫総理らがお祝いの言葉を述べました。

 またその後、経済団体などで作る民間の奉祝委員会と奉祝国会議員連盟は、「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」を開催し、皇居周辺で祝賀パレードや、みこしが練り歩く奉祝渡御(とぎょ)が行われました。

 そして、夕方から皇居前広場で行われた奉祝式典では芸能界やスポーツ界などの著名人が次々とお祝いのメッセージを述べ、EXILEが奉祝曲を披露しました。

 奉祝曲は、この日のために作られた三部構成の組曲「太陽の国」で、作曲は岩代太郎(いわしろ・たろう)氏、作詞は秋元康(あきもと・やすし)氏によります。

 両陛下はEXILEのメンバーに笑顔で拍手あそばされました。

 この奉祝式典には一万五千人の定員に対して五万人の応募があったそうです。応募に漏れた人も周辺からモニターで見られるように配慮があり、三万人が集まりました。

 天皇皇后両陛下は皇居二重橋の上にお姿をお見せになり、提灯をゆっくりとお振りになって、国民の祝福にお答えになりました。

 この日、心配された雨は持ちこたえました。前日と翌日、東京地方は雨に見舞われましたので、奉祝の記念日だけが晴れたことになります。

 ところが、奉祝式典も終盤に差し掛かると、気温もずいぶん低くなり、肌寒くなりました。

 天皇陛下は、来場者に向けて「少し冷え込み、皆さんには、寒くはなかったでしょうか」とお気づかいあそばされ「本当に楽しいひとときでした」と仰せられ、会場から大歓声が上がりました。

 またこの日、皇居では朝から宮内庁庁舎前の特設記帳所で記帳を受け付け、約1万人が訪れました。

 さて、ではなぜ天皇陛下御即位二十周年がめでたいのでしょう。その理由を示すのは簡単ではありませんが、私が思うところを述べます。

 我が国は二千年以上前の建国以来、万世一系の天皇を仰ぎ、現在に至ります。

 もし途中で一度でも王朝が交代していたら、日本は全く別の国になっていたことでしょう。

 最悪の場合、現在日本列島は、中国・ロシアもしくは米国が統治していた可能性もあります。

 そうなっていたら、日本語も失われていたはずです。また、日本文化もアイヌやネーティブアメリカンのそれと同様、国の補助によって細々と続けられるような存在になっていたことでしょう。

 かつて欧米列強に国を壊されたアジアとアラブの国々の中には、言語を奪われ、文化が断裂された例がいくらでもあります。

 つまり、皇室が存続することは、日本が存続することなのです。

 天皇陛下には憲法で定められた国事行為がありますが、それだけでなく、様々な公的な行事にお出かけになります。

 ところが、本質的には、何かをして頂くということよりも、天皇陛下が御存在あそばすことが、日本人にとって最高の価値なのではないでしょうか。

 天皇陛下さえいらっしゃれば日本は大丈夫なのです。

 天皇陛下が御存在あそばすことにより、国土、国民、人心、文化、伝統など、全てを包括した「日本」そのものが継承されていくのです。

 ですから、天皇陛下がお元気あられ、二十周年、三十周年と平成の御世(みよ)が続くことは、日本人にとって最高の喜びなのです。

 両陛下は国民の事を我が子のように愛し、国民は両陛下を両親のように慕ってきました。天皇と国民は、深い愛によって繋がっています。

 子が親の長寿を願うのと同じく、国民が天皇の長久を願うことは、とても自然なことなのです。

 日ごろ国民の幸せを第一に祈ってくださる天皇陛下に対して、心から感謝申し上げたいと思います。

元ページ
※今回は全文掲載しました

少年タケシ「皇室のきょうかしょ」毎週月曜更新



■政府主催記念式典での天皇陛下のお言葉
 即位20年に当たり、政府並びに国の内外の多くの人々から寄せられた祝意に対し、深く感謝します。

 今年(こんねん)は平成生まれの人が成人に達した年で、スポーツその他の分野でも、既に平成生まれの人々の活躍が見られるようになりました。20年という時の流れを思い、深い感慨を覚えます。ここに即位以来の日々を顧み、私どもを、支え続けてくれた国民に心から謝意を表します。

 この20年、さまざまなことがありました。とりわけ平成7年の阪神・淡路大震災をはじめとし、地震やそれに伴う津波、噴火、豪雨など、自然災害が幾度にもわたりわが国を襲い、多くの人命が失われたことを忘れることはできません。改めて犠牲者を追悼し、被災した人々の苦労を思い、復興のために尽力してきた地域の人々、それを全国各地より支援した人々の労をねぎらいたく思います。

 即位以来、国内各地を訪問することに努め、15年ですべての都道府県を訪れることができました。国と国民の姿を知り、国民と気持ちを分かち合うことを、大切なことであると考えてきました。それぞれの地域で、高齢化をはじめとしてさまざまな課題に対応を迫られていることが察せられましたが、訪れた地域はいずれもそれぞれに美しく、容易ではない状況の中でも、人々が助け合い、自分たちの住む地域を少しでも向上させようと努力している姿を頼もしく見てきました。これからも、皇后とともに、各地に住む人々の生活に心を寄せていくつもりです。

 先の戦争が終わって64年がたち、昨今は国民の4人に3人が戦後生まれの人となりました。この戦争においては、310万人の日本人の命が失われ、また外国人の命も多く失われました。その後の日本の復興は、戦後を支えた人々の計り知れぬ苦労により成し遂げられたものです。今日の日本がこのような大きな犠牲の上に築かれたことを忘れることなく、これを戦後生まれの人々に正しく伝えていくことが、これからの国の歩みにとり、大切なことではないかと考えます。

 この20年間に国外で起こったこととして忘れられないのはベルリンの壁の崩壊です。即位の年に起こったこの事件に連なる一連の動きにより、ソビエト連邦からロシアを含む15カ国が独立し、それまでは外部からうかがい知ることのできなかったこれらの地域の実情や歴史的事実が明らかになりました。より透明な世界が築かれていくことに深い喜びを持ったことが思い起こされます。しかし、その後の世界は人々の待ち望んだような平和なものとはならず、今も各地域で紛争が絶えず、多くの人命が失われているのは誠に残念なことです。世界の人々が、共に平和と繁栄を享受できるようになることを目指して、すべての国が協力して努力を積み重ねることが大切であると思います。

 今日、わが国はさまざまな課題に直面しています。このような中で、人々が互いに絆(きずな)を大切にし、叡智(えいち)を結集し、相携えて努力することにより、忍耐強く困難を克服していけるよう切に願っています。

 平成2年の即位礼の日は、穏やかな天候に恵まれ、式後、赤坂御所に戻るころ、午後の日差しが、国会議事堂を美しくあかね色に染めていた光景を思いだします。あの日沿道で受けた国民の祝福は、この長い年月、常に私どもの支えでした。即位20年に当たり、これまで多くの人々から寄せられたさまざまな善意を顧み、改めて自分の在り方と務めに思いを致します。

 ここに今日の式典をこのように催されたことに対し、厚く感謝の意を表し、国の繁栄と国民の幸せを祈ります。

全1ページ

[1]


.
たけぼん
たけぼん
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事