竹田恒泰日記

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特例会見、憲法原理に反する



平成21年12月15日付産経新聞(3面)に記事を寄稿しました。

ネット上で閲覧していただけます。


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 昨日の「政府の中国副主席会見要請は憲法違反」について、次の通り補足する。


政府の中国副主席会見要請は憲法違反2

〜天皇政治利用の根拠
〜宮内庁長官権限の限界と可能性
〜中国で主席になるには天皇の力が必要

                         慶應義塾大学講師(憲法学) 竹田恒泰

 今回の中国副主席会見要請問題が天皇の政治利用に当たるか議論がある。

 たしかに、今回の一件が一ヶ月より前に御会見の要請があったなら、このような政治利用問題に発展することはなかったろう。胡錦濤国家主席が副主席の時代に天皇陛下の謁を賜った例があり、然るべき手続きを経ていたならば、先例と同様に扱われていたと思われる。

 では、胡錦濤氏の場合は天皇の政治利用ではなく、習近平の場合が天皇の政治利用であるというのはいかなる理屈によるものか。

 それは、内規に違反している点においてである。

 天皇陛下が外交要人を御引見あそばすことが、直ちに天皇の政治利用になるものではない。今回の場合は、表面的には手続きが政府内の規則違反によって行われたことが問題となる。

 重要なのは、皇室がこれまで諸外国を国の大小や、政治的重要性を考慮せずに、全て平等に国際親善を積み上げてきたことである。諸国を平等に扱う上において、皇室の国際親善自体は天皇の政治利用に当たらない。

 だが、もし皇室の国際親善が特定の国を特別扱いしたものであったなら、それは天皇の政治利用に当たると考えなくてはならない。

 「親善」はあくまで文化的交流だが、「外交」は政治的交流であって、特定の国を特別扱いする皇室の国際親善は「親善」を超え「外交」の領域に達することになるからである。

 したがって、今回の問題は、内規に違反してまで御会見を設定した点において、天皇の政治利用というべきだ。そして、天皇の政治利用は憲法違反に当たる。


 次に宮内庁長官の権限について考えたい。
 宮内庁は内閣府に属し、宮内庁長官は省を率いる大臣ではないため、その権限は大臣のそれとは大きく異なる。

 したがって、今回のような皇室の事務に関する事項につき宮内庁長官が断固反対したとしても、長官には総理の決定を覆す権限はない。

 だからといって、宮内庁長官が官邸の言いなりになっていたのでは、宮内庁長官の存在意義は無いといわなくてはならない。

 宮内庁長官が粘り強く総理を諫めるべきであったことは、昨日掲載した「政府の中国副主席会見要請は憲法違反」を参照して欲しい。

 また、総理には宮内庁長官の人事権がなく、罷免することもできない。宮内庁長官の人事は事務方の官房副長官に属し、総じて言えば官僚機構が長官の人事権を掌握している。具体的には内閣法制局が重要な役割を担う。

 今回の件で宮内庁長官が御会見設定に最後まで反対の意見を表明したとしても、総理は長官を更迭することができないのであるから、長官は気おくれせずに断固として反対すべきだった。

 先述の通り、長官には拒否権はないが、総理の要請に対して毅然とした態度をとり続けることで、政府が天皇を政治利用することの問題を、国民に明確に示すことができたはずだ。それによって国民世論を動かすことも可能だった。

 具体的には、長官が最後まで反対した場合、総理が長官を更迭できないのであるから、総理は長官を通り越して直接侍従長に指令を与えなくてはならなかった。このような事態が生じたなら、国民的議論が感化されたはずである。そうなったら羽毛田宮内庁長官は、体を張って天皇をお守りした長官として歴史に名が刻まれていたことだろう。

 羽毛田長官がこの問題を本当に重要と考えていたなら、そのように振る舞ったはずである。表面上は苦渋に満ちた振りをしているが、それは自身の責任逃れのための芝居だったのではないかと言われても仕方あるまい。

 このような形で簡単に天皇が政治利用されるのであれば、宮内庁を省に格上げして宮内大臣に一定の権限を持たせるか、もしくは宮内庁を廃止し、皇室が政府と折衝するための独自の機関を設置するかのどちらかしかないだろう。

 現在のような宮内庁であれば、もはや存在意義は無い。



 今回の一連の騒動で思ったのは、日本人が思っている以上に、中国が天皇の価値を認めていることである。

 副主席は、天皇の謁を賜ることで、中国国内において自らの地位を押し上げることを目論んでいることは明確である。

 古代において、日本は中国に朝貢することで日本国内における王権の正当性を認められた時期があったが、今はその構造が逆転したのかもしれない。日本の天皇と会見を果たすことが、中国の指導者になるために必要な条件となっているようだ。

 であるならば、何も中国の御機嫌を伺いながら、国内の内規に違反する理不尽な御会見を設定する必要はない。

 日本は「陛下の御会見を設定しない」と言っているのではないのだから、副主席来日の日程を一ヶ月延期すればそれで済む話だ。

 中国外交部の高官が十二日、特例による御会見設定について「日本国内の問題だが、日本政府に感謝する」「日本国民の皆さんに理解を求めたい」と述べたという。

 理不尽な要求をしておいて「理解を求めたい」とは一体何事か。日本の外務省こそ、中国人民に対し、日本の象徴天皇に理解を求めるべきではなかったか。

 もし特例の御会見が実行されたなら、それこそ日中友好に水を差すことになるだろう。日本国民はこの屈辱を決して許さない。

 本当の日中友好を考えるなら、日本はむしろ断固として特例の扱いを拒否すべきである。今からでも遅くはない。

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政府の中国副主席会見要請は憲法違反


〜政府は天皇の政治利用を即刻中止せよ
〜宮内庁長官は決断せよ

                     慶應義塾大学講師(憲法学) 竹田恒泰



 中国副主席会見要請問題について憲法学者として次のとおり意見を述べる。

 天皇陛下の外国要人との御会見は、一か月前までに文書で申請する取り決めがある。

 しかし、中国政府は習近平国家副主席が十二月十四日に来日するに当たり、申請期限である一か月前を切った十一月下旬に天皇陛下との御会見を要請してきた。

 そこで日本の外務省は、一ヶ月以内の陛下との御会見は認められないと伝えたが、中国側が繰り返し陛下との御会見を求めてきた。

 これを受けて、民主党の小沢一郎幹事長が鳩山総理に御会見の実現を働きかけ、総理が平野博文官房長官に御会見を実現させるよう指示し、宮内庁に正式に要請したと伝えられる。

 日本側が困惑することを知りつつ、強引に天皇陛下の御会見を要求する中国の態度は、国際社会の一員として最低限の礼節を欠いているというべきだ。

 ところがそれにもかかわらず、鳩山総理は中国のその理不尽な要求を受け入れ、これを実現させようとしている。

 これは天皇の政治利用に他ならず、憲法違反として非難されなくてはならない。

 総理官邸で記者が政治利用について質問すると、鳩山総理は、賓客が来た時の判断であり「諸外国と日本との関係をより好転させるため」「政治利用という言葉はあたらない」と述べた。

 同様に平野官房長官も会見で「今回、中国の要人が来るのでお出会いしてくださいというのは、政治利用でも何でもない」と述べ、天皇の政治利用を否定した。

 だが、十二月十一日の羽毛田宮内庁長官の会見によると、平野官房長官から御会見を実現するように二度要請があり、長官が一ヶ月前のルールを説明したが「官房長官は『日中関係は重要だから』の一点張りだった」と述べた。

 だが「日中関係は重要だから」という理由は、それ自身が既に政治的ではあるまいか。これを政治的と言わずして一体何を政治的と言うのだろう。

 一ヶ月前という一定のルールに基づいて処理されるなら、通常の皇室国際親善の範疇に収まるが、「日中関係は重要だから」中国だけ特別扱いして、緊急の御会見を実現させる考えは、重大な政治判断に他ならない。

 これについて総理が「政治利用という言葉はあたらない」とするのは詭弁というべきだろう。

 時の政権が皇室を政治利用することは、憲法違反であり、絶対にあってはいけないことである。

 そもそも、日本は「陛下は副主席とお会いにならない」などと言っているのではなく、あくまで一ヶ月前というルールに反する御会見は認められないと述べただけである。

 中国も国際社会の一員ならば、日本のルールを尊重し、一月以降に来日すれば済む話であろう。

 中国側は「(御会見の成否は)習副主席訪日の成否がかかっている」と、御会見の実現を日本側に強く要求してきたようだが、だったら尚のこと、一月以降に日程を組み直せばそれで何ら問題はないはずである。誰の面子も潰れはしない。

 まして、元首たる国家主席ではなく、ただの副主席なのだから、その程度の日程調整ができないはずはない。

 これまで皇室は、国の大小や、政治的重要性の度合いなどは度外視し、全ての国と平等に国際親善を重ねてきたが、「日中関係は重要だから」という理由で中国を特別扱いした場合、これまで皇室が積み上げてきた国際親善のあり方は崩れることになる。

 それだけではない。今回の例外的な措置が一つの悪しき先例となることは必至だ。

 中国は、多少理不尽なことでも強く要求すれば日本は折れると考え、今後次から次へと同様な理不尽な要求をぶつけてくることにもなりかねない。

 今回は特例として受け入れ、次回に断ったとしたら、それこそ角が立つ話だ。ならば今回は体よくお断りし、中国だけ特別扱いする先例を作るべきではない。

 もし日本が中国だけを特別扱いするなら、それは諸外国の眼には奇妙に映るに違いない。日本は良い笑い物にされるだろう。

 この件について羽毛田宮内庁長官は会見で「二度とこういうことがあってほしくないというのが切なる願いだ」と、強い遺憾の意を表明した。その遺憾の内容は、高く評価すべきである。

 御会見の設定とルールとの整合性を問われた長官は、

「残念なことをせざるを得なくなった。単なる事務ルールのことではない。陛下の役割は国の外交とは違う。国と国の間に政治的懸案があれば陛下を打開策に、となれば憲法上の陛下のなさりようが大きく狂うことになる」

と答え、また天皇の政治利用につながる懸念について質問されると、

「大きく言えばそうでしょう。その意見に対して『何を言ってるんだ』とは言いにくいし、つらい。苦渋の思いだ。陛下の国際親善は政治的な重要性や判断を超えたところにある。天皇陛下の役割について非常に懸念することになるのではないか。政治的判断としてお願いするのはどうなのか」

と述べた。

 宮内庁長官として、実に的確な視点でこの問題をとらえた結果の発言と評価できる。

 また、政府機関の一つの長の役職を占めながらも、可能な限り最大限の発言をしたことも賞賛されるべきだろう。

 しかし、そこまではよいが、結局長官は「宮内庁も内閣の一翼を占める政府機関である以上、直接の上司に当たる官房長官の指示に従うべきなので、誠に心苦しい思いで陛下にお願いした」のだという。

 すなわち、自分は反対意見だったが、上司の意見には逆らえないので、従ってしまったというのである。

 これは、長官が天皇陛下よりも、自分の立場を優先したということを意味する。これでは、長官は天皇を犠牲に自分の立場を守ったと揶揄されても仕方あるまい。

 断言しよう。宮内庁長官の最大の任務は、時の政権が天皇を政治利用しようとした時に、これを阻止することにある。宮内庁長官にとってこれ以上の任務は憲法学的に理論的に存在しない。

 日本国憲法には、政府が天皇を政治利用しようとした時、これを阻止する方法が存在しない。このことは日本国憲法の最大の欠陥といえる。

 しかし、現実的に政府による天皇の政治利用を唯一阻止できる可能性があるのが、宮内庁長官なのである。宮内庁長官を差し置いて、この役割を担える役職は存在しない。

 宮内庁は政府の機関だが、皇室は政府の機関ではない。宮内庁長官は、皇室の利害と政府の利害が対立した時に、政府の中にあって、政府による皇室の政治利用を阻止しなければいけない立場にあるのだ。

 私は問いたい。なぜ羽毛田長官は体を張って止めなかったか。

 皇太子殿下の参内が少ないと皇太子殿下を何度も諌めたと豪語した人物が、天皇の政治利用を目の前にし、なぜ粘り強く総理を諌めなかったか。

 本来であれば、辞表を胸に忍ばせてでも、憲法違反の天皇の政治利用を阻止すべきではなかったろうか。

 長官が強い遺憾の意を抱きながらも、上司に当たる官房長官の指示に従ってしまうのであれば、宮内庁など必要ないではないか。

 私はかつて「宮内庁は皇室をお守りする機関」だと思っていた。しかしそれは大きな間違いだったのかもしれない。

 皇室の利害と政府の利害が対立した時に、簡単に政府の立場に立つような宮内庁なら、存在意義は殆どないといえよう。

 もし、羽毛田長官とて人の子であるから、長官が、自分が更迭されるのが怖くて官房長官の指示に従ったのであれば、まだ分かる。

 しかし、総理には宮内庁長官の人事権と更迭権はない。総理には宮内庁長官を更迭する権力はないのであるから、長官は気後れせずに、陛下をお守りすることだけを考えて職務に邁進すべきである。

 私は羽毛田長官に言いたい。政治利用の魔の手から天皇陛下を守れるのは、あなたしかいない。

 これからでも遅くはない。「やはり、お受けできない」と総理の要請を突っぱねるべきではないか。この一件は宮内庁の存在意義が問われる重要な局面である。

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天皇陛下御即位二十周年はなぜめでたいか


 平成21年11月12日は、天皇陛下御即位二十周年の記念日でした。平成2年の11月12日に即位の礼が行われてから、丁度二十年になります。

 午後には、国立劇場で政府主催の「天皇陛下御在位二十年記念式典」が開かれ、鳩山由紀夫総理らがお祝いの言葉を述べました。

 またその後、経済団体などで作る民間の奉祝委員会と奉祝国会議員連盟は、「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」を開催し、皇居周辺で祝賀パレードや、みこしが練り歩く奉祝渡御(とぎょ)が行われました。

 そして、夕方から皇居前広場で行われた奉祝式典では芸能界やスポーツ界などの著名人が次々とお祝いのメッセージを述べ、EXILEが奉祝曲を披露しました。

 奉祝曲は、この日のために作られた三部構成の組曲「太陽の国」で、作曲は岩代太郎(いわしろ・たろう)氏、作詞は秋元康(あきもと・やすし)氏によります。

 両陛下はEXILEのメンバーに笑顔で拍手あそばされました。

 この奉祝式典には一万五千人の定員に対して五万人の応募があったそうです。応募に漏れた人も周辺からモニターで見られるように配慮があり、三万人が集まりました。

 天皇皇后両陛下は皇居二重橋の上にお姿をお見せになり、提灯をゆっくりとお振りになって、国民の祝福にお答えになりました。

 この日、心配された雨は持ちこたえました。前日と翌日、東京地方は雨に見舞われましたので、奉祝の記念日だけが晴れたことになります。

 ところが、奉祝式典も終盤に差し掛かると、気温もずいぶん低くなり、肌寒くなりました。

 天皇陛下は、来場者に向けて「少し冷え込み、皆さんには、寒くはなかったでしょうか」とお気づかいあそばされ「本当に楽しいひとときでした」と仰せられ、会場から大歓声が上がりました。

 またこの日、皇居では朝から宮内庁庁舎前の特設記帳所で記帳を受け付け、約1万人が訪れました。

 さて、ではなぜ天皇陛下御即位二十周年がめでたいのでしょう。その理由を示すのは簡単ではありませんが、私が思うところを述べます。

 我が国は二千年以上前の建国以来、万世一系の天皇を仰ぎ、現在に至ります。

 もし途中で一度でも王朝が交代していたら、日本は全く別の国になっていたことでしょう。

 最悪の場合、現在日本列島は、中国・ロシアもしくは米国が統治していた可能性もあります。

 そうなっていたら、日本語も失われていたはずです。また、日本文化もアイヌやネーティブアメリカンのそれと同様、国の補助によって細々と続けられるような存在になっていたことでしょう。

 かつて欧米列強に国を壊されたアジアとアラブの国々の中には、言語を奪われ、文化が断裂された例がいくらでもあります。

 つまり、皇室が存続することは、日本が存続することなのです。

 天皇陛下には憲法で定められた国事行為がありますが、それだけでなく、様々な公的な行事にお出かけになります。

 ところが、本質的には、何かをして頂くということよりも、天皇陛下が御存在あそばすことが、日本人にとって最高の価値なのではないでしょうか。

 天皇陛下さえいらっしゃれば日本は大丈夫なのです。

 天皇陛下が御存在あそばすことにより、国土、国民、人心、文化、伝統など、全てを包括した「日本」そのものが継承されていくのです。

 ですから、天皇陛下がお元気あられ、二十周年、三十周年と平成の御世(みよ)が続くことは、日本人にとって最高の喜びなのです。

 両陛下は国民の事を我が子のように愛し、国民は両陛下を両親のように慕ってきました。天皇と国民は、深い愛によって繋がっています。

 子が親の長寿を願うのと同じく、国民が天皇の長久を願うことは、とても自然なことなのです。

 日ごろ国民の幸せを第一に祈ってくださる天皇陛下に対して、心から感謝申し上げたいと思います。

元ページ
※今回は全文掲載しました

少年タケシ「皇室のきょうかしょ」毎週月曜更新



■政府主催記念式典での天皇陛下のお言葉
 即位20年に当たり、政府並びに国の内外の多くの人々から寄せられた祝意に対し、深く感謝します。

 今年(こんねん)は平成生まれの人が成人に達した年で、スポーツその他の分野でも、既に平成生まれの人々の活躍が見られるようになりました。20年という時の流れを思い、深い感慨を覚えます。ここに即位以来の日々を顧み、私どもを、支え続けてくれた国民に心から謝意を表します。

 この20年、さまざまなことがありました。とりわけ平成7年の阪神・淡路大震災をはじめとし、地震やそれに伴う津波、噴火、豪雨など、自然災害が幾度にもわたりわが国を襲い、多くの人命が失われたことを忘れることはできません。改めて犠牲者を追悼し、被災した人々の苦労を思い、復興のために尽力してきた地域の人々、それを全国各地より支援した人々の労をねぎらいたく思います。

 即位以来、国内各地を訪問することに努め、15年ですべての都道府県を訪れることができました。国と国民の姿を知り、国民と気持ちを分かち合うことを、大切なことであると考えてきました。それぞれの地域で、高齢化をはじめとしてさまざまな課題に対応を迫られていることが察せられましたが、訪れた地域はいずれもそれぞれに美しく、容易ではない状況の中でも、人々が助け合い、自分たちの住む地域を少しでも向上させようと努力している姿を頼もしく見てきました。これからも、皇后とともに、各地に住む人々の生活に心を寄せていくつもりです。

 先の戦争が終わって64年がたち、昨今は国民の4人に3人が戦後生まれの人となりました。この戦争においては、310万人の日本人の命が失われ、また外国人の命も多く失われました。その後の日本の復興は、戦後を支えた人々の計り知れぬ苦労により成し遂げられたものです。今日の日本がこのような大きな犠牲の上に築かれたことを忘れることなく、これを戦後生まれの人々に正しく伝えていくことが、これからの国の歩みにとり、大切なことではないかと考えます。

 この20年間に国外で起こったこととして忘れられないのはベルリンの壁の崩壊です。即位の年に起こったこの事件に連なる一連の動きにより、ソビエト連邦からロシアを含む15カ国が独立し、それまでは外部からうかがい知ることのできなかったこれらの地域の実情や歴史的事実が明らかになりました。より透明な世界が築かれていくことに深い喜びを持ったことが思い起こされます。しかし、その後の世界は人々の待ち望んだような平和なものとはならず、今も各地域で紛争が絶えず、多くの人命が失われているのは誠に残念なことです。世界の人々が、共に平和と繁栄を享受できるようになることを目指して、すべての国が協力して努力を積み重ねることが大切であると思います。

 今日、わが国はさまざまな課題に直面しています。このような中で、人々が互いに絆(きずな)を大切にし、叡智(えいち)を結集し、相携えて努力することにより、忍耐強く困難を克服していけるよう切に願っています。

 平成2年の即位礼の日は、穏やかな天候に恵まれ、式後、赤坂御所に戻るころ、午後の日差しが、国会議事堂を美しくあかね色に染めていた光景を思いだします。あの日沿道で受けた国民の祝福は、この長い年月、常に私どもの支えでした。即位20年に当たり、これまで多くの人々から寄せられたさまざまな善意を顧み、改めて自分の在り方と務めに思いを致します。

 ここに今日の式典をこのように催されたことに対し、厚く感謝の意を表し、国の繁栄と国民の幸せを祈ります。

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