|
2009/09/10 20:23 【共同通信】 宮内庁の羽毛田信吾長官は10日の記者会見で、民主党などの連立政権による内閣が近く発足することに関し「皇位継承の問題があることを(新内閣に)伝え、対処していただく必要があると申し上げたい」と述べ、皇位継承の対象を男系の男子皇族に限定している皇室典範の改正問題に取り組むよう要請する考えを示した。
羽毛田長官は「皇室が安定的に続くかどうかという問題が存在するという意識は、政権が変わっても変わらず持っている」と述べ、あらためて皇位継承の現状への懸念を表明。その上で「事実を伝えることはやらねばならない(私の)務め。できるだけ早くそういう場を持ちたいと思っている」と意欲を示した。 皇室典範の規定では、天皇陛下の孫の世代の皇位継承対象者は秋篠宮家の長男悠仁さま(3)しかいないのが現状。典範改正をめぐっては、政府の有識者会議が2005年11月、女性・女系天皇を容認する報告書をまとめたが、その後の議論は停滞している。 羽毛田長官はこれまでにも皇位継承の不安定さを指摘。昨年12月には陛下の心身の不調に対し「陛下がここ何年、将来にわたる皇統の問題、皇室にかかわるもろもろの問題に憂慮される様子を拝してきた」との所見を述べた。 2009.9.17 産経新聞 「きょうが政治と行政の仕組みを根本的に変えるスタートの日。後世の歴史家が『素晴らしい日だった』という一日にするために、これから積極的に働こう」
鳩山首相は16日午前、国会内で開かれた参院議員総会でこう呼びかけた。 だが、実際には鳩山首相の意向とは関係なく、正式な政権発足前から、それぞれの思惑に基づく動きが活発化している。 「新政権発足後、できるだけ早く皇位継承の問題があることを伝え、対処していただく必要がある」 宮内庁の羽毛田信吾長官は10日、記者会見でこう語った。皇位継承権者を男系の男子皇族に限定している、現行の皇室典範改正への取り組みを要請する考えを示したものだ。 (一部抜粋) |
過去の投稿月別表示
[ リスト | 詳細 ]
|
小泉総理が最後まで女性天皇と女系天皇の違いを知らず、皇室典範改定法案の趣旨を理解していなかったことからも分かるように、皇室典範改定は元々小泉総理の考えではありませんでした。 誰かが準備をしていなければ、あの時期に何の前触れもなく有識者会議が立ちあがるはずはありません。 では一体誰が女系天皇成立を目論んで準備を進めていたのでしょうか。 それを知るには、かつての橋本内閣の時、水面下で皇室制度に関する非公式の検討会が発足し、内閣法制局を中心に法案が検討されていた事実を検証する必要があります。 18年2月17日に産経新聞が公表した政府極秘文章によると、宮内庁で皇位継承制度にかかわる基礎資料の作成が始まったのは平成8年で、翌9年4月から平成12年3月までの間に、内閣官房が加わった非公式の「特別研究会」が二期に分かれて設置されたそうです。 そして、研究会は平成12年3月に一旦閉じるも、宮内庁では資料の作成、整理が続けられ、平成15年5月から平成16年6月にかけて、内閣官房・内閣法制局・宮内庁による皇位継承制度の改定に向けた共同検討が実施されています。 第一期メンバーには、工藤敦夫元内閣法制局長官、古川貞二郎内閣官房副長官、大森政輔内閣法制局長官らのほか、元宮内庁幹部らが名を連ねました。 古川貞二郎は三十五年間厚生官僚を務めた人物です。 有識者会議の人選をした人物として知られ、本人も有識者会議の委員の一人であることから、橋本内閣時代から、女系天皇成立を目論む中心的存在であると見てよいでしょう。 有識者会議が立ち上がるこの時期に合わせて、やはり厚生官僚で古川の後輩に当たる羽毛田信吾が宮内庁長官に任命されていることからして、女系天皇成立は内閣官房・内閣法制局・宮内庁の幹部が水面下で進められていたと思われます。 そしてこの一派は、現在でも女系天皇の成立を虎視眈々と狙っているに違いありません。続きを読む 少年タケシ「皇室のきょうかしょ」毎週月曜更新 |
|
平成19年7月16日に起きた中越沖地震は、原発が直撃されて放射能漏れを起こしたため、世界中のメディアが注目した。 地震による原発の火災と放射能漏れは、いずれも人類の原子力史上これまでに例がない。放射能を漏らした柏崎刈羽原発は100万キロワット級が7基並ぶ世界最大の原発基地であるため、地震後の経過を欧米はじめ世界中が注意深く見守った。 とりわけロシアでは地震発生直後からトップ級ニュースとして扱い、放射能が日本海に流出した経緯などを詳しく伝え、国営ロシア通信は「地震の最も恐ろしい結末の一つは原発火災だった」と報じた。 原発事故の悲惨さを身をもって経験しているロシアは、隣国の原発火災の情報にはとりわけ敏感である。 全体の犠牲者数は公式な発表はないが、チェルノブイリ原発の事故後の処理作業だけで約5万人の兵士が死亡したとロシア政府は発表している。敏感になって当然だ。 中越沖地震では、原発が記録した揺れの強さを示す加速度680ガルは、耐震設計時の想定値273ガルの約2.5倍に相当する。 想定外の揺れにより、想定外の火災が発生し、想定外の放射能漏れを起こしたわけだ。 なぜ想定外の揺れが起きたのだろう。 それは近くの断層を過小評価していたからだ。 気象庁の解析によると、今回の地震で海底の活断層が原発の直下にまで延びている可能性が高いことが分かったという。 まさか活断層の真上に7基の原発が建っていたとは、原発作業員も近隣住民も想像もしていなかったろう。 だが、何事にしても想定外の事態は起きるものだ。 想定内のことが起きている限り事故は起きない。 毎日の世界のニュースは想定外の出来事で埋め尽くされている。 もし想定内のことしか起きない一日があったとしたら、それこそ想定外ではないか。 とすれば、原発のように一つ間違えたら大惨事に至るものは、常に想定外の事態に備えなくてはなるまい。 チェルノブイリの二の舞を踏んで「想定外でした」では済まされないのだ。 原発を保持するのであれば、相当のリスクがあることを覚悟する必要がある。(竹田恒泰) この原稿は、平成18年10月〜平成20年9月に「フジサンケイ・ビジネスアイ」に連載した「エコマインド・アイ」を転載したものです。 |
|
大規模に集約したシステムを「文明的」と呼ぶらしい。 だが、大規模に集約したシステムは、本質的に脆弱である。 なぜなら、集約している分、一ヶ所を破壊すればシステム全体が麻痺するからだ。 分かりやすい例はニューヨークの貿易センタービルだろう。 わずか63メートル四方の敷地二ヶ所に、およそ5万人が勤務し、一日あたり約20万人の来館者があった。 同時多発テロの犠牲者は2749人だった。 朝早かったためにそれで済んだが、もし遅い時間帯だったら、何万人もの犠牲者が出ただろう。 本来旅客機2機で何万人も殺害することはできない。 たとえ渋谷や銀座に旅客機が落ちても何万人も死にはしない。 だが、巨大オフィスビルを狙えば話は違ってくる。 集約しているほど破壊の影響は大きく、テロの対象となる。 自衛隊機が送電線を切断しただけで80万世帯が停電になったことがあった。 山手線が10分止まっただけで、何万人の足に影響が出るのも同じことだ。 最もオフィス・ワーカーを集約するのが巨大オフィスビルなら、最も発電能力を集約するのは原発である。 原子炉自体は意外と小さく、内径はおよそ6mメートル強、面積約30平方メートル程度の敷地の上で1基分の約100万キロワットの電気が作られている。 平成19年には地震で世界最大の原発基地・柏崎刈羽原発が全面停止し、電力供給に大穴が開いた。 7基の原子炉の合計出力は821万キロワット、約365万世帯の電力を賄える。 原発は故障などで一基停止しても影響は大きい。ところが、今回は地震で7基全てが停止する、空前にして絶後の超大穴が開いた。 「文明的」なシステムほど脆弱なのだ。 大規模集約型の時代は20世紀で終わった。 これからは小規模分散型の時代である。 生態系や人体は、どこかに故障が生じてもシステム全体が破綻しない作りになっている。 インターネットも然り。 電力も自然発電などを積極的に取り入れ、小規模分散に移行すべきではないか。 ところで、平成19年の夏は、柏崎の原発無くして電力が賄えた。原発はある程度なくしても電気は足りることが実証されたことになる。(竹田恒泰) この原稿は、平成18年10月〜平成20年9月に「フジサンケイ・ビジネスアイ」に連載した「エコマインド・アイ」を転載したものです。 |
|
チェルノブイリに次ぐ深刻な原発事故は、1979年3月に米国ペンシルバニア州スリーマイル島原発二号炉で起きた。 一歩間違えば米国東部は壊滅していた。 発端は炉心に冷却水を戻す給水ポンプの停止。 僅かな水漏れが原因で、しかも炉心から離れた場所で起きた些細なトラブルである。 このとき補助給水ポンプが自動的に始動した。これで収束するはずだった。 だが、補助給水ポンプの出口弁が閉じられていた。 これでは炉心に冷却水は戻らない。 数日前の点検で一時的に閉じた弁を開くのを忘れていたのだ。 しかも、制御室には弁が閉じていることを示すランプが点灯していたが、ぶら下げていた紙片に遮られ見えなくなっていた。 事故発生から8分後に運転員がそれに気づいたときは手遅れだった。 結局冷却水は高温のまま炉心に戻され、炉内は高温高圧となり、自動的に圧力逃し弁が開いて、原子炉が放射能を含んだ蒸気を激しく吹き上げたのが事故発生から3秒後。 それでも圧力は下がらず、制御棒が投入されたのが事故発生から8秒後。 原子炉は停止したが事故は進行する。 間もなく圧力は低下したが、次には圧力逃し弁が閉じないという誤算が起きた。 しかもパネル上では閉じたように表示されていた。事故発生から13秒後である。 この原発は加圧水型で、冷却水が高温で沸騰しないよう加圧してある。 だが、圧力逃し弁が閉じなかったため圧力は下がり続け、事故発生から6分後、ついに炉心は沸騰状態になり冷却不能となった。 メルトダウン(炉心溶融)が始まった。 実際には逃し弁から水が噴出しているので炉心の水は失われていたが、沸騰により水位計は高位を示し、作業員の判断を狂わせた。作業員は緊急冷却装置が炉心に送った冷水を手動停止させてしまった。 放射能を含んだ水が外部に放出されたのは事故発生から7分後。 9時間後の水蒸気爆発では原子炉建屋はかろうじて崩壊を免れたものの、炉心の52%が溶け落ち、最悪の事態の一歩手前まで進んでいた。 事故から28年経過した今も原子炉は封鎖されたまま放置されている。(竹田恒泰) この原稿は、平成18年10月〜平成20年9月に 「フジサンケイ・ビジネスアイ」に連載した「エコマインド・アイ」を転載したものです。 |




