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「この大きな鳥居に使われている材木はどこから持ってきたと思いますか?御正殿(ごしょうでん)の棟持柱(むなもちばしら)だったんですよ」 神宮会館の井田支配人が興奮しながら説明してくれた。 伊勢の神宮の近くにある神宮会館は、宿泊者からの申し込みがあると、無料で早朝に職員が一時間ほどかけて境内を説明しながら案内する「早朝参拝」を行っている。 平成25年の第62回式年遷宮まであと4年、遷宮に向けて着々と準備が進められる中、神宮会館の早朝参拝では、遷宮で使い終わった木材がその後どうなるのか参拝客に説明している。 木材の運命を聞いた人はみな驚くらしい。 御正殿の棟持柱といえば、神宮の神殿に使われる木材の中で最重要とされるが、その柱は20年間使用した後、鉋をかけられて若干細く短くなり新品同様となって、宇治橋の大鳥居として甦りさらに20年間使用される。 その後再び鉋をかけられてまた少し細く短くなって甦り、今度は桑名市・亀山市で伊勢国の入口の鳥居としてまた20年間使用される。 この段階で既に60年が経過しているが、材木の運命はまだ尽きない。 再び鉋をかけられ、次は神宮の縁のある全国の神社に御神木として分けられ、これを拝領した神社は再び鳥居や社殿の材料として、朽ちるまで大切に使うのだ。 式年遷宮では20年に一度、神宮の内宮と外宮の御正殿をはじめ60以上の殿舎が作り直される。 必要な檜は約1万立方メートル、本数で1万本が伐採されるため、これを森林破壊と勘違いする人もいるかも知れない。 しかし、大木になった檜は代謝が落ち、CO2の吸収力も低下する。 大木を一定の割合で伐採することは森を再生することになる。 木は成長する段階で大気から吸収したCO2を貯蔵し、固定していると考えられる。 そして御神木は朽ちる過程でCO2をゆっくりと大気に戻す。 このように式年遷宮は森を再生させるのである。 神道で木は神とされる。 神なる木を畏れながら大切に利用する式年遷宮の仕組みに循環型社会の典型を見出すことができるのだ。(竹田恒泰) この原稿は、平成18年10月〜平成20年9月に「フジサンケイ・ビジネスアイ」に連載した「エコマインド・アイ」を転載したものです。 |
神社・神道
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参拝客で賑わう伊勢の神宮の駐車場を抜けて、五十鈴川に沿って車を走らせると、およそ喧騒とはかけ離れた静寂な森に入る。 神宮の内宮から見える森は全て、宮域林と呼ばれる神宮の森で、その範囲は稜線よりも向こう側の地域に及び、広さは計5,442ヘクタール、伊勢市の面積のおよそ四分の一に該当する。 すれ違うのも困難な県道から、さらに細い林道に入ると、森はいよいよ深く、昼間でも薄暗い。 この聖なる森は間もなく大きな役割を担うことになる。 宮域林は、約2,000年前の第11代垂仁天皇の御代に天照大御神が伊勢に御鎮座されたときから、大御神の山として大切にされてきた。 約1,300年前の第41代持統天皇の御代に、20年ごとに全ての御社殿をお建て替えする「式年遷宮」がはじまると、宮域林は御造営用材を伐り出す御杣山(みそまやま)に定められた。 その後、森林資源の欠乏によって御杣山は木曽に移り、現在宮域林の用材は使われていない。 大正12年に式年遷宮の御造営用材を再び宮域林で賄おうとする、200年の壮大な計画が決定され、翌年から植林が開始された。 約80年経過した今、計画は順調に進み、およそ2,500ヘクタールが人工林となっている。 このままいくと85年後の2093年に行われる式年遷宮以降は、使用される約1万立法メートル(約13,000本)の檜の90%以上を宮域林で毎回賄えるようになるという。 しかし、幅120センチメートルの御正宮の御扉に使われる用材は樹齢400年以上のものが必要であり、それを含めた全ての用材を賄えるのは324年後の2333年の式年遷宮まで待たなくてはいけない。 そして、平成25年の式年遷宮では、宮域林の間伐材が式年遷宮全体の約20%に当たる2,000立方メートルを賄うことになった。 宮域林の用材が使用されるのは約700年ぶりのことであり、歴史的意義は大きい。 神宮営林部事業課長の倉田克彦氏は「目に見えないものに立ち向かっている思い」と語る。 御杣山の復元事業は200年の計画であり、数年ではその変化をとらえることもできない。 何百年も先のことを考えて真剣に取り組んでいる人たちがいることを忘れてはいけないと思った。 (竹田恒泰) この原稿は、平成18年10月〜平成20年9月に「フジサンケイ・ビジネスアイ」に連載した「エコマインド・アイ」を転載したものです。 |
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