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「利家とまつ」は大河ドラマにも
なりましたので有名ですよね、
その利家公とおまつの方が
祀られているのが
金沢の尾山神社です。
尾山神社
では、もう1つの尾山神社を
ご存じですか?
僕は初めて聞きました。
遠い遠い北海道にある「前田神社」
今日はそのお話を書きましょう。
前田利家公(尾山神社境内)
幕末、明治維新の大変革により武士が大量に失業。
家族まで含めると人口の10%以上だというから驚きです。
その失業した加賀藩士に職を与えなければならないということで
屯田兵として約1600人が北海道へ移り住み「前田村」が作られました。
その移住者の土着心を
喚起する目的で神社を建立。
それが「前田神社」です。
明治20年5月尾山神社の
御分霊を受けて祀ったとのこと。
北海道神社庁HPより
北の不毛の地を開拓することは並々ならぬものがあったことと思いますが
「前田農場」は、畑作、牛、牛乳、バター、チーズなど
農畜産物加工・販売で利益を上げていきます。
明治41年には最盛期を迎え、日本の大規模牧場経営の先駆者となり、
北海道開拓に大きく貢献、畜産業の発展に大きな役割を果たしました。
明治44年には皇太子殿下(後の大正天皇)の行啓・視察を頂く光栄を受ける。
しかし、大正末期より、第一次世界大戦、関東大震災、治水工事の遅れ、 乳牛結核病が北海道で大流行したことなどで壊滅的打撃を受け収入がゼロに。
事業転換をしながら土地を売却し、昭和21年、全ての土地の処分が完了。
前田農場50年の歴史に幕を閉じる。
今でも道内2箇所に「前田」の地名があり、前田小学校も2校ありましたが
1校は昭和57年過疎化が進み閉校(統合)となりました。
先日、前田神社のお話しを初めて聞き、調べてみると前田農場の存在、 多くの石川県人のご先祖(全国で一番多かったらしい)が、
北海道へ移り住んでいたということを知りました。
加賀百万石のこういう歴史は知りませんでした。
深いですなぁ〜 |
尾山神社
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尾山神社の神様はだ〜れ?
尾山神社の神様は金沢城のお殿様で
加賀藩祖 前田利家公と奥様のお松の方です。
それでは尾山神社の神様の物語をお話ししましょう。 昔々、今から約470年前に尾張の国(今の愛知県)で 前田利家公はお生まれになりました。
その名を犬千代と申しまして後に利家と改めました。 一方、利家公の奥様お松の方はその10年後にお生まれになりました。
利家公は14歳になると尾張の城主 織田信長公に
お仕えし数々の戦で功績をあげました。
特に槍の扱いが上手で「槍の又左右衛門」とみんなから尊敬されておりました。 利家公が22歳のとき12歳のお松の方と結婚をしました。
その後、利長公(二代藩主)をはじめ沢山の子供を授かりました。
利家公はその後も一生懸命に織田信長公にお仕えして、 ついには織田軍の「赤母衣衆(あかほろしゅう)」
という名誉ある軍団の長(リーダー)を任され、 その功績が認められて能登の国のお殿様となりました。
ところが、お仕えしていました織田信長公が明智光秀に討たれ、
この明智光秀に仇討ちしたのは豊臣秀吉公です。
豊臣秀吉公は討たれた織田信長公の家臣をまとめあげ
天下統一を成し遂げました。
その天下統一に協力したのが前田利家公です。 利家公は一生懸命にお仕えしてもとの能登の国に併せ 加賀二郡を任され金沢城に入城してついには加賀百万石のお殿様になりました。
現在金沢で六月に行われる百万石まつりは
この利家公の入城を記念したお祭りで毎年盛大に行われています。 こうして加賀の国のお殿様になった利家公は、
次に町作りや文化芸能に力を入れました。
芸能では、茶の湯、和歌が栄え、 能では加賀宝生(かがほうしょう)などが有名です。
また、利家公はそろばんも得意でした。
具足櫃(ぐそくびつ[鎧や兜などを入れる箱])の中に
そろばんをいれていたくらいです。 このように利家公は金沢の地が良くなるように
色々工夫して国が栄えるよう頑張りました。 奥様のお松の方も料理はもちろんお茶・お花・裁縫、
何でもこなす器用な方で利家公が家のことを心配せず仕事が出来るよう
夫を支えた「妻の鏡」とみんなから尊敬されていたそうです。 利家公の晩年は息子の利長公にお殿様の位を譲り、
大阪の前田邸にて63歳の生涯を終えました。
お松の方は利家公がお亡くなりになった後、 加賀の国の危機を命がけで救われ利長公が
お亡くなりになった18年後、71歳で生涯を終えられました。 そして、残された利長公をはじめ家臣一同は現在の卯辰山の麓に神社を建てて
この加賀の国を護っていただこうと利家公を神様としてお祭りすることにしました。
その約270年後の明治6年に、現在の金沢市尾山町に神社を移し、 今日の尾山神社があるのです。
おしまい
だいぶ前ですが、県外の方でも、子供でも分かるように
九谷焼中興の祖 九谷庄三の昔話を制作致しました。
そんなご縁で、尾山神社でこの昔話の話しをしたところ
大変ご興味を持って頂き、この尾山神社の昔話が誕生いたしました。
近年、小学生の見学などが多く、子供でも分かりやすくするには
どうしたらよいか?と常日頃、考えられていたそうです。
現在も尾山神社で無料配布していますので
訪れる機会がございましたら是非、ご覧下さい。
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