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豊臣秀吉の
山頂から中腹までを「上醍醐」、五重塔、三宝院が建つ平地を「下醍醐」と呼びます。
豊臣秀吉が身内や側近らと豪華絢爛な花見のため、畿内から700本もの桜を植えさせました。
醍醐の花見で、もっとも有名なのが1598(慶長3)年3月15日(旧暦)の宴。
北の政所(ねね)や淀殿(織田信長の妹お市のかたの子供茶々)、その子・幼い秀頼を引き連れて開いたその宴では、女房衆が秀吉の何番目の連れあいかと言うことで言い争いになり「醍醐の花見の盃争い」も庶民の噂になるほど。秀吉はその盛大な宴のあと5ヶ月後8月18日に他界しました。
三宝院の唐門(国宝)は黒漆塗りで、金箔が施された菊と桐の紋が入っている 醍醐山全体がお寺さんなのだが、総門を入ると桜並木が続きます。
醍醐寺が所蔵する歴史的な古書・彫刻・絵画・工芸を約10万点余りが収蔵されている。
内、国宝や重文だけで4万点もあるらしいです。
毎年、春と秋には所蔵品の一部をこの霊宝館で展示する。
霊宝館には国宝10点、重文50点を含む約70点が展示されています。その所蔵品も見応え充分ですが
庭園の桜もちょうど見ごろで どこもきれい
平日でも花見観光でいっぱい
枝垂れ桜の古木 樹齢180年ぐらいらしい 横に広がっているのでいっぱいの添え木が施してあります
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醍醐寺(春)
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