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ネパールの山と花と人;ブログ編
ホームページの「Nepalの山と花と人」のブログ編です。

白馬岳

白馬岳 大雪渓往復 6月9〜10日 一人

 ツクモグサを見るために、2016年7月1〜2日に白馬岳に行ったが、極端な寡雪の年だったことに加えて春先も暖かく雪が早く解けてしまい、ツクモグサの時期としては全く遅すぎた。代わりにウルップソウなどが盛りであったのがせめてもの救いだった。
 今年こそはタイミングを失しないようにとチェックしていると、白馬山荘の6月1日のHPに、ツクモグサ開花状況が掲載されたのを発見。天候を見はからって出発した。

 花の時期には少し早かったが、きれいに開花しているのを見ることができた。
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 白馬の花は八ヶ岳のより少し大きい感じがする。固体数も八ヶ岳より多い(ツクモグサがあるのは、本州では白馬と八ヶ岳だけ)。
 写真のツクモグサはアップしているため大きそうに見えるが、花は小さく、慣れるまでは探し難い。
 
 ツクモグサは季節に先駆けていち早く咲くが、周囲にはウルップソウを含め、花はまだ全く咲いていなかった。

6月9日 晴れのち曇り
猿倉駐車場(車泊)→馬尻→頂上宿舎→白馬山荘(泊)

 8日夜に駐車場に入ったときは、他に車はなし。但し、猿倉山荘前にはとまっていたかもしれない。明け方、もう一台が入り、スキーを担いで先行した。
 猿倉山荘前で登山計画書を投函。
 小さな川にかかる橋を頃から雪が多くなってくる。雪に抑えられていた潅木が少しずつ起き上がり歩きにくい。程なく大雪渓に出た。
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 しばらく雪渓を歩くと馬尻小屋。雪を掘り起こしながら、小屋を組み立て始めていた。
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 大雪渓には左右からの落石が多い。いつもより多い感じでもある。特に3号雪渓から大量の岩屑雪崩があり、1mくらいありそうな岩がいくつも転がっていた。
 新しい巨大落石は4〜5m間隔でバウンドしながら落下し、バウンドした岩が雪に真新しく穴を開け、痕が点々とラインになって残っている。痕が真新しいことから、当日かまたは前日に落下したのだろう。
 翌日の下山時に見ると、三号雪渓から約4〜500m落下していた。ストックから大きさが分かり、転がった痕がまだ残っている。
 遭遇しなくて幸いだった。
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大規模な岩屑雪崩が発生していた三号雪渓
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雪渓上にあった鷹の死体。どうして死んだのだろうか?
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真ん中の島状の露出帯から傾斜がきつくなる
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スキーを担いだ女性。元気がよくぐいぐい登っていた。大雪渓の下部は落石が多いため滑りにくいかもしれない。
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頂上宿舎が近づく
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頂上宿舎の下から、白馬鑓ケ岳と杓子岳。空気が澄んでおり透明感があった。
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白馬鑓ヶ岳
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午後2時頃からは、雲が出てきて空気の透明感もなくなってきた。剱岳も雲がよくかかった。夕方の剱岳、立山方面。
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 ツクモグサは白馬山荘の裏にあると聞いていたが、今回は見当たらなかった。白馬山荘の人に咲いている場所を聞いて撮りに出かける。
 まずは、小屋の東側の登山道沿い。多くはないが何ヶ所かで見られた。
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 多いのは白馬岳の北側。頂上から北に少し下ると、登山道沿いのあちこちで見られる。
 ツクモグサの写真を撮りにきた人がもう一人いたが、日帰りのため見ずに帰ってしまった。
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 白馬山荘に初めて泊まった。この大きな山小屋に宿泊客は私一人だけ。何となく満足!
 他の2人組は頂上宿舎脇でテント泊。スキーヤー1人と2〜3人の人は日帰り登山。


6月10日 雨のち曇り 夜半は風強し

 夜中に風の音がゴーゴーとなり、明け方は雨も強かった。回復する見込みもないので早めに下山する。6時過ぎに山荘を出たが、幸い雨は弱くなっていた。
 谷に出ると見通しも効いてきた。大雪渓上で視界があれば、落石に気がつくことができるので一安心。昨年も同じような天気だった。
 件の島状の露出帯まで降りれば傾斜も緩くなるので気も楽になる。下にテントの二人組みも見えた。
 大雪渓は落石に遭いたくないので早々に下る。この日の入山者も何組か登ってきた。
 組み立て中の馬尻の小屋の下の雪渓から一般道に出る所で、6人位の若い男女。中国語でしゃべっていたので、久し振りに中国語で話しかけた。しかし日本語も上手で、日本に住んでいる中国人とのこと。
 この時期の白馬は初めてのようだ。調子の良さそうな一人が、アイゼンのでモタモタしていたので少し心配になる。
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 登山道にでると、いくつかの花が見られた。

サンリンソウ(三輪草)キンポウゲ科 イチリンソウ属
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同じく開いたサンリンソウイメージ 17




















タムシバ
朝日連峰ほど多くはないが、よく見られる。
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トウゴクミツバツツシ
猿倉山荘の上に一本だけあった。
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 白馬鑓方面への分岐より少し上部の道に、猿が座っていた。やばいな、と思いながらどいてくれないかなと、昔のコール状に大声を上げた。ところが逆効果だったようで、猿は逃げるどころか威嚇して牙をむいた。仕方なく、ストックで身構えながら目を合わさないようにして下った。幸い何もなかった。

 帰途、おびなたの湯で、雨にかかりながら温泉につかる。


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5月20〜21日 一人

5月20日 快晴
古寺鉱泉登山口駐車場→小朝日岳→大朝日岳避難小屋(泊)

 19日の月山のスキー登山の後、大朝日岳登山口の古寺鉱泉に移動。途中、大井沢の日帰り温泉に寄った。入湯料は何と、300円。今時の値段としては安く、お勧めの温泉である。
 東北のこの時期の山はブヨに悩まされる。古寺鉱泉の駐車場に到着して車から出ると、たちまちブヨが襲ってくる。車のドアを少しでも開けていると、ブヨが侵入してくる。延べ3日間ブヨの攻撃を受けた。いつも痛い目にあっているが、東北の山はブヨ対策が必須である。

 駐車場には、私の車を含めて3台。夜中から明け方にかけて、さらに数台の車が上ってきた。
 駐車場から10分足らずで古寺鉱泉の朝陽館である。
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 朝陽館の周りに、自生かどうか分からないがシラネアオイが咲いていた。お目にかかるのは初めてであった。

シラネアオイ (白根葵) シラネアオイ科 シラネアオイ属
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 ハナヌキ峰1196mの分岐への尾根には花が多い。また、小朝日岳の周辺はカタクリやショウジョウバカマなどの高山植物が群生している。

 朝陽館から少し登ると、多分、タチツボスミレ。但し、名前に自信はない。
タチツボスミレ(立壷菫) スミレ科
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ムシカリ(オオカメノキ)スイカズラ科 ガマズミ属 
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ムラサキヤシオツツジ(紫八染躑躅)ツツジ科 ツツジ属
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タムシバ(田虫葉)モクレン科 モクレン属

 この花も多く見られた。
標高が低い方は、早く咲いた花の白い花弁が地面に沢山落ちていて目立つ。標高が高くなるに従い、きれいな白い花が見られた。コブシだろうかと思ったが、後で調べてタムシバと分かる。
 タムシバは高山植物とはみなされないのか、3冊の高山植物図鑑には載っていない。やっと山渓の、昔の「カラー山の花 I」にあった。しかもご丁寧に2葉の写真が!あらためて、この本は特徴のある良い本だと納得。
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ここでも2葉のタムシバ
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 ヒメコマツとブナがくっついた「合体の樹」。この尾根にはブナとともに、ヒメコマツが多い。名前に似合わず、幹周りの直径1mにもなる巨木が多かった。
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  雪の下から流れ出る一服清水の下の湿地に咲いていたリュウキンカ。リュウキンカの花が見られたのはここだけだった。

リュウキンカ(立金花)キンポウゲ科 リュウキンカ属
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  ハナヌキ峰分岐の少し下からの古寺山方面を望む。この辺から視界が開け、快適な雪面の登りとなる。古寺山1500mは左側の奥になる。
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 上の写真の中央のピークへの上り。最後の登りは、遠目には傾斜がきつそうに見えたが、それほど大したことはなかった。
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 このピークは古寺山からの尾根上にある。上ると突然視界が開け、小朝日から大朝日、朝日連峰が一望のもとになる。
 そして、小寺山の上空方面には彩雲が輝いていた。次々と雲の形や色合いが変わっていくのであわてて撮ったが、余り写りは良くない。右側のピークは小朝日岳。
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古寺山からの眺め。左から右へ小朝日岳、真ん中に大朝日岳、中岳。
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 小朝日岳の東側は雪庇が発達しているが、登路や西側の大朝日岳への下りは雪が消えており、逆に高山植物が多い。

カタクリ(片栗) ユリ科 カタクリ属
小朝日岳の登山道の脇の至るところで群生している。
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ヒメイチゲ(姫一花) キンポウゲ科 イチリンソウ属
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 小朝日岳は割りととがった山で、特に大朝日岳側は傾斜がきつく長いため、帰りの登り返しが思いやられた。更に嫌なことに、この山周辺はブヨが多く、追っても追っても常にまとわりつく。ここで行動食を摂ったがかなりやられた。

(注)ブヨは、皮膚を刺すのではなく「噛みちぎる」らしい。蚊よりも痛みが大きく、かゆみもひどい。市販の一般的な虫除けスプレーでは効果がない。これは帰ってから調べて分かった。道理で持っていった虫除け剤は効かなかったわけだ。腫れて治るまで時間がかかり、以前、西吾妻山でもひどい目にあった。

小朝日岳頂上。向こうは大朝日岳と中岳
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 小朝日岳からの大朝日岳。大朝日の肩に避難小屋が見える。避難小屋の上の黒いボケ点はブヨが写ったと思われる。
 大朝日岳の右側のピークの雪面に、真っ直ぐなトレースが見える。2人の登山者も見えるが、縮小写真では分からない。
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 小蓮華岳からの大朝日への下りにも沢山の花があるが、下りの時は余り目に入りにくいので撮らなかった。21日の項に紹介する。

 小ピークへの雪面の取り付きのコルに、水場の銀玉水があるが雪に埋まっている。幸い、避難小屋の関係者が雪を掘ったのか、わずかに流れる水を取ることができる。     一人では水場の所在地に気がつかなかったと思われるが、たまたま一緒になった、仙台の山岳会パーティに教えてもらった。
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前述の最後の雪面の上り。登るのは仙台の山岳会パーティ。
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雪面を登りきると、緩やかな尾根となり避難小屋が見えてくる。
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 避難小屋は立派な作りで、地元の大江山岳会が管理している。この時期は常駐はしていないが、この日は日帰りで来ていた。

 小屋に荷物を置いて、大朝日岳の頂上を往復。西朝日岳や以東岳など周囲の山が見渡せる。
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 小屋宿泊はもう一人の単独行者と、仙台の山岳会の皆さんが6人。他にも数人いた登山者は日帰りであった。


5月21日 快晴
避難小屋→中岳→避難小屋→小朝日岳→古寺山→古寺鉱泉駐車場

朝、小屋と中岳を往復。中岳1812mで、標高は隣の西朝日岳と大差ない。西朝日岳にも行きたかったが、途中大きな雪庇があり時間もかかりそうでやめた。
写真は20日の夕方に撮影した中岳と、左奥に西朝日岳。
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中岳からの位東岳。長い頂上尾根が特徴で分かりやすい。
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中岳からの大朝日岳。ちょうど、仙台の皆さんが入った。この方角からの大朝日岳は雪が解けており、やや寂しい。
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大朝日岳からの下山中、大きな雪庇に気がつき撮影。
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 小朝日岳への登り返しにはショウジョウバカマやカタクリが非常に多い。

ショウジョウバカマ(猩々袴) ユリ科 ショウジョウバカマ属
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イワナシ(岩梨) ツツジ科 イワナシ属
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ハナヌキ峰より上部からの月山
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 下山途中、雪のトレースが分からなくなり変な方に下ってしまった。GPSで往路のトレースを確認し、事なきを得た。道迷いは下りが多い。
 20日(土)は10数人の人が登ったが、21日(日)には6〜7人しか会わなかった。 

 古寺鉱泉を通りかけたときには管理人らしき人がいた。駐車場に戻ったときに、2人の山菜取り風の人。古寺鉱泉は近いかと聞かれ、すぐ近くですよ、と答えると彼らは早速向かった。着替えなどをしていると、やがて2人は帰ってきた。残念なことに、宿泊客がいないと湯を沸かさない(注:鉱泉は温泉より温度が低く、25度未満)ので駄目だったとのこと。なかなか客が少なく大変なようだ。

 こちらは2日前に気に入った大井沢温泉で汗を流して、家までの長い帰途についた。

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月山スキー

5月19日 快晴 一人

 18日、新たに購入した車(中古だが)を飛ばして山形に向かった。なかなか調子が良い上に、燃費がよいことに感激。高速のSAにでも車泊しようかと考えていたが、月山がある西川町に、道の駅にしかわがあることが分かった。寄ってみると大きく立派で温泉まである。惜しいことに温泉の営業時間には間に合わなかった。

 19日、月山のリフト運転開始時間にあわせて道の駅を出発。スキー場の駐車場には早めに着いたので数台いただけだったが、段々増えてきた。
 駐車場からは朝日連峰の眺めが良い。
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 駐車場から雪道を少し歩いて登るとスキー場リフト乗り場。
 リフトの運転開始は8時からと早いので助かる。一回券を買ったが切符が小さいので一時行方不明になり捜しまくった。年をとるとすぐに物忘れをするので困る。

 リフトトップ周辺に登山届け箱があるかと、また捜したが見つからない。西大巓でも見つからなかった。バックカントリーは危ないと制限を加えるばかりで、登山届けを提出する場所は意外と少ないものだ。事前に警察に届けたほうが良さそうだ。
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 リフトを降りると眼前に姥ヶ岳がそびえ、簡易ロープが架かる。
 シールをつけて、姥ヶ岳を左に見ながら登る。
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 コル状の所から、姥ヶ岳の東側をトラバースしながら登る。谷に下りてしまうと、後の上りがきつくなる。写真では殆ど見えないが、谷の上部に登高者がいる。
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 左側の尾根に近づいていくが、途中、夏道に下る所がある。やや急で、スキーでは勿論無理。安全のためザックを背負って下りてから、空身で再びスキーを担いで下りた。
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 石畳が露出した夏道を数十m歩くと。再び雪の登りとなり、上部が見えるようになる。
 残念なことに残雪は途中で途切れ、スキーを脱がないと行けないようだ(逆に言えば、全部はスキーで滑って降りられそうにない)。中間付近に二つの点が見えるが登山者。
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 連続した残雪の一番上からはスキーを外した。頂上までスキーで登れそうになかったので、スキーをデポした。岩がゴツゴツした道は、スキー靴では非常に歩きにくいことを実感。
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 鍛冶小屋跡(今は稲荷神社)辺りからは朝日連峰の眺めが雄大。
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 鍛冶小屋跡から少し登ると、緩やかな頂上稜線となり気持ちがよい。程なく頂上小屋や月山神社、そして鳥海山が見えてくる。
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 頂上付近からの鳥海山
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 肘折方面への長い尾根。次回は下りたいものだ。
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 頂上で行動食をとってから下山。イメージ 12



















 スキーのデポ地点には沢山のスキーやスノーシューが置いてあった。スキーを履いて滑降開始。先行者の滑降ルートを参考にさせてもらった。

 しばらく滑り降りると、すぐにトラバースとなる。谷に下りてしまうとコルへの上り返しとなるので、殆どトラバースの感じ。余り滑った感じがしない。
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 姥ヶ岳にかかる簡易リフトの下部から回り込んで、スキー場の尾根コースを下りた。スキーヤーが結構多く、コブのレッスンを受けている人も多かった。
 駐車場の脇までスキーで滑り降りることができる。

 初めての月山であったが、雪が多かったこの年とはいえ、頂上までスキーで登って滑り降りるには既に遅すぎた。5月の連休頃までが限度かもしれない。あるいは4月中旬頃までであろうか?









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ネパール大地震2年

 約9千人が犠牲になったネパール大地震から、4月25日で2年がたった。
 朝日新聞に、復興の遅れについて、2件の最近の状況の記事があった。

「支援金足りぬ」2万人なお仮住まい 4月22日朝刊
 ネパール政府は住宅再建のため支援金を配り始めたが、建設は進まず、復興の歩みは遅い。
 首都カトマンズから東に約20kmのバクタプル。学校の敷地内に布や廃材で作った仮説小屋が並んでいた。「電気が来ない。雨漏りがして寒い。子どもの勉強する場所すらない」。マンガル・ラクシュミ・サヒさん(32)は、泥水で衣服を洗濯しながら言った。
 公共の飲料水は「1世帯につき4日でバケツ一杯」と決められ、十分に子どもに与えられない。被災地全体では、1万5千〜2万人がいまも仮設小屋などに住んでいるという。
 ネパール政府は、住宅再建の支援金として1世帯当たり計30万ルピー(約32万円)を配り始めた。耐震性をチェックしながら進めるため3段階に分けて配る。だが復興庁によると、最初に配られる5万ルピーを手にした世帯約54万戸のうち、実際に着工した世帯は1割(5万戸)に過ぎない。同庁は、労働力不足や建築資材の高騰を遅れの理由に挙げる。
 息子3人が仮設小屋に住むミヌ・バハドゥル・サヒさん(57)は「壊れた家の廃材を取り除くだけですべて使ってしまった。全く足りない」と話す。「地方でも、平屋の建設に80万ルピー程度は必要」(援助機関関係者)との指摘がある。
 政府は、復興目標を当初の5年から延長した。住宅再建以外では、全学校数の3分の1にあたる約9300校が被災し、約1600校が修復された。(カトマンズ=奈良部健)

追悼行事開かぬわけ  5月4日朝刊 特派員メモ
 (前略)2年がたった当日、政府主催の追悼行事があるものだと思っていたが、何もなかった。ただやればいいというものではないが、犠牲者を悼む行事を開かないことに驚いた。地元記者に尋ねると、「20年ぶりの地方選挙が予定され、それどころではない」という。
 不安定な政情もあり、復興は進まない。今も仮設小屋に住む人たちの話を聞き、印象的だった言葉がある。「日本などからたくさんのお金がきたはずなのに、わたしたちにはこない。どこにいったの?」
 実は各国や援助機関の支援額41億㌦(約4600億円)の1割しか執行されていない。お金はあるのに、それが回っていない。現場も政府も人手が足りないのが一因だ。
 復興庁には定員200人のところ80人しか職員がいない。各省職員が激務を理由に出向を拒否するという。なのに24日の会見では「資金が足りず、海外からの支援が更に必要とアピールしていた。
 「ワーク、ワーク。一日も無駄にできない」。同庁職員は式を開かない理由を私に語った。この言葉を信じたい。(奈良部健)

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西大巓スキー

4月3日 晴れ 一人

 仙台からの帰り、桧原湖の端にある道の駅裏磐梯にて車泊。車は全部で3台のみだった。2台は深夜に来たようだ。
 朝、グランデコスキー場に向かう。裏磐梯の湖は凍結した上に雪が積もり一面真っ白。桧原湖の島が雪原に浮かぶ。夏や秋にカヤックをしたのが信じられない。
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 グランデコスキー場は雪はまだたっぷりあるが、オフに近い平日だけあって客は少ない。
 ゴンドラの運転は8時半から。ゴンドラ終点には登山者が2人おり、ワカンを履いていた。調べてはいたが、第3リフトに下ると運転開始は9時半からだった。少し遅いが仕方がない。時間調整のために、スキーで下まで滑り降りて、再びゴンドラに乗る。下ると今度は第3リフトも動いていた。
 第3リフトの上には別の3人の登山者がいた。登山口には「コース外立ち入り禁止」の看板がある。登山者の入山は問題ないのに、スキー登山の規制は良く分からない。事故が多いのは確かであるが。
 昨日のスキートレイルや、本日の先行者のトレースがあり利用させてもらう。
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 ルートは樹林帯を北上しながら登り、途中から北西方向に登り南西尾根に出る。南西尾根の尾根の途中から、広い斜面をトラバースしながら南南東に伸びる尾根に移った。途中の樹氷が発達している。
磐梯山の遠望。
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樹氷と安達太良
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広い尾根を北上すると西大巓の山頂である。樹氷が立派。
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西吾妻山。左手に避難小屋が見える。
行動食をとっていると単独行の登山者が登ってきた。
出発が遅く、時間もなくなり西吾妻山に行くのは止めた。
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 下りはいわゆるペンギンルートをとろうとも考えていたが(登るときにスキーのトレースがあった)、樹林帯の様子が心配だったため、ほぼ登ったルートを滑った。しかし、第3リフト方面から眺めると、かなり樹林は疎になっており、雪面が多く滑りやすそうな感じだった。またルートも分かりやすそうである。


 

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