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ネパールの山と花と人;ブログ編
ホームページの「Nepalの山と花と人」のブログ編です。
プラティバ・ラナ駐日ネパール大使歓迎会
公益社団法人日本ネパール協会主催
10月25日、KKRホテル

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 ラナ新大使はネパールのデウバ首相の奥さんの母親。日本ネパールの関係も更によくなると思われる。
 デウバ首相は私がネパールにいた時、2004年に3回目の首相に復帰した。2004年12月にポカラの国際山岳博物館で行われた国際山岳デーにも出席した。しかし2005年2月の国王のクーデターにより解任された。激動の時代に首相を務めていた訳である。
 2017年6月に4期目の首相に復帰。ネパールは政治が安定せず、首相は一般に短命だが後に復帰することが多い。デウバ首相は1946年生まれだが、ラナ大使の方が若そうに見える。

 詳細は日本ネパール協会のホームページを参照。

 三浦雄一郎氏も出席した。さすが人気があり注目度が高い。たまたまレセプションで二人で懇談している時に、数人がどかどかと割り込んできて話を取られた。話はほぼ一区切りついていたので良かったが、少し脇で様子を見るとか、断って話しに入るとかしない、礼を失した人たちがいるものである。



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利根川サイクル

10月24日
 10月22日に日本列島を襲った台風通過後、利根川の土手を自転車で走る。

 つい最近、心拍計(ハートレートモニター)とケイデンス計(1分間のクランク回転数、rpm)付きのメーターを購入。今回で使用3回目くらいである。
 自転車店の人が、心拍数や、ケイデンスが分かると練習方法が変わりますよ、と言っていたが、本で調べながらやるとよくその意味が理解できる。
 まず、心拍計。モニターを見ながら最高心拍数の60〜70%で3分、少し緩めて50%くらいで3分のインターバルトレーニングから始めた。モニターに心拍数とケイデンスを表示すると時間は分からない。幸い土手には0.5kmごとに距離表示があるのを利用して、約3分間分として1〜1.5km心拍数を上げて走る。トレーニングが進むごとに時間(距離)を伸ばせばよい。始めて間もないが、効果が期待できそう。
 次にケイデンス。平均的な走行におけるケイデンスは90くらいといわれているが、90を維持するためには相当気張らないといけない。今までは70~80くらいで走っていたようだ。90くらいで継続して走ろうとするとギア比を落とさないと無理で、スピードが出ない。つまり、高いギア比でもケイデンスを上げることができるパワーがないと、慣れた人に伍するスピードも出せないことになる。
 
 利根川は台風が通過して1日半くらい経過していたが、最高時より水深は50cm〜1m近く減ったものの、増水により河川敷はほぼ水に浸かっていた。
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栄町の河川敷の少年野球のグラウンド
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長豊橋付近
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ツール・ド・ちば2017

10月7日 第1日目 Stage−1   雨のち曇り

袖ヶ浦海浜公園⇒高滝ダム記念館(市原市)⇒大多喜町B&G海洋センター⇒一宮海岸広場(一宮町)⇒岩和田漁港(御宿町)       104.9km


 木更津のホテルで前泊。早朝起きるのが気になって、例によって寝られず睡眠不足。袖ヶ浦市役所に車を置いて、海浜公園には自転車で移動した。

 昨年は3日間フル参加したが、今回は1日だけの参加だった。
Stage-1の全参加人数は430人。地理的に不便なせいか、昨年の北総・東総の参加人数よりかなり少ない。
 昨年の豪雨よりマシだが、今年も雨に降られた。

袖ヶ浦海浜公園での出発式の風景
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スタートラインに並んで進む人たち
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第1エイドの高滝ダム記念館
 ここで休憩時間を短縮して、早いグループの方についた。どうせすぐに抜かれるが、遅い者は休憩時間を切り詰めてでもできるだけ早く出発しないとどんどん遅くなってしまう。その対策である。必要以上に長く休んでも疲労はそんなに変わらない。他にも同じ考えを持っていた同年輩の人がいて納得。
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休憩後、ダム湖の周囲を回りながら走るが、天気も悪く景色を楽しむ余裕はない。
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起伏の多い山間地を走り、大多喜町B&Gセンターで昼食。
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 靴下が雨でびっしょりになっており絞る。靴カバーをやっている人もびっしょだと言っていた。変わらないか?

 大多喜まで来ると後は下りながら(登りも勿論ある)太平洋側の一宮に出る。

 大多喜の門を走る。
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  第3エイドの一宮海岸広場。ここまで来るとかなり気分的に楽になる。
  エイドのサービスも簡素で、少しの飲食だけですぐに出発。
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 国道を走る小池までは平坦だが、小池から傾斜の結構きつい山道に入り、最後の試練となる。
 山道を抜けて岩和田が近づくと視界が開け太平洋の荒波が打ち寄せていた。
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御宿岩和田漁港のフィニッシュ会場。地元の多分するもん汁(一種のつみれ汁)がうまかった。
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 昨年は初参加で皆について行くのがやっとだった(いやついていけなかった)が、今年は坂の練習もして、他のイベントにも2回参加したため大分ついて行けるようになった。若干なりとも進歩したように感じられる。


天候も回復した御宿の海岸。サーファーが多い。
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 さて、ここからが問題。主催者が袖ヶ浦までのバスを手配してくれていたが、バスの出発場所が当初予定の漁港から、翌日の駐車場である須賀多目的広場に突然変更になっていた。ところがその場所への案内が不足のため、道が分からない。右往左往しながらある人の機転で案内をつけやっと着くことができた。
 おまけに不注意で初めての落車を経験。痛い目にあったが全治1週間くらいの軽傷で済んだ。もしスピードが出ていたら悲惨なことになる。
 あとでネットを見たら、Stage-2のスタートに近い場所の側溝で参加者が一人亡くなっていた。

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10月1日(日)に、主婦会館プラザエフにて開かれた。

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 記念講演会は、まず挨拶として、「HAJの50年を語る」として、沖允人氏、稲田定重氏、山森欣一氏が登壇。

 次に講演で、江本嘉伸講師による、「西蔵漂泊」と稲葉香講師による、「河口慧海の足跡を辿る」。稲葉さんのプレゼンは映像が美しかった。

 祝賀会も活発な交流が行われた。山森HAJ会長の挨拶。
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新生HAJの運営で苦労されている伊東理事長の挨拶(少しぼかしています)。
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盛況な祝賀会だった。
今後も存続を祈ります。



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光岳

2017年9月19~20日

9月18日(祭) 道の駅遠山郷にて車泊
9月19日(火) 道の駅遠山郷⇒芝沢ゲート手前約5~6km道路脇で駐車(大野下
        か?)→芝沢ゲート→ 易老渡→易老岳→光岳小屋(無人)泊
9月20日(水) 光岳小屋→光岳→光岳小屋→易老岳→易老渡→芝沢ゲート→大野下
        ゲート⇒神楽の湯⇒飯田⇒小黒川PA 車泊

 台風一過の晴れ間をねらって光岳に向かった。天候は回復したが、台風は爪あとを残し、上部は道路への落石が激しく、木の枝等も散乱、土砂崩れもあった。

 余談だが、下栗の里は初めて見た。この辺りは「日本のチロル」を標榜している。チロルは行ったことがないので、何とも言えないが、私の目からはネパールの1.5〜2.5千メートル前後の山間地の景色に非常によく似ている。特にアンナプルナ内院に向かうグルン族が多い地域を思い出せる。チロルと言った方が響きは良いとは思うが。

 2〜3年前の台風で道路が崩落し、それ以来、易老渡までの林道は芝沢ゲートから通行止め。長野県側からのアプローチは大変不便になっている。
 さらに今回は芝沢ゲートから5〜6km手前の大野下(多分)には、落石のため、非情にも通行止めのゲートが!道路脇には余儀なくされた3台の車がとまっていた。
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 万事休す。いつ小屋に着けるだろうかとか、登山を中止し引き返そうかとも考えたが先行者もいるからと、出発。
 田中陽希とは比べ物にならないが、彼は全て歩いていると言い聞かせながら。

 大野下(多分)のゲートからは大きな落石がゴロゴロ。車は何とか通れそうだが、先は危険かと納得。しかも道路は傾斜のきつい長い下り坂が遠山川の支流の橋まで続き、帰りが思いやられた。発電所脇を通り、芝沢ゲートまで1時間15分かかった。
 ゲート前の駐車場には、歩いている途中に抜かれた車が2台泊まっていた。1台は工事関係者と思われる。
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 現在は芝沢ゲートが、マイカーで来た人たちの登山口である。
 通行止めの道路は遠山川沿いの傾斜の緩い道で、殆ど問題がない。易老渡の少し手前の仏島への分岐の橋から少し上の道路が崩壊したらしく、工事が行われていた。ほぼ完成が近いようで、来年には開通するかもしれない。

 芝沢ゲートから易老渡までは1時間半かかった。大野下からは都合2時間15分であった。
 易老渡の橋。イメージ 3



















 橋を渡ると、脇に2台の自転車があった。ネットに、車で通れないアプローチに自転車を使ったと記録があるが、あらためて確認。

 易老渡からは急な長い登り道が続く。登山道沿いには、番号をつけた標識があり、番号を確認しながら行くと励みにはなる。
 面平に着いた頃は12時を回っていた。引き返すなら今のうちとも考えたが、進む。
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地図でいう、平な広場は13時半。2254.1mのピークは15:40。
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 岩場のトラバースの手前で一人の登山者が下りてきた。お互いに中途半端な時間に歩いているものだ。
 易老岳にやっと着いたのは16時15分。非常に遅いが、ここまで来たら小屋まで進むしかない。
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 易老岳周辺にはシラビソの樹林が多い。シラビソは強風に弱いのか、かなり太い木でも途中で折れたり、根元部分から倒れる木が多い。

 易老岳からはアップダウンを繰り返しながら進む。稜線には、三吉ガレや三吉平があるが段々暗くなってきた。
 ゴーロの谷筋を登る途中からヘッ電をつけた。幸い、谷筋登山道は白い岩肌でルートは分かりやすかった。静高平に近づくと、沢の水音が聞こえ、早速ポリタンに水を補給し、のどを潤した。ガイドマップには水が涸れていることが多い、とあったが、台風等のおかげで光岳小屋で水を取りに行かずに助かった。静高平の水場は水がジャージャー流れている。
 木道を歩きながら行くと、小屋の明かりが見えて来た。近づくと誰かがズーッと見ているようだ。光岳小屋につくと、前日の18日で営業を終了した小屋の人のライトだった。こんなに遅くに登ってきた人を気遣って見てくれていたのだろう。夜の8時も近かった。
 翌朝分かったが、先行者は二組3人おり、既に2階で寝ていた。こちらは1階で夕飯を作り寝た。
 小屋は比較的新しく内部もきれいだった。18日で営業が終了したが、2人残り片付けをしていたようだ。おかげで電灯はつくし、営業終了後だから宿泊費は無料である。

 翌朝、2人連れは光岳に早々に出かけ、1人は恐らく茶臼岳方面に出発した。天気は曇りだが視界は効く。
朝撮った光岳小屋。
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頂上への途中の、日本の南限にあるハイマツのある箱庭風。
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 光岳の頂上手前で後ろを振り向くと富士山が見えた。それ以外は光岳は写真を撮るには余り適さない山だ。
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光岳頂上
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頂上に近い展望台からの光石。帰りの時間が気になり、行くのは止めた。
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早々に小屋に戻り帰途に着く。イザルヶ岳も行くのは止めた。
木道から、見上げた光岳小屋方面。
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昨晩は真っ暗闇だった静高平
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 この日は2〜3組の登山者と会った。その中にトレランの若者も。
 易老岳への稜線には湿地帯がいくつもあるが、ヌタ場もある。イノシシかシカか?
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秋で少ないながらも、花など。
イワゴケ
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林道沿いによく見られた花。
ゴマノハグサ科だとは思うが、クガイソウかヤマルリノトラノオか?
クガイソウはこんなにずんぐり、ふくよかではないし、ヤマルリノトラノオの花とも違うようだ。図鑑やネットを探しても似た花は見あたらない。
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フジアザミ
富士山が基準標本だが、よく登った富士山ではアザミ類に無関心で気がつかなかった。日本に自生するアザミのなかでは頭花がもっとも大きい。
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 易老渡からの林道を歩いていると、朝方会ったトレランの若者がマウンテンバイクで、お疲れ様と言いながら軽やかに抜いていった。芝沢ゲートまでは緩やかな道で、マウンテンバイクには最適である。
 トレランとバイク。登山の新しい潮流である。しかも車が易老渡まで入れない光岳は日帰りで行ける絶好の山だろう。但し、芝沢ゲートまで車で入れることが条件である。

 昨日は通行止めになっていた芝沢ゲートまでの道は、土砂や木の枝が片付けられ、通行止めが解除されていた。一日違いで天国と地獄である。長い急坂の大野下までの道は多分300m以上の登りである。疲れた年寄りは芝沢ゲートから2時間20分近く要し(易老渡からは3時間50分)、大野下の車に着いたのは真っ暗な6時半を過ぎていた。

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