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ネパールの山と花と人;ブログ編
ホームページの「Nepalの山と花と人」のブログ編です。

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八ヶ岳

1月14日〜16日

1月14日 晴れ
美濃戸→赤岳鉱泉→展望台→赤岳鉱泉泊

 前日は道の駅こぶちざわで車泊。
 八ヶ岳の鉢巻道路から美濃戸口までは全くと言っていいほど雪がなかった。美濃戸口から美濃戸までの道もほんの少しあっただけ。楽に赤岳山荘の駐車場に着いた。
 何と登山口から北沢を赤岳鉱泉へ行く道路の雪もしばらくは消えていた。
 冬の八ヶ岳は今までに何十回と来ているがこんなに雪が少ないのは初めてである。
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 車道全体が氷で覆われている箇所もあるが、道の端の方を歩けば問題ない。
 車道から登山道に入る橋の辺りでもこんな程度の雪である。
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 赤岳鉱泉のアイスキャンディーには多くの人たちが練習をしていた。
 赤岳鉱泉は大広間をあてがわれた。ここに泊まるのは12年振りくらい。昨年はテントを担いできたが、今回は楽をしようと小屋泊まりだ。但し自炊で一泊6000円で二泊。他には素泊まりの人はいなかったようだ。但し香港かららしい人たちは翌々朝は早出の出発のためか自炊をしていた。

 展望台に行ったのは初めてである。眺めは良いが横岳の岩壁にはほとんど雪がついていないため、黒い岩だけでは写真の絵にはならない。赤岳の夕日を期待したが、なかなか赤くならず、しびれを切らして引き返した。これでは山岳写真愛好家にはなれない。
 なお、ここには中山尾根展望台と書かれた、前にいた山岳会の遭難慰霊碑がある。ややひび割れているがまだ立派に立っている。
 
1月15日(月)曇りのち晴れ
赤岳鉱泉→硫黄岳→赤岳鉱泉→阿弥陀岳の途中→赤岳鉱泉

 赤岩の頭での撮影を期待したが、ガスって何も見えなかった。昨年は赤岩の頭には右に回り込んでから直上したが、今年は多分夏道通りだった。
 硫黄岳の頂上も風が強く、また霧で展望なし。
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 当初予定は横岳縦走で、大ダルミへの途中まで下ったが強風・天候不良で引き返した。
 赤岳鉱泉で天気予報を確認すると、この夜は前線通過で雪が降り翌日は晴れるとのこと。まさに写真日和となりそうであった。
 翌日を期待して、偵察のため阿弥陀岳の途中まで登ってみた。夜は雪が降りだして喜ぶ。

1月16日(火)曇りのち晴れ
赤岳鉱泉→行者小屋→阿弥陀岳→行者小屋→赤岳山荘⇒自宅

 新雪は期待したほどではないが5〜6cm積もっていた。朝方はまだガスっており、出発が遅れ7時半を過ぎてしまった。
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 石尊稜や中山尾根方面等へのアプローチにはすでにトレースがついていた。行者小屋に荷物をデポして軽くする。
 文三郎尾根と中岳沢の分岐からもトレースがあったが、北稜登攀の分岐からは北稜に向かっていた。つまり中岳沢から先には誰もいない。
 中岳沢は傾斜がきつく、また漏斗状をしており大雪が降ると雪崩で危険だが、この程度の雪なら大丈夫だろうと気休めを。
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 中岳のコルに着いてもまだ視界は晴れない。
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 天気がいまだ回復しないため若干躊躇したが、上ることにした。幸い登るに従って
徐々に明るくなってきた。ハシゴを登りしばらくすると傾斜がきつくなる。
 これは大変かなと登ると、鎖が雪の中から少し出ていた。アックスを打ち込みながら補助で鎖を使わせてもらう。年と共に登攀能力が落ちていることを痛感する。昔は阿弥陀の一般ルートなどは何とも思わなかったが、ナメられなくなってきた。
 青空が見えてきた。上から3人パーティが下りてきた。北稜からだと思い、尋ねるとその通り。意外と早い。一人はガイドだった。この先はヤバい所はないですかと聞くと、鎖場が一番大変で、上は大したことはないと聞いてひと安心。
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 阿弥陀岳に着いても遠くの展望はまだ効かない。
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 二人のクライマーが登って来た。南稜からかなと思い尋ねると奥壁からだと(多分広河原沢本谷か)。失礼しました。彼らは舟山十字路に御小屋尾根を下って行った。
 すると少しだけ赤岳方面が見えた。もっと晴れ上がるだろうと一眼は出さずにゆっくりしていたが、阿弥陀の頂上から赤岳が見えたのはその一瞬だけだった。
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 霧が晴れないかとしばらく粘っていたがダメだった。ついに撮れないかと諦め、下山を始めた。
 昔の勘を取り戻したのか、下りは簡単だった。、慎重ではあるがホイホイと下る。すると、段々に赤岳や横岳方面が見えてきた。少し中岳が邪魔になるが。
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赤岳
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少し下って中岳沢から日ノ岳方面
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横岳西壁。左に大同心、小同心。右の方は石尊稜と中山尾根か。この辺は登攀でよく遊ばせてもらった。
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行者小屋から赤岳西壁
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 行者小屋からの下山は南沢を下る。南沢も昔は歩きやすかったが、台風や大雨によるものか土砂崩れで道が付け替えられて大変な高巻き。つけられたばかりで道がこなれていない。また倒木も多く道が荒れており、時間がかかる。北沢が良くなり過ぎているせいもあるが、北沢に比べれば歩きにくいことこの上ない。これでは登山者は増々北沢を歩き、南沢の道が良くならないのではないかと心配する。

 なお、4〜50年前の冬の南沢は氷の上を歩いた記憶はなくすべて雪の上だった。従って、行者小屋まではアイゼンは不要で雪の上を気持ちよく歩いた。しかし最近は温暖化により、雪が解けてまた気温が下がって凍るということを繰り返すため、特に下りはアイゼンを履かないとスリップの危険が増えた。昔はズーっと氷点下が続き、一旦積もった雪が解けて凍るということは余りなかった。
 諏訪湖の全面結氷も数年に一度しかなく、有名な御神渡りも滅多に見られなくなっ
てしまった。子供の頃はスケートをしながらほぼ毎年見たものだが。オシマイ。

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