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テレビで橋下市長の記者会見を少し見たけれど、1番印象に残って、また1番そうしてほしいと思ったのは、 …………………………… 「決定できる民主主義」 「責任をとる民主主義」 を目指し、 明治時代からの中央集権体制、統治機構をかえていくこと… …………………………… それは僕の政治哲学でもある、と語っていたのも印象的だった。 今朝 このブログにたまたま書いたけど、 何かあっても責任の所在が毎回うやむやになるから 真摯に取り組むことが少ない政治家。 真摯に取り組まないから国民を正しい方向に導く決定もできないリーダー。 もうこんな同じような繰り返しはいらない。 国民のために真剣に誠実に信念をもって死に物狂いで頑張ってくれていたら、 きっと私たちにも必ず伝わるし共感もする。 でも、そんなに頑張ってくれている人でも何か間違いがあるかもしれない。 そこですぐに間違いを素直に認めて頭を下げてくれたら… そこからまた正しい方向に導いてくれたら… 政治家の人たちが、いつもそんな姿勢でいてくれたら。 政治に限らず、人は生活するなかで、生きていくなかで常に感動を待っていると思う。 少なくとも橋下市長からは、必死でどうにかしたいという強い信念をビシビシと感じる。 善きにつけ悪しきにつけ、気持ちが揺さぶられると生きている実感が湧く。 私はたまたま大阪府民であり大阪市民なので、歴史が変わるかもしれないその瞬間に間近で立ち会えることは、単純に嬉しい。 そして変化による良いことも悪いことも受けとめていかなければならないけど、 おかしいと思うことは流れや人に任せずNO!を言う責任もある。 ここおかしいやろ?と指摘されないように、古賀さんや堺屋さんにはとくに頑張って支えてほしい。 |
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2011年12月19日
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さっき、テレビで「FNSドキュメンタリー大賞3.11『あの時、情報は届かなかった』」を見た。
内容はすでに世間も知っているものだったが、テレビを見て改めて当時の管内閣に腹が立った。 アホな政府のせいで数万人の人々が無用な被爆を受けてしまった。 3.11の夕方には気象庁のSPEEDIによる緊急事態の情報が政府各部に流されていた。 3.15には浪江町周辺では1時間で年間被爆限度を超える値もモニタリングされていた。 なのに、浪江町、飯館村など、風向きがそちらなのに避難してしまった多くの人たち。 あるおじさんが、身体のモニタリングを受けて「何回やってもアウトでした」と 虚しそうに語っていた。 先日、ドショウ総理が冷温停止としての「収束宣言」とかを出してたように思うけど 年が明けるまえに形だけでも発表したかったのが見え見えだ。 誰もが「どこがやねん!」と突っ込んだのではないか? 世間との感覚が超ずれている。 いずれにしても、当時の菅内閣が情報を隠したせいで何万人もの人が被害を受けたのだから、 個人個人の責任追及をして少しでも賠償をさせること、刑事的にも罰せられるべきだと思う。 政府が変わるたびにウヤムヤにされていく過去の大臣たちの罪。 税金から高い給料もらってるんだから、間違った判断をしたらあとで自分も必ずひどい目に合う、という緊張感を持って国の仕事をしてもらうためにも…。 |
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