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JR尼崎脱線事故の裁判で 元社長に無罪判決が出た。
企業としての体質に問題ありとしつつも 個人の責任はないという判断のようだ。 あの事故が予見できたかどうかが最大の争点のようだが、 事故直後は、列車の過密ダイヤや 日勤教育など たくさんの問題が指摘されていた。 少しでも企業のそのような体質が事故を引き起こした可能性を持っているなら トップが責任を負うのは当たり前だと思うのだが…。 刑事ではなくなぜ民事でなかったのかと、裁判での違う戦い方、違う責任追及の仕方はなかったのか、など 素人ながらに考えてしまう。 組織としては良くない対応だったが 個人の責任は負えない、 …こういうパターンは多いけど たとえば、福島の原発事故。確かに東電も政府も対応が悪かった、 だけど「想定外」だった、 今後、誰ひとり責任追及されないまま終わるのかもしれないと思うとゾッとする。 たとえば、SPEEDIひとつを取っても、データを隠して何百万もの人に無用な被曝を負わせた罪は? きちんと調べればその張本人、「個人」は特定されるはず。 橋下大阪市長が「責任を取る民主主義」「責任を取る政治家」と よくクチにしている。 企業にしても 政治にしても トップは責任を負うためのポジションだと思う。 責任を負うから権力も持っているわけで。 リーダーがいつもそういう緊張感のなかで仕事に真摯に向かってもらえば、世の中少しはマシになる気もする。 |
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2012年01月11日
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