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記事を書いている時間がないけれどもうすぐうちの音楽祭が始まるのでその宣伝です。
 
昔は夢中になっていたのに今じゃあ全然、っていう物誰にでもありますよね。
 
僕の場合はそれがエラリー・クイーンの推理小説なのです。何で夢中になったのかも良く分からないけど、今全く読まなくなってしまったことは更にオドロキです。
 
確かあれは僕がまだ小学校4年生くらいの時だったと思うんだけど、姉の本棚を物色していてたまたま手に取ったのがクイーンの《エジプト十字架の謎》で、動機はというとただ単に当時古代文明マニアだったので《エジプト》に惹かれたんだと思う。勿論クイーンの名前も知らなかったし、ましてやこれがかの有名な《国名シリーズ》の中でも特に優れた一冊だとは知る由もなし...
 
で読んだら嵌った。姉の本棚にあった数冊のクイーンを読み終えると居ても立ってもいられなくなって本屋へ直行。でも当時のお小遣いで買えるのはせいぜい文庫本で月2,3冊、買ったそばから読んでしまい次の月が待ち遠しい。でもって正月にお年玉が入ったとたん本屋へ行って毎日5冊6冊と買い漁るもんだから(しかも小学4年生)、お店のおばちゃんに顔を覚えられて最後の方では一冊おまけしてくれたりしたような... 当時クイーンの作品はハヤカワミステリと創元推理文庫から出ていて、確か1ヶ月で全部集めたんだと思う。それから高校に入るまで何度と無く読み返したなんて... 大体推理小説を(トリックも犯人も分かった上で)何度も読み返して面白いんだろうかと当時の自分に訊いてやりたい!今だったら松本清張の方が面白いんだけどな。
 
で、ただ一つ思い当たるのは... 当時ミステリが好きな人はみんなアガサ・クリスティーを読んでたと思う。右を向けばアガサ、左を向いてもアガサ、テレビでも映画館でもアガサ、というのが何となく気に食わなくて、『ケッ!』という感じで見ていたんだと思う(何て可愛気の無い小学生!)。今読めばアガサ・クリスティーも素晴らしいと思うんだけど、当時は今にもまして天邪鬼だった僕は無意識のうちに《みんなが夢中になっているアガサ》の代わりに熱中できるものを探してたんだと思う。そんな時にたまたま出会ったのがクイーンだった訳です。
 
まあ今殆ど推理小説は読まないし、何とクイーンの作品は殆ど仏訳されていないので読みたくても読めない。それでもネットで一冊見つけて買ったものの読んでない... 本は1年中読んでいるのに何で推理ものを読まなくなったのかは不明。年取って複雑なトリックを解き明かす様な能力が衰えているのか、はたまた登場人物が多すぎて話が理解できなくなったのか。
 
実家に帰れば未だに本棚にクイーンだけズラーっと全冊並んでいるはずだけど。今こちらで無理して高い日本の本を買ってまで読むのは小林信彦と群ようこ位かな。漱石とかは殆ど仏訳を読んだけど、古い翻訳で日本人がやっていたりして(別に日本人が仏訳しちゃいけないわけじゃないけどさ、やっぱり日本語に精通したネイティブの人がしたほうが良い)本当に酷い。僕が好きな『こころ』なんて題名から変えてあって数ページ読んだだけで大魔神に変身して『おんどれ〜〜〜何じゃこりゃ〜〜〜〜!!!』と本を壁に投げつけたくなった。漱石大好きなのに...
 
最近(といっても読んだのはもう数年前だけど)面白かったのは宮部みゆきさんの『Une carte pour l'enfer』だった。日本語の題名は確か『火車』だったと思うんだけど、これにはどきどきしました。
 
うーんまた推理小説読んでみるか。

エルメスのネクタイ

さてなんだかんだ忙しくしているうちにまたもや月記状態...
 
新しく《浪費歴》というカテゴリーを作ってみました。別に中村うさぎじゃないから支払いに困るほどばんばん買い物して依存症になっている訳ではないけれど、時々思い立ったように買い物魔に変身する事があって...
 
とはいっても今は演奏会用の服でさえスーパーで買っているのでブランド物に凝っているとか言う訳ではないけれど、大学時代は一時、お金も無いのに《ブランド志向》にはまりそうになった事があった。意思が弱くて周りに影響され易かったんだよなーきっと。ちなみに今は九大で助教授なんてやってるD君がブランド好きで某《駅の前の丸井》のお世話になって全身カール・ヘルムとかできめて登校して来るのを見て『おしゃれだなー』などと思ったのが運の尽き、引きずられるようにして某丸井(もう無いんだよねこの店???)上野店へ。でもすぐにはローンでどーんと、という気合は無くて結局シャツかなんか一枚買って僕の初体験は終わったんだけど、その後も暇さえあれば一緒に某丸井へ...
 
D君は家賃が安いという理由で都内とはいえ北端の、しかも駅から延々20分位歩くところに住んでいて、そういった所で倹約して服に買うお金に当てていたんだと思うけど(ちなみに九州の彼の実家に遊びに行って同じ部屋で寝ていたら寝言で『僕の家、駅からすごく遠いんです〜。』と唸っていたから、きっと当時は結構トラウマになっていたんだと思う)、僕は1年生の時は実家から片道2時間近くかけて通っていたのをどうにか親に頼み込んで千駄木のアパートを借りて一人暮らしを始めたばかりだったので余分なお金なんてないない。で、どっちかって言うと服を見に某丸井に行って目を肥やして、その後ABABという安い洋服屋で買い物をしていた。
 
ところが... 大学も3年生4年生になるとオーケストラのエキストラとかに行くようになる。で、ちょっと小金が入り始めた時にハマったのが《エルメスのネクタイ》だったのでした。大体サラリーマンじゃないし日常生活でネクタイすることなんて無いのになんでハマったのかというと、どのネクタイをとってもその柄がとてもチャーミングだったからなのでした。柄が美しいスカーフを、普段使いもしないのにばんばん買ってしまう女性の心理と同じ感じですかね。でもエルメスのネクタイは(今はどうだか知らないけど)普通のネクタイより結構細身で今するとちょっとダサいんだけど(イタリア風のシャツとかに合わせると『アレ???』という感じ)、地の色といい、幾何学模様風に並んだ小さな柄といい本当に美しい!青地に赤い小さなカタツムリが並んでいるもの、グレーの生地にピンクの像が並んでいるもの等々今でも大切にしていますが本当にかわいらしい。という訳で、大学3年の終わりにかけてから4年終わりまでの1年間、高額のギャラが入る度に銀座のプランタンに走ってエルメスのネクタイを1本買っていたのでした。
 
まあ今でも使っているから別に無駄遣いをした訳ではないと思うのだけれど、30過ぎてからどちらかというと《廉価なものを上手くコーディネートして個性を出す》という方へ興味が移ってしまったのでエルメスのネクタイを見る度に『ま、美しいけどこの値段じゃねー。』と思ってしまう。今も一点豪華主義でスーパーの服に30歳の誕生日に友人みんなから共同で贈ってもらったBoucheronの時計をしたりとか、カフス付きのシャツに合わせるためにアンティークのカフスボタンを集めるとかいった楽しみはあるんだけれど、仕事でシャンゼリゼ劇場とかに行って界隈の高級ブティックのウインドーを覗くと値段が凄い事になっていて『エー、既製服でこの値段?ヒョエー!』と飛び上がってしまう。
 
やっぱりブランド物というのは支払いの心配などしたことが無い大金持ちが買うもんなんだよなーきっと。友人の弁護士に月一万ユーロ稼いでるのがいるけど、そういう人だったら値段なんて見ないで買うよなきっと。僕はアメックスのゴールドを持っているにも拘らず(驚いたでしょ?今、世界中から『エーーーーーーッッッ』という声が聞こえました)、支払日が怖くて使えない... だったらゴールドなんて持つなよ、って突込みが来そうですが正にその通り!ちなみに普段使ってるVISA PREMIEREも(これもゴールド)限度額が月8000ユーロとか書いてあって『あんた、こちとらそんな金ひと月で稼いだこと無いんだわさ』と思うばかり。毎月銀行が8000ユーロただでくれるんだったら喜んで使うけど...(おいおい)
 
という訳で僕にプレゼントしたい方はエルメスのネクタイをどうぞ、って嘘だってば。
同じ日に2つ記事を書くなんてこのブログでは前代未聞ですが、ミクシーの友人の日記を読んでいてびっくりする記事にぶつかったので書かずにはいられません。

《事業仕分け》の政策でオーケストラへの援助金が大幅に削られそうだとの事、全く開いた口が塞がりません。それでなくても欧米諸国と比べて文化に対する援助が低いのに(多分先進国中最下位)、それまでも削ろうだなんて非常識にもほどがある。産経新聞の記事にもありましたが欧米のどんなに有名なオーケストラでさえ国や地方自治体の援助なしにはやって行けないという事実を政府は理解しているんだろうか?

僕がいるオケも3つとも援助金で運営しているし、大きなフェスティヴァル(エクサン=プロヴァンスとかザルツブルク)だって予算の75パーセント以上補助金とスポンサーで賄っているというのに...

日本のクラシック演奏家や作曲家がここまで海外で認められるようになったのは、色々批判があってもやはり義務教育期間に於ける文化への力の注ぎ方が重要だからだと思う。自分が小学校、中学校にいた時を考えても、音楽、美術の授業で沢山の事を学んだし、毎年体育祭と並んで文化祭、クラス対抗の合唱コンクールと決して文化活動をおろそかにしていなかったし、部活でも安い部費さえ払えば、吹奏楽、合唱、演劇とどんな貧しい家庭の生徒であろうと文化に触れることが出来るようなシステムが出来上がっていた。他の県は違うかもしれないけど、神奈川県では高校入試のために中学2年の時に《アテスト》というのがあって(今も在るのかな?)、一般の教科は勿論、美術、体育、音楽といった教科の点も加算して計算されるようになっていたと思う。

今ヨーロッパで日本人が全くいないオーケストラを見つけるのは難しいし、各国際コンクールでも日本人ががんがん賞をとっている。この間のロストロポーヴィッチコンクールとか、ブザンソンの指揮者コンクール、ヴァン・クライヴァーンもそうだし... 日本人作曲家の新曲も定期的に初演されるし、1960年代の《東洋の小さな島国から来た黄色い小人が器用に我々の音楽を演奏している驚き》みたいなものは完全に消滅している。それもこれも最初は欧米の《真似事》だったとはいえ、学校教育に文化を取り入れて、オーケストラも援助してどんどんレベルが上がるように努力したからではないのか。昔の《欧米至上主義》がクラシック音楽の世界においてはやっと無くなってきて、自国では全然名前さえも知られていない下手糞な欧米の演奏家よりも、実際に海外で活躍する日本人にスポットが当たるようになってきたというのに... やっと日本の聴衆も怪しい外人のプロフィールにある嘘か本当か分からない受賞歴よりも自分の耳を使って演奏家の持つ本当の能力を判断できるようになってきたというのに!!!

正直言ってこちらで教鞭を取るようになって、度々『日本の音楽教育はすごい』と思います。フランスではもし子供に音楽を勉強させたいと思ったら先ずは地元の音楽院に登録しなければいけないし、楽器も学校から提供されるのではなくて自分で買ったり借りたりしなければいけない。授業料が安いとはいえ日本の公立学校の部活に掛かるお金と比べたらずーっと高い。学校にも音楽の授業はあるけれどどちらかというと『他にやること無いから音楽の先生でも』という人が多いし(すべてがそうではないけれど)、主要教科(仏語、外国語、社会、理科、数学、哲学)以外は高校入試にも大学入試にも影響が無いからどの生徒も全然やる気が無い。しかもヴァカンスが多いので普段は授業が終わるのが5時過ぎ、高校になると6時なんてことも。だから課外活動なんてもってのほか、どうしてもやりたくて、しかも家庭に経済的な余裕がある子供しか音楽やスポーツに触れることが出来ない。

それと比べたら日本の学校における芸術教育は本当の意味で《民主的》だと思っていたのに... 

一体日本の文化はどこへ行ってしまうんでしょうか。立派なホールだけ作って、外国の有名なオーケストラを破格のギャラで呼んだりする傍らで、地道に国内で草の根文化活動を続けている日本のオーケストラを破産に向かわせるような政策を取るなんて、恥ずかしい限りです。

こちらからは何も手助けできませんが、日本のオーケストラの皆さん、絶対に負けずに頑張って下さい。どうするべきなのかは具体的に頭に浮かばないけど、いくつものオケが一緒になって子供たちを対象に巨大な無料コンサートをするとか、色々メディアに訴える手はあると思います。僕でお手伝いできるのであれば即刻駆けつけます!

みんなアホ政治家どもに負けるなー!!!

一生学級委員...

怒涛の2ヶ月が過ぎてやっとこさ休みになりました。とは言っても学校の授業は週に一回あるんだけど...

でも取り敢えずは飛行機、列車、ホテルの日々から開放されてほぼ2ヶ月振りに田舎の家へやって来ました。11月末からの移動を並べてみると、

パリ>ブザンソン>パリ>ラ・ロッシェル>ポワティエ>シャテルロー>モーズ・トゥワルゼ>ラ・トランブラード>二オール>ロッシュフォール>パリ>ドルトムント(ドイツ)>グルノーブル>パリ>ポワティエ>パリ>ポワティエ>ラ・ロッシェル>マレンヌ>エーフル>アングーレム>パリ>ザルツブルク(オーストリア)>ケルン(ドイツ)>ザルツブルク>パリ>ナント>パリ>リヨン>グルノーブル>パリ...

ぜいぜいぜい(息が荒い)

大体元々が家っ子で出来ればずーっと家の中で過ごしたいのに何でこんなに移動が多いんだ!!! それにツアーが続いて外食ばかりになるとどうも体の調子が... 若いときほど家では肉類を食べなくなっているのにどういう訳か外食だと肉類が多くなってしまう。魚が美味しいお店をなかなか見つけられないというのも一因かも知れないけど。で、練習の後はみんなで食事しながらワイン飲んだりするし、気が付くと5キロ位簡単に太ってしまうのでした。それでも何年か前まではそれなりに時間もあって、水泳とウェイト・トレーニングをちゃんとしていたんだけど、この年になるとさすがに練習の後にプールに、という気にはなれない。今日から2週間弱休みなので食べるものにも気をつけてちょっと冬の間に付いてしまった贅肉を取ろうかなーと... 日差しも日に日に春らしくなってきているし、ちょっと気合を入れて...

さてタイトルと全然関係ない話が続きましたが、先日中学校の同級生から同窓会案内のメールが入りました。高校のときに引越しをして以来《消息不明》のリスト入りをしていたにも拘らず、親切な人がネット検索で僕のことを見つけて連絡してくれたのでした。で、今月27日にある同窓会には勿論出られないんだけど、同窓会ネット(?)とかいうサイト上に書き込みをしたら、ものすごーく懐かしい友達からメールが来ました。

彼女とは中学校で一緒に生徒会をしていて、すごく仲が良かったにも拘らず、卒業後お互い音信不通になっていました。その頃の生徒会はなんだか名物生徒が多くて... よだれの会長とか... 同窓会来られたら昔の話色々できたのにねー、というのがその内容だったんだけど、その時に思ったのが、

何か昔からずっと学級委員...


という事だった訳です。小学校も殆ど毎年学級委員をやってたし、中学では学級委員、全校会議議長(!)、生徒会役員と色々やってました。今思うと正に『何で僕が???』という感じですが、当時は結構真剣に取り組んでたんだよなー、

うああああ〜恥ずかしすぎ。


いるでしょ時々、喧嘩弱いくせに妙に正義感だけ強くて、敬語駆使して大人みたいにしゃべって、子供のくせに融通が利かないガキ。それが僕。穴があったら入りたい... 

さすがに高校へ入ると箍が外れて日々へらへらと過ごし、そういう生徒の活動とかには全然関わらなかった。大学にもそんなもん無かったし(あったのかな、もしかして...)。

なのに最近良く考えるとまたもや《学級委員》ぽい事をやらされてるよなー。ペレアスでは団員代表の一人だし、芸術顧問もやってるし、ポワトゥーシャラントは次回の団員代表に絶対立候補しろ、と根回しが来てるし、学校でも管楽器科の代表やらないか、って言われてるし... ペレアスはしょうがない(創立メンバーだから)からいやいややってて、他は今まで逃げてきたんだけどそろそろ逃げ切れなくなりそうな気配が... それでなくても自分のための時間が無いのに絶対イヤだ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!! って言えばいいんだろうけど何だかそれはそれであまりにも自己中な気がするし...

で、なんでみんな僕にやれって言うのかな、と考えてみて思いついた事が幾つか。先ずは、

口が上手い


確かにそうだ。そういえば今まで一体何度様々な危機をこの《舌先三寸》(実際には九寸位あるかも)で乗り切ってきた事か。よく言えば口が達者、悪く言えば人を丸め込むのが上手い。詐欺師に近い(?)かも。次は、

お人よし


人から何か頼まれるとなかなか嫌と言えない。後で引き受けた事を後悔するのが分かっていても断れない(いや、断れなかった、と過去形にするべきか)。で、引き受けてしまった自分自身にぶつぶつ文句を言いながら何とかやり遂げる(ちょっと引きずるタイプ???)。それともうひとつ、

見た目よりまめ


というのも一因かも。昔から世界史の年表作ったりするの好きだったし。ってあんまし関係ないか。

そうかー要は『こいつに頼んでおけば嫌でも引き受けてくれるし、一度引き受けたらそれなりに責任を持って最後までやりそうだな』という感覚なのではないかと... でもこれって単なるカモネギじゃん。やっぱり人望が厚かったわけじゃないのか。正に

とほほ...


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