徒然草

[ リスト | 詳細 ]

日常の事色々と。
記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

日本人じゃない???

皆様大変ご無沙汰しております。

今日ようやく東京での2つ目のコンサートが終わり、オケの同僚は明日朝7時半にバスで空港へ...可哀そー。僕は明日藤沢の実家へ戻り、8日からハープとの合わせ。9日は練習後芸大にレッスンしに行って10日も練習11日は練習後に成田へフランス人たちを迎えに。12日のコンサートまで...れれれもう1週間なし?早く頭をピッチ430から442に戻さないとまずいザンス。モダン楽器のふたもしばらく開けてないし。いかんいかん、今そんな事考えたら眠れなくなるぞー。

ここ数日色んな人と偶然再会してます。

まずはパリ・シャルルドゴール空港にて。チェックインの列に並ぼうとしていると『根本さ〜〜〜〜〜ん!!!』という呼び声。振り返るとなんと昔バルボトゥのクラスで一緒に勉強していたあやこちゃんでした。彼女は今日本航空で働いていて、何とたまたま同僚の会話の中に《レ・ミュージシャン・デュ・ルーブル》の名前を聞きつけて飛んできてくれたのだとか。1児の母とは思えない若さ。昔からちっとも変わっていなくて本当にびっくりしました。彼女のおかげで足ががーっと伸ばせる席を用意してもらい気持ち良く旅をする事ができました。感謝!

次は友人のオーストラリア人。彼とは遥か昔パリで知り合って、ここしばらく音沙汰が無かったのに、たまたま夜遅く電話が来て、僕が新宿のホテルへ泊まっていると言うと『今晩留めてくんない?』との事。話を聞くと次の日府中まで仕事で行かなきゃならないんだけど住んでる習志野からだとあまりにも遠いので新宿のカプセルホテルの泊まろうと思っていたとか。偶然ツインの部屋をもらっていたのでOKする。で、ほぼ12年振りに会った訳ですが何だか日本語も結構上手になっていてそれなりに年もとってて笑えた。会話を英語でしていたら突然『タケノリはフランス語訛りがある。』だと。おいおいそんな訳無いだろ!!!(あるのかなやっぱし...)。で、自分のラップトップのコンピューターに盗難防止用のケーブルをつけているのを見てタメ息とともに『タケノリは本当にもう日本人じゃ無くなっちゃったんだね。』とのたまう。ま、確かに日本で物を盗まれる事は皆無に近いけどさ、ヨーロッパに慣れてると何だかやっぱり不安なんだなーこれが。ってこれがもう日本人じゃないって証拠か???

そして3人目は僕の芸大の先輩の塚田さん。最後にあったのは東フィルがヨーロッパツアーのときにロンドンで、かれこれもう15年近く前か???彼はクロード・モリーと勉強した日本ではナチュラルホルンの草分け的存在。何とうちのオケの2日目の東京公演へ来ていたのでした。笑っちゃう位変わってなくて思わず指差して『あ〜〜〜〜〜〜〜!!!』とわめいてしまいました。

それにしてもやっぱり僕はもう日本人じゃないのかなー。自分では日本人のつもりですが。ま、確かにヨーロッパのメジャーオケの、殊にプロのアジア人が殆どいない金管楽器の世界に入って、自分の能力をアプローチしていこうと思ったら、良い意味でも悪い意味でもある程度《西洋化》しないとやっていけない部分はあるにしろ、根本的には昔と同じだと自覚しているんですが...全然だめ???

さっきもコンサート後にうちの母がミンコフスキにプレゼントを渡したいというので楽屋に連れて行ったら、ミンコフスキが僕を指差して《Bravo pour votre créature (あなたの創造物にブラボー) 》だと。フランス語や英語に堪能な方はわかると思いますがフランス語の《créature》または英語の《creature》は人間でないものを指す場合が多いので(お化けとか想像上の動物とか)、何だか《化け物》と言われたような気が...なんでやねん!

という訳で僕は生粋の日本人どころか西洋かぶれの日本人でもなく化け物なのでした。オーマイガッ!!!

遊牧民には向かない...

れれれれれ〜、もう9月半ばを過ぎてる...何故だー!!! って当たり前だけど。

という訳でまだシーズンが始まったばかりだというのにもう疲れ切っております。こんな事でこの1年間無事に過ごせるのかなー、不安...

という訳でただ今午前4時49分、超疲れているのに何故か眠れないので、ブカレストのホテルの部屋でこの《月記》を書いています。ちなみにRadisson SASのこのホテル、超豪華でスパだのプールだのあるけれど、コンサートしに来てる身では全然利用価値無し。無駄だ〜。ま、自分のお金じゃないからいいけど... 昨晩はエネスコ・フェスティヴァルでハイドンの天地創造を吹いてきました(ちなみにエネスコとハイドンとどういう関係があるのかは未だに謎)。国営放送、ラジオとテレビと両方入っていましたがカメラマンたちはリハーサルにも現れず結局本番ぶっつけで撮影していたようでした。大胆。

この夏は前回の月記に書いたエクサン・プロヴァンスの音楽祭以来ずーっと移動が続いていてもうげんなりしています。エクスのあとスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラでコンサート。次の日から大西洋岸の町ロワイヨンで講習会、学生オケバックにモーツアルトのコンチェルト吹いたりして、もうへとへと。帰って田舎に数日こもって練習したあとは(こういうときに先々のプログラムを練習しておかないと後でとんでもない事に)ザルツブルクの音楽祭に1週間、帰って3日パリに居てその後ブレーメンの音楽祭にまたまた1週間。この時点でもうすでにげんなり。でもまだ続く。ブレーメンから帰った2日後にグルノーブル近くのコート・サンタンドレという町のベルリオーズ音楽祭でコンサート。やっとこさ1週間休みになったけど疲れて何も出来ない。会う日と会う人に『疲れてるねー』といわれる始末。で、今週の月曜からもう授業が始まって、すっかり日に焼けた生徒たちに『良いヴァカンスを過ごされましたか?』とか言われるたびにむっとしたりして...

で、一昨日ブカレストへ着いて昨日の午後コンサート、今日の朝パリに戻り友人宅で練習。その足で電車に乗り地方へ。土日と2つ室内楽のコンサートがあって、月曜はヴェルサイユの工事で数年前から閉まっていたオペラ・ロワイヤルの杮落としのコンサート(ちなみに宮殿内鏡の間での夕食つきのチケットは何と1人1000ユーロ、一体誰が来るんじゃ!)。火曜に授業して水曜休み、木曜からアンブロネ、グルノーブルと回って次の週はブリュッセル、10月頭にヴェネツィアでコンサート、次の週にメッスでコンサートしてそのままポワティエへ。10日間のシリーズが終わると...れれれもう11月???

で、こうやって移動をしていて感じるのは自分はつくづく遊牧に向いてないなあという事な訳です。縄文人と弥生人としたら絶対に自分は弥生人だ。一所にしっかり腰をすえて米作って一生暮らすっていう方が家畜を追って年中移動するよりすっと性に合ってると思う。だったら違う職業選べよ、と言われそうですが、まさにその通り!!! でもこの年で転職するわけにも行かないし、第一他に出来る事がなーい。

しかも来週水曜までに来年度の音楽祭の助成金の申し込みを終わらせないといけないのに全然できてましぇーん。まずいまずい。

誰か助けて〜〜〜〜!


ちなみに11月にミンコフスキとのツアーで日本へ行きますが(3日が石川県立音楽堂、5日と6日が新宿オペラシティー)、その後残って12日に代々木のHakujuホールでハープの福本しのぶさんとコンサートをするので今からちゃんと練習の時間を取っておかないと(でも一体いつ?)絶対にやばい。アレンジしなきゃいけない曲も終わってないし...ああ顰蹙。でも頑張ってよいコンサートにするので皆さん是非おいで下さいませ。ちなみに13日には岡谷というところでもコンサートをします。

そのコンサートが終わればあとはフランス人5人連れての約3週間の日本旅行。学校の授業も友人に代わってもらって(学長にはまだ言ってない、笑)、コンサートも全部断って、これが本当のヴァカンス。帰ってからがまた地獄なのでその間に何とか充電しておかないとね。

それまでに過労で倒れないように応援して下さい。

ああ猛暑...

ブログの更新しないうちにもう5ヶ月経ってしまった。『日記じゃなくて月記だあー。』などと言っていたのにこれじゃあ年記になっちゃうね、全く。

でもね、前回の更新以来ずーーーーーーっと忙しかったのさ、これが。

例えば3月...1日がシャンゼリゼ劇場で『フィガロの結婚』(ナチュラルホルン/ピッチ430)3日目、2日学校でレッスンをした後よるヤナーチェクの『利口な女狐』(モダン/ピッチ442)練習、3日『フィガロ』4日目、4日『女狐』練習、5日『フィガロ』5日目、6日『女狐』練習、7日『フィガロ』6日目、8日ペレアス室内管会議、9日午後ストラヴィンスキーのバレー『プルチネッラ』(ピストンホルン/ピッチ440)練習後夜『女狐』ゲネラル、10日午後『プルチネッラ』練習後夜『女狐』初日、11日パリ音楽都市で『プルチネッラ』本番、12日グルノーブルで『プルチネッラ』本番、13日朝グルノーブルでマスタークラスをした後夜ブザンソンで『女狐』本番、14日、15日と田舎でピアニスト、マリー=ジョゼフ・ジュードのコンサート企画、16日、17日、18日と続けて『女狐』本番、19日学校でレッスン、20日からポワティエでリハーサル、24日コンサート、25日『女狐』本番、26日リュサックでコンサート、27日ロッシュフォールでコンサート、28日ルーダンでコンサート、29日アヴァイユ・リムジーヌでコンサート、30日学校でレッスン、31日ブザンソンへ移動...

ね、のんきに日記なんて書いてる場合じゃなかったんだわさ。で、4月はセルビアへツアーへ行ったり、プラドのカザルス音楽祭へ行ったりしてあっという間に過ぎて、5月は音楽監督をしているフェスティヴァルの準備をして21から24日までが本番、オペラの指揮(『蝶々夫人』とホルストの『サヴィトリ』)をしたり我が家の日本庭園の杮落としがあったりして何と1週間で5キロやせてしまった。25日に久しぶりに学校でレッスンして(顰蹙...)、26日からツアーでジュネーブ、エヴィアンと回って6月頭はウィーンでハイドンの『ロンドン交響曲』のライブ録音、パリに戻って1週間は生徒の学期末試験や友達の結婚式があって、19日からエクサン・プロヴァンスの音楽祭に来て『イドメネオ』を吹いています。

でね、オペラも大変なんだけど(始まるのが夜9時半で終わるのが午前1時過ぎ)、それよりも

暑い、とにかく暑い、夜になっても気温が下がらない〜〜〜!!!


だから眠れない...すごーく疲れて帰ってくるのに眠れない...ああああああああっ!
異常気象だといわれる様になってはや何年になるのやら...これ以上暑くなったら死ぬぞー!

でも寝ないとどんどん疲れが溜まってまずいんだよなー。明日が『イドメネオ』の初日で7日がラジオ・クラシックで生中継、10日がテレビ局Arteの生中継、調子が悪くて失敗したら世界中に知れちゃうよ〜〜〜〜〜ん、ってか?プールにでも行って泳ごうかと思ったけど暑くて出かける気力が無い...脳みそが溶けて鼻の穴からダラーッと出てきそうな感じだ。本当は書かなきゃいけない楽譜があって山ほどパリから仕事を運んできたにも拘らずここ数日は何もしてない。朝起きてダラー、ご飯食べてダラー、劇場に着いてダラー、休憩時間にダラー、本番終わってダラー、アパートに戻ってダラー...で寝ようとすると暑くて眠れない...その上今朝は朝7時から道路の工事をしていて(すんな〜〜〜〜〜っ!)寝ちゃいられない。

この後行くスペインはもっと暑そうだし...でも8月はザルツブルグだから涼しいかな、と思って今ネットで見たら...暑いじゃん!まじー???とほほ...早く田舎の家に行って涼みたい(北フランスは流石に涼しい)。でも今月末まではお預け...

やっぱりクーラー付いてる所探せばよかった...

全然関係ないけど1週間前に同じ音楽祭でやっている『神々のたそがれ』を観てきました。ワーグナーがすごい好きなわけではないけれど、ただでラトル+ベルリンフィルを聴ける機会はあんまり無いしね。オケは勿論超上手くて(特に管のセクションがすごい)、歌手もみんな一流なんだけどどうしても最後まで白けたままだった。何故かというと、

ジークフリートとブリュンヒルドが不細工


だからなんだなこれが。そりゃあ昔は120キロの大デブが椿姫歌ったって何にも言われなかったけど今はねー、ちょっと。ジークフリートとブリュンヒルドがベッドで目覚めるところから始まる演出だったんだけど二人とも体にぴったりしたTシャツ着ててビール腹丸出し...ブリュンヒルドはわき腹がもこもこしてて『あんたはロースハムか!』といいたくなる雰囲気。2人が『この世で一番たくましいヒーローよ』とか『この世で一番美しい女神よ』と歌えば歌うほど『おいおい』といいたくなる。NHKも録画していたからもしかしたら日本でも流れるのかな、大胆。衣装でもう少し何とかしてあげればいいのにねー。はっきり言って悪役のハーゲンの方がずっとかっこいいし、その妹のグートルーネも美しくて『わざわざ魔法使わなくったてこっちの方がいいに決まってんじゃ〜ん』。

てな訳で、歌手じゃなくて良かったと思う今日この頃...

イメージ 1

イメージ 2

怒涛の1月が過ぎてただ今田舎で1週間田舎で休養中です。とはいっても5月の音楽祭に向けての準備があって毎日人に会わないといけないし、書類も作らなくてはいけないのでボーっとはしていられない。しかもしばらく会っていなかった友人たちとの食事の約束が溜まっていて今週だけで食事会が3つも。何だかずっと料理してんなー、ま、好きだからいいけど。

1月の末は1週間ザルツブルグに行っていました。着いた日は快晴だったにも拘らず2日目から大雪。一歩外に出た途端『さぶ〜〜〜っっっ!』と叫んでしまう。しかしながら景色はもう御伽噺のようで流石美しい町だなーと感心する事しかり。で、ホールまで同僚ととぼとぼ歩いていると僕らが出ている《モーツァルト週間》のポスターがそこここに貼ってある。寒くて回転が鈍くなっている頭を抱えてボーっと見ているとソリストの名前の中に《Hideki Nagano》とあるのが目にとまる。『アレー、永野君来るんだー。』とびっくり。アンテルコンが来るのは知ってたけどいつも乗っているとは限らないからあんまり気にしてなかったけど何たる偶然。早速電話をする。

『モヒモヒー、あんたいつザルツに着くのー?一度くらい一緒にご飯食べようねー。』と言って着いたら電話をくれるように頼む。何だか楽しみだなー。ちょっと気を取り直して(?)練習場へ。

プログラムはモーツァルトのセレナーデとコンチェルトが中心なのできっと楽だと高を括っていたら実はとっても大変だった...せっかく一週間ザルツでお休み〜とはしゃいでいたのに何だかがっかり(オイオイ)。はずしやすい高音をちゃんとピアノで吹いているのにマルクが『ホルン、大変なのは分かっているけれどもっとピアノで吹いて。』と一見物腰柔らかく、でも有無を言わせない雰囲気でのたまう。2番ホルンの同僚が小声で『エーツ!これ以上小さくなんて無理だよねー!何訳の分かんない事言ってんだろう。』と言うので『それに文句を言えないのがここのオケなんだわさ。』と愚痴る。まあ出来る範囲で努力する事に決める。でもリスクを承知で超ピアノで吹いてはずしたら顰蹙買うし何だか割に合わん。でも今月から首席のギャラがあがったのでちょっと我慢。まるでエンジョコーサイしているじじいにお手当て上げてもらって嫌な事されても黙ってる女子高校生みたいだなーこれじゃ。ってどんな例えなんじゃ!

それにしても腹減ったー。うちのオケはマルクが夜型なので《午前・午後》ではなくて《午後・夜》という練習が多い。今日も終わるのは夜10時だから、食べるとしたらホテルのレストランしかない???幸いにしてホテルが同時にビアホール+レストランを経営しているので食べ物はおいしいんだけどオケ40人が一度に殺到したらまずいかも...と食べ物の事ばかり気になって仕方がない。やっぱり食い意地の張っているヴァイオリンのクレール(ちなみに彼女は背は小さいけれどホルスタイン系、全然関係ないけど)と、休み時間に『ホテルついたら部屋に行かずにレストラン直行しようね。じゃないとみんなの注文とってるうちにどんどん遅くなるから。』と打ち合わせをする。

やっと終わって急いでホテルのレストランへ。去年からまた食べたいなあと思っていた《ヴィナーシュニッツェル》とビールを注文。クレール、2番ホルンのヤニック、日本人ヴァイオリニストのマリオさん、コントラバス首席のクリスティアンと明日から何を食べて何を飲んで暮らすか検討する。イタリアワインバー、リキュールのシュポレール、屋台のおばちゃんがやっているソーセージ《ボスナ》、有機栽培専門のレストランは外せないよねーという話になる。食べ物の話ばかりで盛り上がってその日は早々にお開き。

次の日は夜がフリーだったので女性軍+ティンパニーのシルヴァンは夕食前にリキュールバーに行くというが溜まった疲れで朦朧としていた僕とヤニックは食事のみ参加にさせてもらう。7時半になってヤニックと一緒に待ち合わせ場所に行くがまだ誰も来ていないのでクレールに電話をするとすごい騒音と共に『今行くから〜〜〜でへへ〜〜〜〜待ってて〜〜〜〜ごめんね〜〜〜〜』と叫んでいるのが聞こえる。うーむもう出来上がってる...やっと合流した3人はもうへべれけで、マリオは酒臭い。『あんた酒臭いよ』と日本語で言うと『エッ本当?まずい』というが時遅し。レストランに着いてからは更にすごい事に...マリオは興奮して声がでかくなるのでみんなで『シーッ、シーツ!』と注意しつつやはり完璧に酔っ払っているクレールの暴露話に真剣に耳を傾ける僕ら...さてその話はと言うと...

今を去ること数年前、まだ彼氏のいなかったクレールはあるコントラバス弾きと仕事先で知り合う。で、何と今回そのコントラバス弾きがうちのオケにトラに来ているのであった。みんなどういう展開になるかと目を輝かせるが話を聞いてみると...『あたしもうXXXを見てるとたまらなくて〜だってかっこいいんだもーん!』とくねくねしているクレールを見てみんな首をかしげる。ちなみに彼女は今付き合っている彼と今年の6月に結婚するんだけどその彼の方が100倍かっこいい。僕がきっぱりと『全然わかんなーい。どこがかっこいいのか』というとクレール曰く『あたしも良く分かんないんだけどー何ていうかフェロモンの問題かなー』との事。ウーム。『でさ、その当時あたしもまだ独身だったし絶対この人と一晩...て思ってね。だって一緒に食事に行ったり、映画見に行ったりしたしキスだってしたんだよ。だから絶対脈あると思ってね。ある日ホテルの彼の部屋に行って《何だか暑いわーこの部屋ー》とか言ってどんどん服脱いでもうイ0ラン丸出しで《早くして〜〜〜ん》ていうムードに持っていこうとしたら彼なんていったと思う?《その気は無いから早く服着て》ひどいでしょ、ね、ね、信じらんないでしょ!!!』一瞬無言になったみんなの頭に浮かんだのは《ゲイ》という一言だった。『ね、彼ゲイなんじゃないの?』と聞くと『それがね、今はちゃんと彼女もいるのよ。だからやっぱりあたしとしたくなかったって言う事よね。今思い出しても屈辱ー、ううううう〜。』と頭を抱えている。大事な友人がこんなに落ち込んでいるのに励まさない訳にはいかないと思い、シルヴァンに『ね、例えばさ、シルヴァン彼女いるけどどうしてもクレールが君としたくてね《暑いわー》とか言いながら目の前で服脱ぎ始めたらいくらなんでもすぐに《服着て》って言わないよね?だってクレールこんなに可愛いし性格もいいしお0ぱいだってこんなにでかくてパ0ズリだって出来るのに!ね、変だよね?!』と同意を求めるとちょっと引き攣りつつも『うん。僕だったらせめてストリっプだけはきちんと見せてもらう。』と言うのでクレールに『ね、ね、普通の人はこうやってクレールの豊満な(?)体をありがたやーって見せてもらうつもりなんだよ。だからやっぱり変なのはあいつ!』と力説すると『それって褒めてるわけ?』と聞き返される。『エー当たり前じゃん。でもこれからあんたのあだ名は《無・用・の・巨・乳》に決定!』と言ったら張り倒された。『でもさ。今の話内緒で録音してたら強請れたよね、残念。婚約破棄もんだよ。』と言ったら『ジャン=ロックはそれ位の事じゃ動揺しないよ。そうじゃなかったらあたしと結婚したいなんて思わないよ普通。』と明るく言い返されたので確かにもっとも、と納得。『あと5ヶ月で結婚なんだからやるなら今のうち』と言ったらげらげら笑って『あれ以来誰の前でもイ0ランになってないから大丈夫!』との事。みんな口々に『そりゃあんな良い彼がいて浮気なんかしたら罰が当たるよ絶対。』とか言ってるがそういうやつに限って怪しい!?

更に飲んで異常にハイになっていた僕たちは何と1時間経ってから隣に一人で食事に来ていた中年男性が実はフランス人だったということが分かって愕然。あの話みんな聞かれてたんだなー、あははははー。しかもどこのオケか絶対ばれてるし恥ずかしすぎー。これからは気を付けよう。

次の日同じメンバー+永野君で昼食へ行く。さすがに彼は僕らと違って下品な話をしないのでとても穏やかな昼食会だったものの、時々誰かが思い出したように『クレール、寒いから急に服脱がないようにねー風邪ひくよ、えへへ。』とか言ってみんなでへらへら笑っていたので永野君が『何?何の話?』と興味津々で聞いてくる。『それがね...』と説明しようとするとクレールが『だめ!絶対だめ!!!』と硬く口止めして来て『アーどうしてあたしあんな話みんなにしちゃったんだろ〜。はー飲みすぎはいかん!』と後悔している様子。遅いよなー今頃。という訳で彼女はそれから一週間同僚に『もういいから服着て〜お願い〜。』とおちょぅられるはめに...

皆さん飲みすぎて自分の恥をさらさないように注意しましょう。

今月ももう16日、今頃何寝ぼけた事言っとるんだお前は!と言われそうですが...

大晦日のコンサートが終わってから無理やりセカンドハウスに着いたのがなんと夜中の12時。オリヴィエの運転する車で友達のチェリスト、ヴィルジニーを連れてのドライブとなりましたが、高速にはすでに塩が撒かれていてスリップする危険もなく無事に我が家へ。家には先発隊の友人2人が食事を作って待っていてくれたのですぐにパーティー。ようやくベッドに入ったのは午前3時過ぎでした。

元旦は友人を招いて御節を祝うのがしきたりなので8時には起きて食事作り。ヴィルジニーの旦那ブノワが電車で到着するのを迎えに行ってから昼食会。ブノワは大変優秀なギタリストでしたが去年の4月に筋萎縮性側索硬化症という難病にかかっている事が判明、瞬く間に麻痺してしまい今は車椅子での生活です。治療法がなく後はだんだん体が弱って死に至るの待つしかない状態。それにも拘らず本人はニコニコと楽しげに話して冗談を言ったりしているのを見てその健気さにみんな心を打たれました。夜は旦那が心配で眠れず、昼は子供の世話、旦那の世話、コンサート、レッスンとこなしているヴィルジニーは流石に疲れていましたが、それでもあと僅かに残っている2人の時間を大切にしようと精一杯笑顔で世話しているのが痛々しい...しかも元旦最初の電話はなんと15年来の友人の死。新年早々なんとも暗い話題ばかり。みんなで『何はなくとも健康第一!』と確認しあいました。

しかし悪い事があれば良い事もある訳で、あれだけ弱っていた母が見違えるように元気になりました。11月末のCTスキャンによる検査でも全く異常が見られず化学療法は続けているものの、体重も増えてひとまず安心です。電話での声にも張りがあって遠くで心配している身にはちょっとほっとできる感じです。ようやく月に一度くらいメールも送ってくるようになったので大進歩!その調子でがんばれ〜。

4日はうちのサロンで新年のコンサート。チェリストが直前に出来なくなったり(地下鉄でひったくりにあって指を捻挫)、ヴァイオリニストが悪天候でヴェネツィアの空港で2日前に足止めを食ったりして冷や冷やものでしたがヴァイオリン、チェロ、テオルブによるバロックコンサートは満員御礼(120人!)、なかなか感動ものでした。コンサートの後は知り合いのオランダ人が作ってくれたオランダ料理のビュッフェ。うますぎ!幸せ〜。

さて今はポワティエに来ています。ショスタコーヴィッチのチェロコンは今のところ上手く行っていますが正直言ってこんなプログラムばっかり続いたらストレスで絶対病気になるよなー、とボーっと考えています。さっき急に思いついて去年1年間でいくつコンサートをしたか数えてみました(暇人。笑)が、

全部合わせると100(何たる偶然!)。内訳はオーケストラが51(ミュージシャン・デュ・ルーブル16、ポワトゥー・シャラント32、ペレアス3)、室内楽5(少ない...内リサイタル2)、オケ版コンチェルト3、オペラ31、指揮したコンサート10。

地域別に分けるとフランス国内83(内パリ24)、ドイツ4(フランクフルト2、ブレーメン2)、スペイン2、日本5、ザルツブルグ2、ロンドン1、リヒテンシュタイン1、ルツェルン1、ブダペスト1。

あんなに忙しくしてたのにたったの100?という感じもするし、ほぼ3日に一度コンサートがある(リハーサルの日は勿論別で)と思うと結構多い感じもするし...うーむ。でも日本のオケの人たちはもっと働いてるよなー、やっぱり。でも80に減らせてお金が同じ位入ってくるんだったらそっちの方が精神的にも、肉体的にもいいよなー(当たり前だ)。コンチェルトとリサイタルが3つ位ずつ増えてくれるだけで大分違うんだけど...やっぱりマネージャーを探すべきか?!

来週現代作品の室内楽のコンサートがパリのコンセルヴァトワールであってその次の週からから1週間ザルツブルグ、2月初頭はつかの間のヴァカンス。半ばから1ヶ月シャンゼリゼ劇場でフィガロをやります。ナチュラルホルンもう2ヶ月くらい触ってない...でもやっぱりパリでの仕事は家から通えて楽。本当は田舎に住みたいんだけどね。でも人口200人の村でどうやって音楽家としてやっていけるのか???牛とか豚とか相手にコンサートは出来ないもんなー。はーっ。

でもあと10年このリズムを続けるのは絶対無理。どうしたものか...宝くじでも当たってほしい今日この頃。

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事