徒然草

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日常の事色々と。
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因果な商売...

記事を書かずにいたらもう5月も末...

前回の投稿以来色々とあって、何だかもう全部投げ出したい今日この頃。

4月の28日から5月5日まで日本に行っておりました。あまりに忙しくて(5月の8日から11日まで僕が音楽監督をしている音楽祭があったので)荷造りをはじめたのが出発の日の午前1時、よれよれになって空港に着いて『よし、これだったら絶対飛行機で眠れる!』と思ったのに全く眠れず。仕方がないので戻ってすぐ振ることになっているカルメンの譜面を見てお勉強、とほほ。成田到着が朝6時の便で、着いたその日の夜高校の同級生たちと横浜で飲み会。眠い...

さて母に電話をして次の日横浜で会う約束の確認。でも本人曰く『調子が悪いから行けないかも知れない。』数ヶ月前から電話をする度に体の不調を訴えていたので『早く医者に行って!』と言っていたのに...

さて次の日横浜のそごう前で母、叔母、従姉妹と待ち合わせするものの母現れず。とりあえず予約したすし屋に行って待つものの連絡なし。母が携帯を持っていないので一同心配が募るばかり。従姉妹がそごうへ電話を入れると『娘さんという方から電話が入って倒れたから行けないとの事でした。館内放送をお入れしたんですが。』との事。飛び上がって藤沢の実家まで帰ったものの、誰もいない。病院だとは思うもののどこの病院か分からない上に、付き添っている姉も携帯を持っていないので(使えん!)家の周りをうろうろしたものの結局夜の練習のために東京へ戻ることに。針の筵に座っているような気持ちで練習したあとやっと実家の姉に連絡がつく。

何と母は腸内で出血していて(しかも数ヶ月前から)ヘモグロビンが3ミリグラム(普通は11以上)しかなくなっており駅前でばったり倒れたとの事。不幸中の幸いは真昼間に人通りの多い駅前で倒れてくれたこと、もし家で倒れていたり、その辺の道端で倒れていたらと思うとぞっとしてしまう。それにしてもうちの姉は一緒に暮らしていて何も気づかなかったんだろうか???

検査の結果は...まあここでこんな身内の事細かく書くつもりはないんだけど結果から言うと明日水曜日手術です。

でもがっくりきてしまったのは何と日本へいる間に1度も母に会えなかったという事。東京のラフォルジュルネの最中は本番が重なって藤沢まで行って帰ってくるだけの時間が無かったし、今回は金沢でもコンサートがあって何だかもう...母の方から僕の携帯に電話を入れてもらおうと思ったら病院の電話では国際電話がかけられないとの事。結局帰る前日にやっと友人の家に電話を入れてもらって話すことができました。本人はしっかりしているものの『何で医者に行かなかったの?』と聞くと『治ったと思ったから。』とかいう脱力しそうな返事が。どうしてあの世代の人たちは医者嫌いなのか...あれだけ口を酸っぱくして医者に行けと言ったのに。

で、後ろ髪を引かれながら帰ってきてその日から既に練習、次の日から北フランスの音楽祭の準備のために出発、指揮をしたりホルンを吹いたり家事をしたり(?)の毎日。その間も日本の姉たちと連絡を取り合って母の様子を聞くものの本人と会えないのが何とも...

次の週は学生オケのコンサートで指揮(プーランク、2台ピアノのための協奏曲とシューベルトの5番)をした後、週末からポワトゥーシャラントのオケで10日間地方。日曜に帰ってきて月曜朝練習、午後授業、夜学生オケ本番2回目。今日午前中レ・ミュージシャン・デュ・ルーブルの事務局の人と来年度の打ち合わせ、午後リハーサル。明日ペレアス室内管の会議金曜、土曜とアンサンブル・カリオペの本番。来週夏はアルルの室内楽フェスティヴァルでシューマンプログラム。アダージョとアレグロさらわないと...もうかれこれ3年位本番で吹いていないような気が...危なーい。

6月は弟子の学期末の試験があったりしてなかなか身動きが出来ないところを室内楽のコンサートを1つ無理やりキャンセルして(ああ顰蹙...)半ばに1週間だけ帰国する事に。ちょうどその頃母が退院する予定なので少しは役に立てるかなあと。毎日(僕って本当に役立たず...)と思って暮らしているので。

で今回思ったのはやっぱりこういう時に海外に住んでいると困るなあと。そりゃあいくら近くに住んでいても親がいつ病気になって倒れるかなんて分からないけど、すぐ駆けつける事が地球の反対側に住んでいるよりは易しいかなと。しかも商売柄すぐ仕事を投げ出して帰ると言う訳にも行かないし。勿論プログラムにもよるけれど、来年はソロも吹くし(まさかソリストがオケほっぽって帰るわけには行かないし)ホルンが大変な曲盛り沢山だし(ラヴェルのト調のコンチェルト、ショスタコーヴィッチのチェロ協奏曲、ストラヴィンスキーのプルチネッラ、ベルグの室内協奏曲、モーツァルトのイドメネオ...)、たとえば明日本番だ、っていう時に親が倒れて帰らなくなったら一体...それに年の半分以上ツアーでフランス国内ならまだしもスペイン、ドイツ、オーストリアなんてところに居たら...

ね、ちょっと考えさせられるでしょ?昔から音楽家なんていうのは親に死に目にも会えないなんて当然と思っている人もいるみたいだけれど、実際自分の親の病気の話となるとちょっと別かな。そりゃあ昔は船で3ヶ月かけてたところを12時間弱で行ける訳だから贅沢言ってはいけないかも知れないけれど、2年に1度位しか帰れなくてたまーにしか親の顔を見られない身としては『一体これからどれだけ親に会えるんだろうか。』と考えてしまう。いっその事こちらに母を引き取ろうかな、とかも考えたりしたもののあの年になって海外生活は辛いかも知れないし何とも...

という訳で今全部辞めて日本へ飛んで帰りたいです。夏もずっと働いてるしなあ。でもね、働かないと飛行機代も出せないし(イージージェットが日本へも行ってくれるといいけど)、あ〜〜〜〜!ジレンマ。

頑張れ母さん!

という訳で39になりました。あめでとー、って本当にめでたいんだろうか...

あと一年で40かあ、うーむ。

ちなみにこっちで自分の年を言うとびびられます。若く見えるんだと。うちは家族全員若く見えるんだよなー遺伝かね。フランス人に言わせると『タケノリは10歳はさば読める。』んだそうだ。じゃあ今度歳訊かれたら『来年30になりまーす。てへっ。』とか答えてやろうかな。大胆。

でも日本にいる頃からいつも若く見られてたな。あれはまだ一人暮らしをはじめて間もない頃...

僕は当時大学から歩いてすぐの千駄木の小さなワンルームに住んでました。ある日家でボーっとしていたらチャイムが...急いでドアを開けるとなんと新聞の勧誘員が!あーまずいそうだった東京にはこれがあったんだー。むやみにドア開けるなって言われてたのに、クーっ!と後悔の嵐に巻き込まれていると当時19歳だった僕にそいつが言ったのは意外にも『あのーお母さん居る?』だった。一瞬『?』となった後慌てて『今居ません。買い物に行ってます。』と答えると『じゃあまた改めて来ます。』...そりゃあ新聞無理やり購読させられなくて良かったけど複雑な気持ち...

確かに童顔で短パンTシャツ姿だったけど19の学生に向かって『お母さん居る?』はないだろうよ。一体幾つだと思われたんだろう???

フランスに来た当時もまだ23だった僕は買い物に行けば『アラー偉いわねえ、ママに何を頼まれたの〜?』って言われるし、一緒にコンサートの企画をしていたフランス人に付いて人に会いに行けば見習いのかばん持ちだと思われるし、若く見られて良かった事全然なし!コンサート終わった後に20歳位の若僧に『若者よこれからも頑張りたまえ』って言われて内心『あんたよりずっと年上だってば。』と思った事も...そういえば銀行の人に『これ書類に不備があるんですよね。』と言われてよくよく聞いたら『あなた1969年生まれって事は無いでしょう?』だと。悪かったね若作りで。

別に老けたい訳じゃ無いけどね。まあ歳相応に...それともこの際開き直って、

『来年三十路に突入するネモくんでーす。まだまだピチピチでーす。よろぴくー。』


とか言ったろか。はーっ。

あんたマジで大統領???

日本ではまだあんまり話題になっていないようですが...

あのサルコジ大統領がパリの国際農業見本市会場で一昨日、会場で市民と握手をしていた大統領とぶつかりそうになった男性に『触るな。汚らわしい。』(確かにあんまり触られたくない...)と言われたのに対して『だったらとっととうせろ、馬鹿野郎。』と発言し、その映像をパリジャン紙がネット上で公開したため、国民から「国家元首にあるまじき言葉」(ほんとだよ、あんた)との批判が出ている。

でね、今までも色々失言があったけれども今回のはちょっとまずいよねー。それでなくても国民の支持ががた落ちしているのに(現在30パーセント台)、言うかそんな事?しかも『子供の時からのしつけが大事。学校教育を改革していかなくては。』とか言ってたけど、おたく自分で誰かに躾けし直して貰った方がいいんでないかい?トップモデルと結婚してはしゃいでる場合じゃないってば。

最近、ちびでプライドが高いのをみてサルコをヒットラーに例える人がいると聞いて『いくらなんでもそこまではねー。本人ユダヤ人だし。』とか思ってたけど、結構ここまで来ると笑えないかも...

彼の政治を批判した北アフリカ系の政治家を電話で『口を慎めアラブ野郎。』と罵ったのは有名な話だけどこれは録音とか証拠がないからまあ作り話かも、とか思えるけど今回は言い訳の仕様もないね。しかも本人は謝罪するどころか世論を全く無視してシカトを決め込んでるし、おいおい。

どうせするなら周りを笑わせてくれる失言をして欲しいですね。昔フランスの国会で『プランを補強しなければ』と言おうとして間違って『ち0ち0を補強しなければ』と言ってしまった政治家が居たそうですが(奥さんに余程攻められたのかなー。可哀そー。)、これなんか結構殺伐とした政情に潤いを(?)与えてくれる発言です。

それで思い出したけど昔エディット・クレッソンが首相だったときに『イギリス人男性はみんなホモ。日本人はみんな働き蟻。』と発言してすごい問題になったけど(30過ぎてる人は覚えてるかな?)、彼女は首相で大統領じゃないもんね。多分今までの歴代フランス大統領の中で一番サルコが失言が多い気がする。

どうやって言い訳するかた〜の〜し〜み〜〜〜〜!(あー性格悪い)

その点一市民の僕はいくらでも言いたい事言えて良かった。と言うわけで決心!

もし大統領になってくれって言われたら絶対断ろう。うん。


おいおい。

茶室の工事進む!

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1ヶ月半ぶりに田舎の家へ行って来ました。気温は低いもののとても良い天気で庭仕事、家の掃除と色々雑用を済ませて満足。

ずっと休みがなかったのでだらだらしようと思っていたのに、久しぶりの友人たちからの招待が続く事に...

金曜の昼はマレーシア生まれの中国人女性(ちなみに国籍はノルウェー)のビーとうちでご飯。彼女は毎年冬はマレーシア、タイ、オーストラリア(お兄さんが住んでいる)とか暖かい所に避難していて、今年はいつもより早く2月初めに帰ってきた所です。彼女は今66歳で(でも見た目は50...)『70になる前に旅行しておかなきゃ!』とか言って旅行しまくっています。今年はラオスに2週間居たとかで今度絶対一緒に行こう、と誘われました。行きたーい!

昼食後庭仕事を手伝ってもらって彼女はヨガの授業へ(彼女はヨガの先生です)。夜は近くの村に住むカムロ夫妻のおうちへお呼ばれ。旦那さんのベルナールは定年退職、奥さんのキャトリーヌは仕事を辞めて勉強し直している所。もともとリールに住んでいた《新田舎人》です。初めて行った家はモダンファニチャーとアンティークが混ざったとても趣味の良い家で、犬と猫付き(無茶かわいい!!!)、今庭に温水プールを作っているとかで『夏のプール確保』と勝手に心の中でほくそえむ僕...『頑張って作ったけど、タケノリの足元にも及ばないわー』と笑いながら出してくれた夕食はとっても美味しかったです。

土曜の夕方は近くに住む写真家Tiboのうちへアペリティフに。彼の誕生日だったのでみんなでシャンパンを開ける。彼の家はいつ行ってもコスモポリタンな雰囲気で、イギリスから移住して高級ホテル向けのジャムを作っている夫婦とか、ル・アーブルに住む料理批評家とかが沢山いて楽しい。誰かが『幾つになったの?』と質問したらTibo笑いながら『25』だと。おい、わしら同い年やんけ!僕も後1週間で39です。どっひゃー。

Tiboは今新たに自宅の敷地内に(http://www.lebruitdeleau.org)宿泊施設を作っていて、その工事現場を見学しましたが、さすがに相変わらずエコロ。夏前にはお客さんを迎えられるとの事でした。

夜は近くのお医者さんのジャン=ベルナールの家へ夕食に呼ばれていて、てっきり家でご飯と思っていたのに、アペリティフが済んで『じゃ、出かけよう』と連れて行かれたのは町の公民館...呼ばれた人みんなで『???』となっていると『実はハンターの夕食会に呼ばれていて...』との事。『そんな話聞いてましぇーん』とみんな憮然。実はもうすぐ選挙があり、初めて町長に立候補するジャン=ベルナールの票稼ぎだったのでした。音楽ががんがん鳴って声を張り上げないと会話できないうえにガキは騒ぐ、となりのテーブルは家族で猥談ですごい事になってたりしてもうメインが出るころにはぐったり。『明日朝早くパリに戻ってリハーサルがあるから』と言ってデザート前に家人とともに逃げてきました。別に嘘ついた訳じゃなくて本当に日曜の朝10時から練習だったんだよね。

という感じであんまりゆっくり出来なかったけれど嬉しかったのは庭の茶室の屋根が完成しつつある事。写真で見ていただくと分かる様に茅葺きです。でも無茶苦茶高いんだなーこれが。はっきり言ってもう口座には何にも残っていないので明日の午後銀行へ行ってローンのお願いをする事になっています。でもローン通らなかったりして。洒落にならないなー。あははははー(虚しい笑い)。

名物に旨いものあり!

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さてザルツブルクで食べたものといえば、先ずは《ウインナ・シュニッツェル》ウイーン風子牛のカツレツです。ドイツ語圏は概して食べ物が素朴で良く言えばシンプル、悪く言えば質素な事が多いのですが、さすがお金持ちの町ザルツブルク、美味しいもの盛りだくさんでした。ビーフストロガノフやザルツブルク風子牛のカツレツ(きのこ、ベーコン、たまねぎ入り)とかも美味しいし、ケーキも美味しい。イタリアから近いせいもあってイタリア風のワインバーとかもあり、トリュフ入りのバターとか白いバルサミコ酢とか変わった食材も手に入る。

そして極めつけは自家製リキュールを20世紀初めから製造している Sporer 。ザルツのメイン通り Getreidegasse にある小さなお店ははっきり言って知らないと通り過ぎてしまうけれどここが素晴らしい!!!小さなお店の中はビンを持って買いに来る近所の人、白ビール片手にリキュールを飲む常連さんでごった返していますが、英語の出来るご主人はとても親切に対応してくれます。友人と何人もで押しかけて店の売り物殆どただで味見して山ほど買い物しました。さすが観光地、おじさんはドイツ語、英語、スペイン語、イタリア語そしてフランス語の訳の書いてある表を持っていて『これは何のリキュール?』と聞くたびにそれを見せてくれていましたがその中にひとつ『???』という訳が...何かの木の実で作ったリキュールらしいのですがその仏訳が 『con de Zibre』 con とはマOコのことなので訳すと『ZibreのマOコ』となりちょっと飲んでみたくない感じです。みんなでおじさんに言うべきかどうか悩んだ末1人が勇気を出して『あのーこの訳ちょっとまずいと思います。』と言った後耳元で何故かを説明するとおじさん耳まで真赤になってあわててマジックを探す始末。意味が分からない奥さんがしきりに『どうしたの?ね、どうしたの?』と聞くのを無視して慌てて訂正していました。

ここで買った洋ナシのリキュールでフレッシュ・フォアグラを料理してみたいです。あーよだれ。

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