アート&コンサート

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自分のコンサートや、見に行った展覧会の事など。
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Théodor Duboisって誰???

さて今日までポワトゥー=シャラントのオケでテオドール・デュボワの作品集を録音してました。誰それ?と思った方、別にあなたは無教養ではありません。僕も名前しか知らなかったし... ヴェネツィアにある財団が『ロマン派フランス音楽』のためにお金を出しているのでそのせいでこの作品集録音となった訳です。結論から言うと『思ったよりましだった』というところです。美しいメロディーもあるし、良く書けてはいるけれどあんまりスタイルに統一性が無くて時にはワーグナー、時にはサンサーンスという感じで、曲当てしたら絶対に分かりそうにない無個性なものが多い。彼は何と500以上の作品を残しているそうなので中にはもっと良い作品もあるのかもしれないけれど、彼のせいでラヴェルはローマ大賞をもらえなかった事を考えるとちょっと『ウーム』と唸ってしまう。録音した中にチェロとピアノがソリストの曲があって、その中にラフマニノフも尻尾を巻いて逃げ出すような超ロマンティックなホルンのソロがあって、録音のあとみんなが寄ってきて『ブラヴォー、凄い良かったよ!』と言ってくれれば言ってくれるほど複雑な気分に...何か演歌歌手になった気分だなー。コブシ利かせて...
 
で、午後からは2つ目のCD、ベルクの室内協奏曲の録音が始まりました。頭の切り替えも大変だけど、楽譜自体がデュボワの数倍難しいのでちょっと辛い。お昼ごはんなるべく早く食べて練習。でも録音5日目に入ると流石に疲れが溜まってきて... 一体金曜まで持つのやら...
 
で、お茶飲んでボーっとしてたら、事務局長が寄ってきて『あ、言っておかなきゃと思ってたんだけど、11月にブザンソンで初演する君の曲、来年うちのオケでもやるから』との事。喜んでいいのやら... というのもこの曲は普段書いてる曲とは大分違って『日本の歌』を基に書いてくれという条件付だったので、どちらかというとバルトークとかショスタの民謡集と一緒でほぼ調性音楽だし、出来たら新曲書かせてもらえる方が嬉しかったんだけど... という訳で『あ、出来たら新曲書きたいんだけど...』と言ったら、『うーんでもこの曲編成もぴったりだし』とかわされてしまった。がちょ〜ん。せめて今年の春に書いた萩原朔太郎の詩を基に書いたオケ版の歌曲にして欲しいざます。とほほ。
 
れれ、そんな事言ってる間に自分のアンサンブルのためにアレンジしなきゃいけない曲が山積みになってる。あはははは。でも今年できた僕のアンサンブルはなかなか滑り出しが順調で、12月のオペラ公演は音楽チャンネルMezzoで流れる事が決まったし、来年のシーズンにはアテネ劇場で公演する予定だし、出来たばっかりのアンサンブル、しかも指揮者が全くの無名な割には(僕です)、とんとん拍子に物が運んでいる感じです。ラッキー。サイトをご覧になりたい方(ヴィデオもあります)はこちらをhttp://www.ensemblemusicanigella.com
 
イメージ 1
 
そうそうベルクのCDはなんと今年の末発売だそう、びっくり。大丈夫かな。午後の録音の最後に指揮者が『なかなか良い録音だった』と言った途端、録音技師が『でもまだあと200ページあるよ』と突っ込んでいました。本当だよな〜。ちなみに最近ミンコフスキーと録音したヘンデルの水上の音楽も出ました。まだ聴いてないけどラジオで耳にした人たちは口をそろえて『テンポが無茶速い』と言っておりました。そう言えば大変だったなーと今思い出しています。聴くのがちょっと怖い...
 
来年は5月に多分ラ・フォルジュルネでベルクを演奏します。聴きに来てちょんまげ。(古すぎ...)

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重宝な外国人

あらーもう6月後半...
 
前回《月記》を書いてからはや2ヶ月、一体何から書いてよいのやら。
 
5月半ばのうちの音楽祭は大成功でした。女優のMarie-Christine Barraultの機嫌が悪くなってちょっと暴れたりしましたが全てのコンサートほぼ満員、総動員数千人超えたようです。新聞、テレビも大絶賛だったので来年はもう少しスポンサーが見つかるかなー。僕が作ったアンサンブル・ムジカ・ニゲラも7月に室内楽のコンサート、12月頭にフォンテーヌブローの劇場でのオペラ、中旬にル・トゥケで合唱団とオルガンとのコンサートととなかなか順調な出だしです。すんごく疲れたけど(当たり前だ)、充実した10日間でした。
 
で、日曜に終わって月曜の朝パリに戻って午後授業だったんだけど眠くて眠くて...でも音楽祭の週はレッスン休みにしてしまったので行かない訳にはいかないし。でも生徒が吹いているのを聞きつつもまぶたが閉まる〜。
 
次の火曜はパリ郊外でオペラ、偶然メンバーの9割がたが僕の音楽祭に出たメンバーだったので盛り上がったんだけど、みんな同じように疲れていて集中力ゼロ。他愛も無いことでゲラゲラ笑い出したりして指揮者がむっとしてしまう。ごめんねー。水曜日あせって練習して(なぜ焦って練習かはもうすぐ分かります)、木曜がクレールモン・フェランでオペラ。土曜の朝電車でベリー地方へ。ピアニスト、シリル・ユーヴェが企画している室内楽フェスティヴァルに呼ばれていたのでした。
 
プログラムはシューマンのアダージョとアレグロ、シューベルトの流れの上に、そしてブラームスのトリオ。シャトールーの駅から車で延々と連れて行かれた先は何と18世紀に建てられたお城!イザベルさんと娘のステファニーに紹介される。イザベルさんは南仏出身、イギリス人の旦那さんとの間に出来たのがステファニー。旦那さんが昨年亡くなり今は母娘で年の半分ロンドン、残りはこのベリー地方のお城で過ごしているとの事。あとで周りの人に訊いたらお城の名義はステファニーだとか。35歳で城持ちー???おいおい。と言いたくなりますが彼女は全然それを鼻にかけずにとても良い人でした。お城も素晴らしかったけれどそれよりも庭(というよりも公園?)が...お城の前に立った限りは普通の中庭があって、噴水があって、とスタンダードなんだけど、後ろ側に回ったとたん『!!!』まさに絶句。山あり谷ありの敷地の真ん中に大きな池(湖?)、左手にはゴチック様式のチャペル(勿論ステンドグラスつき)、湖に下りて行く道があって彼方には隣の村が...写真を撮ろうかなと一瞬思ったけれど、写真ではこの感動は伝えられないと思い直して結局撮らず仕舞い。この景色は何時間でもずっと見ていたいものでした。
 
さてリハーサル。先ずはシューマン。一回通して色々意見を交わしてちょこちょこっと試してもう一回通しておしまい。初めて一緒に演奏するけどやり易い、良かった。シューベルトも同じ感じでOK.。で、ブラームス何時練習するのかと思ったら『ヴァイオリニスト(オランダ人)は今晩にしか着けないから明日の朝練習ね』だと。れれれーコンサートの当日練習は辛いかも...プログラムもプログラムだし。とほほ。でも仕方なし。夜着いたヴァイオリニストはとても感じが良い。でも『あたしこの曲演奏するの初めてなの。』だと。大丈夫か〜?
 
次の朝は早く起きて公園を散歩。朝食後にブラームス。シリル曰く『この曲カザレ以外のホルン吹きとやるの初めてなんだよね。』『アハハ...』もう笑うしかない。そういえばカザレと一緒にリゲティー、ブラームス録音してディスク大賞貰ってたなーあははははは。ご忠告ありがとう。
 
さて本番。お城の中庭でのコンサートなんだけど、さ、寒い。しかもソプラノの人がシューマンのリート歌ってる間音出しも出来ない。でそのままシューマンへ...気温とともにどんどんチューニングが下がって行くし水は溜まるし、何だかなー。とりあえず大した事故もなく無事吹き終えたものの、ブラームス吹く頃にはもっと寒くなってるよなーと不安がよぎる。で、案の定夜10時半過ぎにブラームス始めた頃には激寒になっていたのでした。途中で(チューニング上げなきゃ)と思ったらもうチューニング管目一杯入れてあってこれ以上上げられない事が分かって愕然とする。でも仕方が無いのでちょっと低いまま最後まで吹き通す。でもお客さんもステファニーもとても喜んでくれて何度も『いつでもうちに遊びに来てね!』と言ってくれるので絶対またこの場所に来ようと心に誓う。
 
次の日はポワティエでリハーサルなので電車で...と思ったら全然無い事が判明していたので、あらかじめオケの事務局から車で迎えに来てもらう。場所が場所だし、携帯も通じないので大丈夫かなと思っていたけれど、ディディエは難無く見つけて予定より30分早く到着。僕はイザベルとステファニーの前に代々ここに住んでいたという公爵夫妻を紹介されて、一緒に朝ごはんを食べている最中だったんだけど、この人たちが典型的な《爵位あり、金なし》で、周りを見下した物の言い方をするので早くこの場を去りたいと思っていた所だったので早速出発。ポワティエまでの道中ディディエの生まれた村などを通りながら楽しく過ごす。
 
という訳でその日はブリテンのセレナーデのリハ初日。でも全然練習が間に合ってない、あははははは。だって忙しかったんだもん、ってソリストがそういうことじゃいかんだろ。はいごめんなさい。ちゃんちゃん。とは終わってくれないんだよなーこれが。ホールで最後の悪あがきで練習しているとカントロフ登場。とても優しそうなので安心する。テノールのアメリカ人トーマス=マイケル・アーレンも登場。でかい。2メートル以上ある。並んでたつと大人と子供という感じ。それにしてもこの曲、どんなコンチェルトよりも緊張する。何でかなー。トマスが無茶上手い。カントロフも指揮はどうかなと思っていたらこれもとても良い。がんばらんとなー。
 
1回目のコンサートはトマスが暗譜を間違えたりして(楽譜見て歌えば良いのに...)ちょっとスリル満点だったけれど、1回目にしたら上出来(?)。2回目のコンサートでは地方議会議員が客席でボーっとしていた僕のほうを見て『ポワトゥーシャラント管弦楽団の素晴らしい演奏、そしてこうして国際的なソリストがこのような小さな街まで演奏しに来ることは素晴らしい』と言っているのを聞いて(いや、僕別に日本から来たわけじゃないんだけどなー。だしここのオケの団員だし。何か勘違いしてるなーこのおっさん。)とか思いつつ、やっぱり日本人の金管奏者って珍しいんだなーと他人事のように思う。最後のポワティエでのコンサートでは、ホールに入ったとたんそこいらじゅうのモニターに僕の写真が出ていてびびる。前日に新聞に出た記事も僕の写真入りだったし。有名な順から数えると先ずカントロフ、その次にトマス。で、ずーーーーーーっと下がって僕なんだけどな。何でだろ。
 
で、はたと思いついたのが『東洋人のソリストを前面に押し出すとエキゾチックだし国際的な感じがするから』という理由だった訳です。そういえば他にも思い当たる節が...8月に行くLarzacの音楽祭もホームページ見たら根本雄伯(日本)て書いてあったし。そりゃ間違いじゃないし僕国籍は日本だけどさ。何だかなー。
 
ブリテンが終わった2日後から行ったオーストリアはフェルドキルヒの音楽祭でも、他にも東洋人がいたのに何だか僕だけ特別扱いで正に《重宝な外国人》。見た目は日本人だけどフランス語、英語しゃべって、住んでるのはパリ。ヨーロッパ内だったらどこへ行ってもそんなにお金がかからないし、言葉の問題も、労働許可の問題もなし。オーガナイズする側にとっては本当に便利な日本人という訳。なーるほど。れれれ、って事は僕の能力を買われて色々な音楽祭に呼ばれてた訳じゃないの〜?オーマイガッ!!!
 
しかもこのフェルドキルヒの音楽祭では大馬鹿なディレクターの意向でストラヴィンスキーの兵士の物語とラヴェルのパヴァーヌを続けて演奏することになって、20分間一音も音出し出来ないまま黒いベールを被って(!)ステージに入ってそのまま演奏という暴挙に走る羽目に。本番は予想外に上手くいったものの、これで失敗してたら僕のせいにされたんだよな、と思うとむかつく。
 
こうなったら外国人であることを強調するために毎回イメージ 1『ワタシ、英語モフランス語モデキマセン』とか毎回言ったろか〜。空しい...

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NHKでの放送を見られなかった方たちのためにオペラシティーでのコンサートのヴィデオです。
 
 
 
 

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記事を書いている時間がないけれどもうすぐうちの音楽祭が始まるのでその宣伝です。
 

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同じ日に2つ記事を書くなんてこのブログでは前代未聞ですが、ミクシーの友人の日記を読んでいてびっくりする記事にぶつかったので書かずにはいられません。

《事業仕分け》の政策でオーケストラへの援助金が大幅に削られそうだとの事、全く開いた口が塞がりません。それでなくても欧米諸国と比べて文化に対する援助が低いのに(多分先進国中最下位)、それまでも削ろうだなんて非常識にもほどがある。産経新聞の記事にもありましたが欧米のどんなに有名なオーケストラでさえ国や地方自治体の援助なしにはやって行けないという事実を政府は理解しているんだろうか?

僕がいるオケも3つとも援助金で運営しているし、大きなフェスティヴァル(エクサン=プロヴァンスとかザルツブルク)だって予算の75パーセント以上補助金とスポンサーで賄っているというのに...

日本のクラシック演奏家や作曲家がここまで海外で認められるようになったのは、色々批判があってもやはり義務教育期間に於ける文化への力の注ぎ方が重要だからだと思う。自分が小学校、中学校にいた時を考えても、音楽、美術の授業で沢山の事を学んだし、毎年体育祭と並んで文化祭、クラス対抗の合唱コンクールと決して文化活動をおろそかにしていなかったし、部活でも安い部費さえ払えば、吹奏楽、合唱、演劇とどんな貧しい家庭の生徒であろうと文化に触れることが出来るようなシステムが出来上がっていた。他の県は違うかもしれないけど、神奈川県では高校入試のために中学2年の時に《アテスト》というのがあって(今も在るのかな?)、一般の教科は勿論、美術、体育、音楽といった教科の点も加算して計算されるようになっていたと思う。

今ヨーロッパで日本人が全くいないオーケストラを見つけるのは難しいし、各国際コンクールでも日本人ががんがん賞をとっている。この間のロストロポーヴィッチコンクールとか、ブザンソンの指揮者コンクール、ヴァン・クライヴァーンもそうだし... 日本人作曲家の新曲も定期的に初演されるし、1960年代の《東洋の小さな島国から来た黄色い小人が器用に我々の音楽を演奏している驚き》みたいなものは完全に消滅している。それもこれも最初は欧米の《真似事》だったとはいえ、学校教育に文化を取り入れて、オーケストラも援助してどんどんレベルが上がるように努力したからではないのか。昔の《欧米至上主義》がクラシック音楽の世界においてはやっと無くなってきて、自国では全然名前さえも知られていない下手糞な欧米の演奏家よりも、実際に海外で活躍する日本人にスポットが当たるようになってきたというのに... やっと日本の聴衆も怪しい外人のプロフィールにある嘘か本当か分からない受賞歴よりも自分の耳を使って演奏家の持つ本当の能力を判断できるようになってきたというのに!!!

正直言ってこちらで教鞭を取るようになって、度々『日本の音楽教育はすごい』と思います。フランスではもし子供に音楽を勉強させたいと思ったら先ずは地元の音楽院に登録しなければいけないし、楽器も学校から提供されるのではなくて自分で買ったり借りたりしなければいけない。授業料が安いとはいえ日本の公立学校の部活に掛かるお金と比べたらずーっと高い。学校にも音楽の授業はあるけれどどちらかというと『他にやること無いから音楽の先生でも』という人が多いし(すべてがそうではないけれど)、主要教科(仏語、外国語、社会、理科、数学、哲学)以外は高校入試にも大学入試にも影響が無いからどの生徒も全然やる気が無い。しかもヴァカンスが多いので普段は授業が終わるのが5時過ぎ、高校になると6時なんてことも。だから課外活動なんてもってのほか、どうしてもやりたくて、しかも家庭に経済的な余裕がある子供しか音楽やスポーツに触れることが出来ない。

それと比べたら日本の学校における芸術教育は本当の意味で《民主的》だと思っていたのに... 

一体日本の文化はどこへ行ってしまうんでしょうか。立派なホールだけ作って、外国の有名なオーケストラを破格のギャラで呼んだりする傍らで、地道に国内で草の根文化活動を続けている日本のオーケストラを破産に向かわせるような政策を取るなんて、恥ずかしい限りです。

こちらからは何も手助けできませんが、日本のオーケストラの皆さん、絶対に負けずに頑張って下さい。どうするべきなのかは具体的に頭に浮かばないけど、いくつものオケが一緒になって子供たちを対象に巨大な無料コンサートをするとか、色々メディアに訴える手はあると思います。僕でお手伝いできるのであれば即刻駆けつけます!

みんなアホ政治家どもに負けるなー!!!

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