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日本の天皇は、神武から今の天皇まで125代続いている(続いていると謂われている) その歴代天皇125人以外にも、『天皇』と云われる天皇が居るんです。 1.追尊天皇 生きているうちに皇位に即かなかったが、没後に天皇号を贈られた皇族 岡宮天皇 崇道盡敬皇帝 春日宮天皇 崇道天皇 慶光天皇(尊号は太上天皇) 2.不即位太上天皇とは 皇位に即かなかったが太上天皇号を送られた皇族 小一條太上天皇 後高倉太上天皇 後崇光太上天皇 陽光太上天皇 3.歴代天皇列記経験女帝とは 史料に歴代天皇に列記された経験のある女帝で、現在は
歴代天皇ではない皇族
神功皇后 飯豊天皇 の3パターン有ります。小一條太上天皇を除いて、御陵、御陵参考地も宮内庁で定めています その一つ、奈良県葛城市に在る、飯豊天皇陵を訪ねてみました。 駐車場が見当たらないので、仕方なく路駐です。田んぼの中を歩いていき、御陵の前まで来ました 飯豊天皇は葛城埴口丘陵(かずらきのはにくちのおかのみささぎ)に葬られたと謂われている。 それがこの北花内大塚古墳に比定されているのです。 飯豊天皇(飯豊青皇女)は履中天皇の皇女とも皇孫ともいわれ、母も黒媛ともはえ媛ともいわれます 第22代清寧天皇と第23代顕宗天皇との間の期間、執政者だったと伝えられ、女帝の先駆的存在として注目されます。 清寧天皇崩御ののち、弘計王(顕宗)と億計王(仁賢)とが皇位を譲り合って空位となったため、一時女帝として(葛城の)忍海角刺宮で 政治を行ったと謂われているのです。 御陵は、全長約90mの前方後円墳です、後円部径約50m、前方部幅約70m、幅10〜15mの周濠をめぐらしています 周濠内から円筒・形象埴輪、有孔木製品が出土しているようです。 飯豊天皇陵に比定される、北花内大塚古墳の、築造は6世紀前半とおもわれ、年代比定にズレが有るようです 御陵の周辺の田んぼは、稲の刈り入れも終り、周濠も秋の佇まいです 飯豊天皇(飯豊青皇女)が、角刺宮で 政治を行ったと謂われているの場所には、今は角刺神社がご鎮座しています。 御陵から、南東に1kmで、葛城市歴史博物館のすぐ裏です 葛城の峰の静かな里に、短期間であるが、女帝として執務した、飯豊青皇女。歴史の表には出てきませんが、覚えておかなければならない人物です
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こんにちは。
ご無沙汰しておりました。
北花内大塚古墳、きれいでのどかな場所に築造されたのですね☆
一応、この古墳も、宮内庁の公開を学者さんにされた古墳であり、また天皇陵発掘を宮内庁に求めるきっかけになった古墳の一つですね。
一昨年の新聞記事に載ってました。
でも、墳丘裾がきれいにみえますね。
また、見に来ます☆
2010/12/20(月) 午前 11:07 [ ネェル・アーガマ ]
こちらこそ御無沙汰です。
公開調査がされたんですか、正式な天皇でない御陵、陵墓参考地などが少しずつ公開されているようですね。[ ulysess ] さん
2010/12/20(月) 午後 5:53
明けましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いします。
奈良県内にはいろんな天皇陵がありますのでまた見に来ますね。
2011/1/2(日) 午後 2:17 [ ネェル・アーガマ ]
明けましたおめでとうございます。本年もよろしくお願いします
今年も機会を、見つけて奈良に行きたいと思います
ulysess >さん
2011/1/5(水) 午後 5:44