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レースではライダーの他にピットクルーとしてメカニックやヘルパーに色々と手伝いをしてもらうことになっていて、レースに出ないライダーもチームメイトがレースに出るときはヘルパーとして参加するようになっていた。
当時鈴鹿サーキットでは予選通過すら困難だったため僕を含めた数人のライダーは美祢サーキットへ活動の舞台を移すことになり、美祢ではすっかり決勝進出が当たり前となっていた。
しかし美祢は遠方になるので、いつもは数名のライダーとメカニック兼ヘルパーとして師匠(←あだ名)のみが手伝いにきてくれているだけであった。
ところがある時チーム全員で応援に行こうということになり、僕と数名のライダーのレースにチーム全員が応援に駆けつけてくれることになった。
ライダーの僕らと師匠は前日から乗り込んで練習走行を行い、翌日の予選から他のチームメイトがやってきた。
そして無事予選通過を祝い、その日は居酒屋で大いに盛り上がった。
次第に酒も進み気持ちもほぐれてきたのか、応援に来てくれていた一人の後輩ライダーYSTが愚痴をこぼしはじめた。
普段はおとなしいYSTがいつもと違う様子にチームメイトは「どないしたん!?」と驚きながらもいつもと違う雰囲気に興味津々と言ったところか。
そして周りのチームメイトからなだめられたりもしていたが半分はおちょくられたりなじられたりしていた。
YSTが言うには自分はこんなに努力しているのに成果が出ないのは自分に才能がないからだとか環境が悪いだとかとにかく酒の勢いに任せてグチグチとこぼしていたのであった。
そして僕が一言「まぁいろいろあるけど頑張らんとアカンやろ」みたいな事を言うと今度は僕に突っかかってきて、
「たいして努力もしてないのに速い人はええよなぁ」とか
「だいたい練習もほとんどしてないのにタイム出せるなんか許されへん!」とか
「オレは努力を重ねて重ねてやっと今のタイムやねん! オレの気持ちなんかわからんやろ!」
と、どうもあまり練習もせずにそこそこのタイムを出せる僕をなじってきたのだ。
┐(´д`)┌ヤレヤレ
YSTはもうかなりの量の酒を飲んでいたようで、いつになく舌が良く回る。
周りからも「明日自分がレースに出るんじゃないからってちょっと飲みすぎやろ」と言われていたぐらい酔った勢いでさらにペースアップしていた。
しかし普段おとなしいYSTがヒートアップしてる姿を見て僕も周りも大爆笑。
あるチームメイトは「そやそや! もっと言うたれ〜!」とけしかけたりするものだからYSTも余計にヒートアップしてもう言いたい放題であった。
そして夜も更けて明日のレースに備えてお開きにしようと店を出たが、YSTはまだワーワーとわめいている。
そんなYSTを無理やり車に乗せてサーキットへ戻り、朝を迎えた。
そして翌朝、決勝に向けてマシンをセッティングし、ライダーもピットクルーも準備に余念がなかった。
YST一人を除いては。
昨夜飲みすぎたYSTは案の定二日酔いで起きて来れず、真っ青な顔をしてトランポの中でぐったりと死んでいた。
今回はピットクルーに余裕があったのでYST一人が欠けてもまったく問題が無かったためそのまま起こさずに放置していた。
そしてよく辺りを見回すと、トランポの周辺にはあちこちでゲロのあとがあった。
どうやら夜中にYSTが起きてその辺で吐きまくったそうだ。
チームメイトも「あいつ何しに来たんや・・・」とYSTの醜態に呆れていた。
そしてレースが終わりトランポへ戻るとYSTがいない。
「あいつは?」と尋ねると、「メディカルセンター(医務室)におるわ」と。
そして様子を伺いにメディカルセンターに行くと相変わらず真っ青な顔でベッドに横たわり点滴を受けているYSTの姿があった。
「どないしたん?」と尋ねたらすかさずドクターが「激しい嘔吐で脱水症状になってたので点滴を打ってます」と。
思わず
「お前何しにきたんや・・・(;-д-)」
と吐き捨てるように呟いてしまったのは言うまでもない。
チームメイトのレースの手伝いに来たはずなのに、ライダーでもない者がメディカルセンターのお世話になるとは、チームの恥さらしもいいとこ。
とまぁ、こんな思い出もありました(・´з`・)
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先日、悩みを抱えた友人からの相談があり後日うつ病について調べていたときに、精神疾患に関する興味深いものを見つけた。
それは時々見かける「ちょっと変わった人」に関する内容である。
この「ちょっと変わった人」にもいろいろあって、ジミー大西のように滑稽なボケっぷりで周囲に笑いをもたらす人もいれば映画レインマンにみられるようなコミュニケーション能力などは欠落していても特定の分野でや驚異的な能力を発揮する人−いわゆるサヴァン症候群−も存在する。
しかし今回取り上げる「ちょっと変わった人」とは、社会性に欠け常に周囲を敵とみなし攻撃的な態度を取る人格の持ち主で「ちょっとやっかいな人」である。
タイムリーな人物で例を挙げると、オウム真理教の麻原彰晃を思い浮かべる向きも多いであろう。
多くの信者を掌握し、自らを絶対的な存在と位置づけて崇拝させた彼の人格や精神構造はどのようなものであったのか、17年間も逃亡しながら今なお崇拝している信者がいることに非常に驚かされた。
100人いれば100種類の性格があると言われているが、多くの場合はある程度の社会性を備えているものである。
特に成人して社会人ともなればそれまでに培った知識や経験から物事の分別がつき、良い行いと良くない行いを理解して良くないとされることは通常の精神の持ち主であれば避けて通るものである。
ところが世の中にはそれが出来ない人もいる。
そうした人々を昔は精神分裂病と言われていたそうで、現在では統合失調症と言う病名に変わったそうである。
この統合失調症の症状はかなり広範囲で多岐に分類され、発病原因もさまざまあり現在でも研究がなされているそうである。
さて、この統合失調症における症状を「ちょっとやっかいな人」をあてはめてみると、
・思考の過程や内容の障害
被害妄想:他人や周囲から嫌がらせや陰口を叩かれていると常に考えている
関係妄想:周囲の出来事を自分の言動に関係付けて考える
注察妄想:常に誰かに監視されていると感じる
誇大妄想:自分を偉大であると思い込む
宗教妄想:自分は神 もしくはそれに近い存在であると思い込む
嫉妬妄想:配偶者や恋人が不貞を行っていると思い込む あるいは周囲や他人の行いを極度に妬む
また、自我意識の障害に関する症状もあり、
・考想奪取:自分の考えが他人に奪われていると感じる
・意思・欲望の障害
興奮や妄想などにより有頂天になっている。
また、自分が神か神に近いものまたは天才と思い込み一種の極限状況にある。
また統合失調症とは別にアスペルガー症候群と言われる広汎性発達障害があり、社会性やコミュニケーションについて特異性があるとされている。
総合的なIQが知的障害域でないことが多く「知的障害がない自閉症」として扱われることも多いそうである。
対人関係の障害や他者の気持ちの推察力など、心の理論の障害が一つの原因であるとされている。
特定の分野への強いこだわりを示したり、運動機能の軽度な障害も見られたりする。
また注意欠落・多動性障害いわゆるAD/HDや学習障害などを併発している場合もある。
主な問題点としてアスペルガーの人は一般人と同様またはそれ以上に強く感情の反応をするが、何に対して反応するかは常に違う。 彼らが苦手なものは「他人の情緒を理解する」ことであり、自分の感情の状態を表情のニュアンスで他人に伝えることである。
多くのアスペルガーの人は彼らの周りの世界から期せずして乖離した感覚を持っていると報告されている。
アスペルガーの人は興味の対象に対するきわめて強い偏執的ともいえる水準での集中を伴う事がある。
これらの興味を追求する過程で、彼らはしばしば非常に洗練された知性、ほとんど頑固偏屈とも言える集中力、一見些細に見える事実に対する膨大な記憶力などを示す。
一方で自分の興味の無い分野に対しての忍耐力が極めて弱く、他人に自分の主張を否定されることに強い嫌悪感を憶える人もいる。
また、アスペルガーの人は正常な知能と社交能力の低さを併せ持つと考える人もいる。
パーソナリティ障害
統合失調症に近い精神疾患とされるパーソナリティ障害とは、「病的な個性」あるいは「自我の形成不全」とも言える状態を指し、広義においては神経症に入る概念である。
以前は「人格障害」と呼ばれていたが、「痴呆」が「認知症」に変更された流れの一環で現在では「パーソナリティ障害」とされている。
パーソナリティ障害の一般的な診断基準は社会的逸脱や柔軟性の欠如、社会的または職業的な領域における機能の障害、生涯にわたる言動の持続性などが挙げられ、これに加えて他の精神疾患や薬物的または生理学的な作用によって引き起こされた症状ではないのであれば、その状態はパーソナリティ障害であるとみなされることが多い。
さて、このパーソナリティ障害であるが、10種類の障害を3つのカテゴリに分類して規定している。
一例を挙げると、妄想性パーソナリティ障害とは、
拒絶・憤慨・不信に対して過剰な感受性を示すとともに、経験した物事を歪曲して受け止める特徴があり、友好的な他人の行為であってもしばしば敵対的や軽蔑的なものと誤って解釈されてしまったり、過剰な自身や自己を誇大に評価する傾向がある。
パラノイア
偏執病とも言われ自らを特殊な人間であると信じたり、攻撃を受けているなどといった異常な妄想に囚われるが、強い妄想を抱いているという点以外では人格や職業能力面において常人と変わらない。
これが日常生活や仕事に支障をきたすレベルにまで達したものが、妄想性パーソナリティ障害とされる。
この症状も、他人への強い猜疑心を抱く被害妄想や自分を超人や超越者・絶対者という存在とみなす誇大妄想があり、誹謗中傷などの激しい攻撃性、自分が世界の中心であるという自己中心的性、そして異常な独占欲がある。
とりわけ妄想性パーソナリティ障害にまで発展すると、それらの性質が顕著に現われて、独裁者や巨大宗教団体の教祖などはこれらの症状が多くみられるそうである。
女性漫才師オセロの中島が自称占い師に洗脳されて、世間から隔絶された生活をしていたニュースは記憶に新しいが、自分の師と仰ぐ者がこのような精神疾患を抱えていた場合、知らず知らずのうちに洗脳されてしまうのである。
こうなってしまうと物事の分別を自分で判断することができなくなり、もはや思考も停止してしまい言うなれば師の操り人形と化してしまうのである。
また近年ではインターネットの普及により、現実社会のみならずソーシャルネットワークにおいてもこうした人格に障害を持った人物が時として現実社会と似通ったトラブルを引き起こしている。
しかしネット社会の場合はやや特殊で、実社会では特に問題のない人格でありながら、ネットの世界でのみ別人格となることがしばしば見受けられる。
例えば実際は男性でありながらネットの中では女性として振舞ったり(その逆も)、リアルではおとなしい性格がネットでは活発であったりと、あえて人格を使い分けている場合も多くある。
このことに注目したアメリカの研究グループはいわゆる「ネット人格」について調査を行ったところ、ソーシャルネットワークの違いによってこうしたネット人格の性質が異なるとの研究結果を発表している。
例えば匿名性の高いソーシャルネットワークでは実際の人格とは大きく異なる人格として振舞う傾向があり、フェイスブックにみられるような本名を公開しているソーシャルネットワークではほぼ実際の人格か、または若干自分をよく見せようとする傾向にあるものの、自他共に実在するコミュニティを形成しているため、あまり自分を誇大に見せてしまうと後々恥をかいたり苦い思いをするという自分の将来像からあまり派手に誇張するようなことはなく、他のユーザーに対しても攻撃的になったり批判や誹謗中傷はしないという傾向にあることがわかった。
対してブログやmixi、誰でも参加できる匿名性の高い掲示板などにおいては"自分を隠す"事ができるため、簡単に意見の合わない相手を罵倒したり時には炎上させたりと、実社会ではおよそありえない事が頻繁に起こっている。
こうした匿名性の高いソーシャルネットワークにおける「ネット人格」についてはまったく作られた別人格なのか、元々ある人格がネットというリアルな自分を隠せる場でさらけ出せる本当の人格なのか議論の分かれるところであった。
前述の調査でわかったことは、多くの場合の「ネット人格」は本来持っている人格が底上げされた人格であることが近年の研究結果で解明されつつある。
例えば女性になりすます男性は、女性的人格あるいは女性になりたいとの願望が多かれ少なかれ持っているものであると説明している。
また実社会ではおとなしい人物がネットの世界で凶暴かつ攻撃的になるのは、やはり元の人格にそうした一面があるものの、理性や社会性などによって抑制されているのである。
しかしそれらは表裏一体で、いつしかそうした”隠された人格”が表面に出るかはその人物の置かれた環境やある何かがきっかけや発端となって現実社会において発現するかもわからないのである。
つまり「作られた人格」ではなく、それはその人物が本来持っている人格なのだと研究グループは発表している。
たしかに自分もフェイスブックを利用しているが、「ちょっと変わった人」は見かけたことがあっても「ちょっとやっかいな人」は見たことがない。
匿名性にも利点はあるが、その匿名性を利用して「ちょっとやっかいな人」になる人もいる。
いずれにしても関わらないほうが賢明であるが、そんな人の周りにも親しい誰かがいるのであればまずは病院へ行く事を勧めてあげればいいと思うのは自分だけだろうか。
この世界はいろんな人間がいて面白いですね。
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