|
東日本大震災の記憶36
南三陸町防災対策庁舎と志津川総合病院
あの日が近づいてきた あれからもう7年たった
南三陸町防災対策庁舎 43人が犠牲になった。
当初取り壊す予定であったが震災遺構として残される方向である
震災後2か月経っていない時に撮影したので手付かずの状態であった。南三陸町志津川塩入77 遺構として保存されるなら後世に津波の恐ろしさを伝えることができる。 地上から高さ約12メートルの屋上に避難していた43人が流された。 津波の高さは14mくらいか? 志津川総合病院 南三陸町志津川字汐見町15番地 東棟4階建 4階まで水に浸かった。
入院患者107人のうち72人が死亡・行方不明 看護師と看護助手計3人も死亡・行方不明 合計75人もが亡くなった病院
4階まで浸かるとは想像できなかったので避難が遅れ75人の犠牲が出た 5階建の西棟 水が迫る中、5階に駆け上がれたものが助かった 東棟は一見3階までしか浸かっていないように見えるが左側の4階の窓から大量の水が噴出している |
東日本大震災
[ リスト ]





