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阪神大震災の記録その4 改訂版 中央区その1 ビル崩壊の恐怖
またあの日がやってくる。あれから24年たった。
神戸でも生の記憶が残っている20代の若者はいなくなった。
今は昔の話。
2008年に投稿したページを改定して再投稿した。写真も大きく綺麗にした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 2008年1月14日投稿オリジナル またあの日がやってくる。 地震前年に生まれた中学生の娘は地震の写真がアルバムに貼ってあるのでなんか理解できるようだが地震後に生まれた息子はなんのことやらみたいだ。
大都市で直下型地震が起きたら巨大なビルはいとも簡単に崩れるのだが最近は忘れられている。
この時期地震特集がテレビや新聞で色々あるが、おおむねお決まりの「復興までの歩み」みたいなものだ。そんなもの後回しでいい(苦労された方々には失礼だが)、生き残れば何とか国や自治体、民間等が支援してくれる。 まずは直下型地震が起きた直後何が起こるのかをもっと詳しく徹底的に毎年報道すべきだとおもう。 「百聞は一見にしかず」地震直後の状況をもっと放送して国民に認識を深めたほうがいい。 (なぜ当時の生々しい映像を放映しないいのか?)
まずは崩壊したビル、火災から生き残ること。死んだら復興も人生やり直しもへったくれもない。 三宮を中心に10階前後のビルがこの地震で超大量に破壊された。
倒れたビルは不思議に少ないのだが1階か中間階が破壊されているパターンだ。(だるまおとし現象) そして割れた大量のガラスが歩道に降り注いだ。 たまたま未明早朝だったので三宮では死者は思ったほど多くなかったが昼間だったらぞっとする。 これは良かった。
地震がきてビルの一階か中間階にいたらとにかく頑丈な机のようなものの下に入れば生存の確率は高まる。その階が崩壊しても50cmくらいは隙間が残るだろうから・・・ どのくらいつぶれるかは以下の写真で判断してほしい。
外に飛び出すとガラスの雨の洗礼を受ける。どうしても飛び出すなら車に注意して道の真ん中まで走るべし。(歩道は絶対だめだ!) 地震が収まったあと、わめいたり泣き叫ぶ元気があるならとにかく火を消してほしい。
火を消してからゆっくり泣いてほしい。火災を防げれば閉じ込められた人は助かる。 救助隊はすぐには来ない。早くても丸一日後と思っておいたほうがいい。来ても声がしない場合は無視されるので震災直後すぐ自力で救助するしかない。バールやツルハシ、スコップがすぐ手に入ればいいが・・・ それと消防隊はまず来ない。期待しては絶対にいけない。焼死するまえに助けなければいけない。時間はない。
中央区加納町3丁目2 北上ホテル 1階が完全に崩壊
現在
阪急、JR三宮駅山側すぐ中央区加納町4丁目 日生三宮ビル4階完全崩壊、但馬銀行1階大破ビル傾く
現在
中央区中山手2丁目10 中山手ビル1階が完全崩壊、西村コーヒー大破
現在
中央区中山手2丁目 萬寿殿4階完全崩壊
中央区三宮1丁目 交通センタービル5階が完全崩壊 まるでもとから5階が無かったように見える。
交通センタービルの向こう雲井通7丁目神戸新聞会館 崩壊の階はなかったが崩壊寸前だった。ビルの向きで崩壊するか持ちこたえるか差が出る感じだった。
現在
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