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阪神大震災の記録その2改定版 長田区その2
またあの日がやってくる。あれから24年たった。
神戸でも生の記憶が残っている20代の若者はいなくなった。 今は昔の話。 2007年に投稿したページを改定して再投稿した。写真も大きく綺麗にした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2007年1月30日投稿オリジナル 阪神大震災後いくら建物の構造が丈夫になったといっても大都市で直下型地震が起きたら建物は倒れなくても火災はやはり発生する。運悪く大地震が大都市直下で起きたらまず消防隊は来ないと覚悟すべし。早くて半日後、普通で丸一日後に消防がくるであろうと思わなければならない。 阪神大震災で火災は自然鎮火であったことを忘れてはならない。火は燃えるだけ燃えて勝手に消えたのだ。消防隊は来なかったということだ。 まずどんなことをしてでも各自が火を消すのだ。 長田区若松町10丁目11丁目間 鷹取商店街入口
この写真を撮ったとき何とも言えない気分だった。焼け跡に残る鷹取商店街の入口門が地震の悲惨さを訴え続けているようだ。 焼け落ちた鷹取商店街の前田寝具 東方向を見る。長田区若松町11丁目6−7
海運町3丁目1から東方向を見る。
私の母親曰く神戸空襲直後と同じ光景とのこと。ちょうど50年後同じ光景がまた長田にあらわれた。 現在
長田区海運町2丁目2から東方向を見る。絶望的な光景だった。地震4日後でまだきな臭いにおいが漂う。
長田区久保町2丁目1から西向きに見る
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阪神大震災の記録その4 改訂版 中央区その1 ビル崩壊の恐怖
またあの日がやってくる。あれから24年たった。
神戸でも生の記憶が残っている20代の若者はいなくなった。
今は昔の話。
2008年に投稿したページを改定して再投稿した。写真も大きく綺麗にした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 2008年1月14日投稿オリジナル またあの日がやってくる。 地震前年に生まれた中学生の娘は地震の写真がアルバムに貼ってあるのでなんか理解できるようだが地震後に生まれた息子はなんのことやらみたいだ。
大都市で直下型地震が起きたら巨大なビルはいとも簡単に崩れるのだが最近は忘れられている。
この時期地震特集がテレビや新聞で色々あるが、おおむねお決まりの「復興までの歩み」みたいなものだ。そんなもの後回しでいい(苦労された方々には失礼だが)、生き残れば何とか国や自治体、民間等が支援してくれる。 まずは直下型地震が起きた直後何が起こるのかをもっと詳しく徹底的に毎年報道すべきだとおもう。 「百聞は一見にしかず」地震直後の状況をもっと放送して国民に認識を深めたほうがいい。 (なぜ当時の生々しい映像を放映しないいのか?)
まずは崩壊したビル、火災から生き残ること。死んだら復興も人生やり直しもへったくれもない。 三宮を中心に10階前後のビルがこの地震で超大量に破壊された。
倒れたビルは不思議に少ないのだが1階か中間階が破壊されているパターンだ。(だるまおとし現象) そして割れた大量のガラスが歩道に降り注いだ。 たまたま未明早朝だったので三宮では死者は思ったほど多くなかったが昼間だったらぞっとする。 これは良かった。
地震がきてビルの一階か中間階にいたらとにかく頑丈な机のようなものの下に入れば生存の確率は高まる。その階が崩壊しても50cmくらいは隙間が残るだろうから・・・ どのくらいつぶれるかは以下の写真で判断してほしい。
外に飛び出すとガラスの雨の洗礼を受ける。どうしても飛び出すなら車に注意して道の真ん中まで走るべし。(歩道は絶対だめだ!) 地震が収まったあと、わめいたり泣き叫ぶ元気があるならとにかく火を消してほしい。
火を消してからゆっくり泣いてほしい。火災を防げれば閉じ込められた人は助かる。 救助隊はすぐには来ない。早くても丸一日後と思っておいたほうがいい。来ても声がしない場合は無視されるので震災直後すぐ自力で救助するしかない。バールやツルハシ、スコップがすぐ手に入ればいいが・・・ それと消防隊はまず来ない。期待しては絶対にいけない。焼死するまえに助けなければいけない。時間はない。
中央区加納町3丁目2 北上ホテル 1階が完全に崩壊
現在
阪急、JR三宮駅山側すぐ中央区加納町4丁目 日生三宮ビル4階完全崩壊、但馬銀行1階大破ビル傾く
現在
中央区中山手2丁目10 中山手ビル1階が完全崩壊、西村コーヒー大破
現在
中央区中山手2丁目 萬寿殿4階完全崩壊
中央区三宮1丁目 交通センタービル5階が完全崩壊 まるでもとから5階が無かったように見える。
交通センタービルの向こう雲井通7丁目神戸新聞会館 崩壊の階はなかったが崩壊寸前だった。ビルの向きで崩壊するか持ちこたえるか差が出る感じだった。
現在
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ホンダDAX70 EXPORT その2
いったんレストア完了してしばらく乗っていたが坂道の力が弱いので遠心クラッチ周りをオーバーホールした。業者によるとカム周りもガタ、摩耗があるとのことで中古品を入手してもらい交換した。旧車をやりだすと蟻地獄のようにどんどんお金が消えていくのだ。
六甲山の三国岩 久々来たよ 東六甲を走りちょっと休憩 ここは眺めがいい。最高だ DAXのリヤキャリアとエンジンガードは中古品を買って取り付けた 所々に錆が浮いていたが安くはなかった
六甲山最高峰 六甲ケーブル山頂駅 とりあえず現在最高80kmはでるので流れには乗れるが上り坂は遠心クラッチのスリップが多いので回転が上がりエンジンが大丈夫か不安。また業者に改善を依頼してみようかと思案中。また金がいるなあ。まあ現行車と思えば腹が立つが昭和44年式の旧車と思えばやむなしの感情だ。ただでもらったDAX君だがタダより高いものはない。 |
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ホンダDAX ST70 EXPORT
友人が動かないDAX70を入手して保管していたが邪魔になったので捨てたいけどほしかったらあげるといわれた。悩んだ末もらうことにした。
70CCのDAXか 生産台数もそんな多くないはず シリアルから推定すると昭和44年式だとさ ああアポロが月に着陸した年ね 車体にはDAXのデカールでなくHONDAになっている 変だと思ったが調べたら一部HONDAのデカールは存在しているとのこと レストアは業者に頼んで合計25万円以上かかった。必要な部品はオークションとかで入手してもらった中年大人の贅沢な道楽だ。乗ってはあれこれおかしいところを指摘してその都度直してもらい結局半年かかった. 業者によるとこのDAX君は85ccにボアアップされているとのことでした。
キャブは大型に交換されていたがオリジナルのキャブとエアクリーナーは保管されており友人から一緒にもらった。もとに戻したかったが業者によるとシリンダーブロック、シリンダーは傷んでいるので85CCの新品に交換して大型キャブはそのまま流用を勧められたので従った。 六甲の林道をおんぼろDAXで攻めた。楽しかったよ。3速で前後にシフトするタイプで面倒この上ない。 現在のヤングには嫌がられるだろうがおいらはまあ楽しい。旧車の懐かしい醍醐味だ。 |
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箱根フリーパス、公共交通旅行12最終回 箱根関所から三島へ
結局また箱根湯本に戻った。
ここから路線バスマニアのおいらは箱根新道経由箱根港行きの急行路線バスに乗った。 このバスに乗って箱根町港バス停に着いた 箱根関所を見学する 箱根関所すぐ横の芦ノ湖はきれいな湖 気に入りました 富士山が見えた 路線バスマニアのおいらは三島駅行きの路線バスに乗った。 三島駅バス停に着いた 三島駅から18きっぷで神戸に帰る 沼津で興津行に乗り換える 興津駅に着いた。普通をどんどん乗り換えて帰路に就く 途中腹が減って豊橋でそばを食べた 私はえきそばうどんマニアでもある 終わり
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