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私は単車が大好きで、18歳から一度も単車オーナーが途切れたことはない。今まで50CCを含めて9台 乗り継いだ。GX250SPは初めて買った中型だ。父親がどうしても20になるまで免許取得を許してくれなかったので2台原付を乗ったあと中古で購入した。こいつは248cc 空冷4サイクル2気筒OHCで馬力は25馬力しかでない。はっきりいって遅い。でもメッキや塗装仕上げが美しい。排気音もこぎみよく痺れた。ヤマハのバイクは芸術だ。このバイクで大学時代を共にすごした思い出深い名車だ。 |
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小生は霊とか死後の世界とかはまったく信じない味気の無い大人だが、二十歳前後のころは神経が敏感だったのかちょっと信じていた時期があり怖い体験はある。 昭和60年3月初め、志賀高原へスキーを楽しむため大学の友人4人と夜行バスででかけた。新大阪駅に集合で超大量のスキーツアーバスが並んでいた。(今は新大阪駅前にそんな広い広場は無い) シュプール号とかはまだ無かったと思うので志賀高原へは若者は主に夜行バスを利用した。 話はそれるが自動車で行くのもしんどかった。現在みたいに4WDやワゴン車が一般でなく、タイヤの性能も悪いしチェーンもスチールしかなく普通のセダンで大人3、4人は苦しかった。 なにより高速道路はやっと諏訪で中央道が接続した程度なので冬の志賀高原は遠かったのだ。 バスは現在と違って夜行専用のタイプでなく、観光バスを夜走らせているだけで室内は狭く寝るのは苦しかった。もちろんトイレは無く、2,3時間に1回、トイレ休憩と称して怪しげな汚い真夜中ドライブインに止まって起こされるのでなかなか寝れないのがつらかった。 小生はその時やっと寝付いたようで気持ちよく?寝ていたのだが、その時男の人の叫び声が聞こえた。 「バスが落ちるぞ!」 「バスが落ちる!」 異常に緊張した声だったので身の危険を感じ、ガバっと飛び起きて外を見た。バスは明るく照らされたカーブを曲がって行った。(赤色ランプが点滅していたかも知れない) 隣に友人のD君が起きていた。かれは寝付けないのでウォークマンを聞いていたのだ。 「このカーブみたいだぜ、先日事故がおきたのは」彼が言った。 冷や汗がたらーと出た。1月28日に25人が死亡した笹平ダムスキーバス転落現場だったのだ。 無念にも水死した大学生の叫びだったのだろうか??? まさか、たまたま偶然か?
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