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小高氏は謎の多い撃墜王である。 名前の読み方もわかりにくいのだが、どうやら「のりつら」と読むようであるが確信はない。 この2冊と小高登貫氏直筆の撃墜リストが私の氏の資料のすべてである。 戦記実話小説「ああ青春零戦隊」は昭和44年初版発行で私が持っているのは昭和57年28刷である。たまたま本屋で見つけて買ったのだが105機撃墜の記述には度肝を抜かれた。当時知られていたのは岩本216機撃墜、西沢120機撃墜、杉田110機撃墜でその次が坂井64機撃墜だったのでもうひとり100機以上撃墜王がいたとは知らなかったので。 小高登貫氏はあまり戦記雑誌等にも出てこないが最近実家の古い本を捨てようかと整理していたら「丸」エキストラ版第62号に小高登貫氏の長編綴込戦記を見つけた。 この「丸」エキストラは昭和53年版で、当時400円だったので中学生の愚生でも購入できた。なんどもなんども読み直した本である。小高氏以外にも撃墜王角田和夫氏、小町定氏の寄稿戦記もあった。 「ああ青春零戦隊」の本の角がむしれているのは実家のオカメインコのピーチャンがカジッたためである。 この「丸」エキストラ戦記「ああ零戦隊ありてこそ」は「ああ青春零戦隊」と比べるとベースは「ああ青春零戦隊」でそのダイジェスト版であるのだが詳細は異なる部分が多い。「ああ青春零戦隊」執筆から9年経っているので色々思い出したことや訂正したことが入っているのだろうか。 特筆することは「ああ青春零戦隊」に記載されていない空戦記が執筆されているのだ。 昭和19年10月某日 セブ島にいた小高氏は本部の判断遅れでグラマンF6Fの攻撃を地上で受けていた。氏の制止にもかかわらず2機が発進しようとして撃墜されたシーンを見て涙が出るほど悔しかったそうだ。グラマンが去った後の間隙をついて氏は飛び上がり門田上飛曹と一緒に4機のグラマンに殴り込みをかけまず1機にエンジンと翼に火を吹かせ撃墜、左旋回で逃げる2機目もエンジンから火を吹かせキリモミ状態で墜落撃墜した。門田氏も2機撃墜し4機全機撃墜でうっぷんをはらしたそうだ。そのうち地上から発進した仲間が15機そろったので隊長は林大尉となりグラマンとの第二戦闘が始まった。3機目は一撃は外れニ撃目に命中、煙を吹かせたが2機撃墜の後なので弾が抑制するために深追いはせず不確実撃墜、4機目はエンジンに火を吹かせ降下していくことを確認したがその瞬間弾が切れたそうだ。 地上に降りた後確認で部隊の撃墜数は18機だったそうだ。 その日撃墜した落下傘降下した捕虜米兵に会ったそうで、氏の撃った20mm機銃弾がかすめて首筋が黒かったとのことである。その米兵は気楽な感じでよくペラペラしゃべったそうな。 「ああ青春零戦隊」には37機撃墜の記述があるがこの「丸」エキストラの空戦戦果4機を加えると41機撃墜となる。この41機が小高氏がはっきり記憶に残っている撃墜であろう。
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2010年10月24日
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上海万博と北京旅行 その17 机場快軌(じーちゃんくぁいぐぇい) 平成22年7月24日 金曜 晴れ 軍事博物館見学のあと、帰国のため地下鉄1号線に乗って建国門駅で2号線に乗り換えて東直門駅で降り机場快軌に乗った。 けっこうカッコいい。 25元で空港まで30分くらいで確実に行ける。タクシーは渋滞の危険性はある。 国際線のT(ターミナル)3に止まった後国内線T2/T1へ向かい東直門に戻ってくるという行程です。逆走はしないのいで自分がどっちで降りるか事前に知っていないとパニくることになるので注意。 磁気カードの切符は回収され使いまわしされる。 室内は綺麗でゆったりしている。 先頭車両では写真のように景色が楽しめる。これで今回の中国親孝行旅行は終わりだ。 中国は好きだが尖閣諸島は昔から日本国である。 この鉄道は大変便利でお勧めします。 上海万博と北京旅行 おわり
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