|
萩谷信男 岩本徹三仕込みの剣客撃墜王 個人撃墜32機
岩本徹三氏の著書に204空で彼の次に撃墜数が多いと紹介された撃墜王 昭和18年11月281空の萩谷信男は、岩本徹三らと供にラバウルに着任した。 11月にすぐ201空に移りまたすぐ204空に移ったようである。
岩本徹三の部下として18年3月以来1年弱生死を共にした戦友。 岩本徹三の著書の中に何度も萩谷の名前が出てくるので中がよかったのではないかと推定される。
岩本徹三譲りの凄腕の撃墜王であったようで13日間に公認撃墜数18機(不確実撃墜1機含む)を記録し日本最高の高密度撃墜記録と言われている。 昭和19年1月26日、253空に移動したが253空は個人撃墜を記録しなかったみたいで戦死までの詳細は残念ながら不明である。 昭和19年2月13日、萩谷信男はラバウル上空にて戦死した。萩谷氏の機体には32個の撃墜マークが描いてあったという。 つまり昭和19年1月26日から2月13日の間に253空で19回空戦が記録されているが(一日2回以上あったと推定)その間の撃墜記録は9機(32-23=9)と推定される。 なお204空では29回空戦で23機撃墜であった。 剣道の達人で3段であったようである。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用






