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机の引き出しの中に大学生の時利用していた学生相談所の登録証が今も入っている。 理系の学生だったおいらは月曜から土曜まで授業があったためなかなか定期的なアルバイトができず 日曜とか学校を親に黙って休んで1日バイトとかするしかなかった。 1日バイトなどは当時売っていたアルバイトニュースにはほとんど載っていない。 やむなく学生相談所に行って1日バイトを探した。これは元町駅の山側にあるゴム会館ビルにあるのだが けっこうかなり1日バイトの紹介があって助かったよ。もちろん無料だ。 今もあるのかどうか知らないが、どうだろうか。 午後3時から紹介が始まるので学校の帰りに行くのにちょうどいい。アルバイトがいろいろ壁に貼ってあって 気に入ったアルバイトを見つけるとその番号の箱の中にこの登録証を入れる。時間がきたら係員が箱から 登録証を出す。いよいよ発表の瞬間だ。入札者が定員以内ならそのままそのアルバイトの権利を入手でき 連絡先の書いた紙をくれる。(だったと思う) 入札者が定員以上だったら係員がトランプみたいに登録証をくって上から定員枚数取り出して名前を大声で 発表する。喜怒哀楽の瞬間だ。 インターネット、携帯世代の今の大学生にはこのようなアナログ世代の面白さはわかるまい。 この登録証は厚いボール紙に写真を貼っているので登録証の端はぼろぼろで角がとれている。 これだけで昭和の匂いが十分するぞ。 大昔、昭和時代の話だ。
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昭和風俗、昔話
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ホンダF1 1986年 昭和61年、ホンダはエンジンメーカーとして初めて年間総合優勝した。
さきほど昭和61年10月ハンガリーグランプリで優勝した記念のシールが出てきた。 これは優勝を記念してホンダのディーラーで配布されたものだ。 ホンダのディーラーへ客のふりをして貰いに行った。当時優勝するたびにシールが発行されたのだ。 当時ホンダの強さに日本中の若者が興奮したものだった。 小生もホンダF1レーサーに憧れてTE71レビンで六甲を走りまわった。 このあとホンダは61年から3年まで6連勝を飾る。バブルと重なり日本車黄金時代だった。 |
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設計者の卵?? 前述のヤマハGX250SPでのツーリング写真といっしょに白黒写真が出てきた。 当時はちょっとした写真なら自分で現像焼付けする写真マニアが結構いた。 この写真は友人が自分で現像焼付けしてくれたものだ。 大学である機械部品の耐久性を研究する班に所属していたのだが、その時撮影して もらったのだろう。詳細は忘れた。昭和61年 晩秋か冬だ。 古いアニメに出てきそうな周波数分析器とプリンターだ。 昭和の匂いがぷんぷんだ。 耐久試験機スイッチオン!
プラザ合意のあとの円高不況で就職が希望どおりいかず辛かった。 日本はこのあとあっという間に回復しバブルへと突き進む。 |
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先日、実家に帰ったとき親父が地下室の倉庫から、「面白いものが見つかった」とニヤニヤして何か 袋に入ったものを持ってきた。 私が生まれた日の神戸新聞、朝刊と夕刊、それと幼いときに書いたたくさんの絵だった。 早速、新聞を読んでみた。 何々、阪神が大洋と首位攻防戦。この時も阪神は強かった。今年も強い?はず。優勝頼むよ。 明日は、甲子園へ中日戦を見に行くぞ。明日も勝つ!! このころは国鉄は羽振りがよかったのだろう。 分割民営化なんか夢のまた夢だった。 日本一の映画通り新開地で成人映画が増え、問題化している。いまや問題どころか映画館が無い。 今は無きプリンス自動車。このグロリアは最高にかっこよかった。六気筒が誇らしげだ。 ゴールデンタイムのマンガは「トムとジェリー」だ。「鉄人28号」が午前9時から?そうだったのか。 作者の横山光輝は神戸人だ。 まあほかにも色々あったが、面白かったよ。親父よありがとさ〜ん 長生きしてよ。
そういう愚生も娘や息子の生まれた日の新聞を保存していたが引越し後どこか消えた。 情けない父親だ。 |






