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日米海軍、特攻隊

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フィリピン戦、沖縄戦における米軍リバティー船、ビクトリー船の損害


アメリカの戦時標準船にリバティー船、ビクトリー船が有名だ。
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ビクトリー船はリバティー船の高級型で戦後の使用も視野にいれた設計で主に速力が早い。
大量のこれらの戦時標準船がフィリピン戦、沖縄戦に投入されフィリピン戦で65隻前後、沖縄戦で
30隻前後が損傷を受けた。そのうち沈没または全損スクラップとなった船を取り上げた。

下図はヴィクトリー船
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性能諸元 ( )はヴィクトリー船
総トン数 7180t
重量トン 10600t
全長   134.6m
全幅   17.2m
主機関 レシプロ (蒸気タービン)
出力  2500hp (6,000)
速度 11kt/h (16.3)


アメリカの戦時標準船は日本の標準船と比べるとかなり大型になる。
全長は130m以上もある堂々とした商船だ。
軍艦の排水量でいうと4000t以上あるそうだ。


フィリピン 特攻  航空攻撃 機雷
沈没     5         2 
全損      2                    3
イメージ 3

Gus W. Darnellは一旦全損判定となったが使えるとのちに判断されて海軍の雑役船として修理して使われ1954年スクラップとなった。
Marcus Dalyは沈没やスクラップとはならなかったが200人以上の戦死行方不明負傷者をだした大損害を受けた。



沖縄  特攻  航空攻撃
沈没      3 
全損                 2
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合計;17隻

フィリピン戦、沖縄戦では潜水艦で撃沈やスクラップ、損害を受けた戦時標準船は一隻もなかった。
昭和19年10月以降は日本の潜水艦は米軍に守られた商船に近づけないくらい弱体していたことが証明された。

小海戦 1942,9,5 ルンガ岬小海戦  
夕立隊 輸送駆逐艦(高速輸送艦)2隻砲撃で撃沈快勝

あまり知られていない小海戦を紹介する。
海戦名は私が勝手に付けたので注意して下さい。

 
9月5日未明吉川潔夕立駆逐艦長指揮のもと駆逐艦3隻(夕立、初雪、叢雲)はルンガ岬泊地に突入してヘンダーソン飛行場の砲撃に成功したあと遭遇した輸送駆逐艦リトルとグレゴリーを砲撃だけで撃沈した夜戦である。飛行場砲撃に成功したうえ米レーダーに肉眼が快勝した戦いであった。


夕立 (白露型駆逐艦)
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初雪、叢雲  (特型初期型駆逐艦)

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3隻とも新型ではない 中堅の中型駆逐艦


マンリー級高速輸送艦 リトルAPD-4、グレゴリーAPD-3

写真 リトル
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リトル 元ウィックス級駆逐艦(USS Little, DD-79/APD-4)
グレゴリー 元ウィックス級駆逐艦(USS Gregory, DD-82/APD-3)
排水量 基準:1,090 t  全長 95.8 m  全幅 9.3 m
速力 25 ノット
50口径3インチ単装砲 3基  40mm単装機銃 2基

写真 グレゴリー
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武装は米護衛駆逐艦同等だが速力は早いので、米護衛駆逐艦よりかは手ごわいレベル 見た目近代的に改装されている。




グレゴリーとリトルはその夜ガダルカナル島北岸部を哨戒していた。 一方9月4日に第八艦隊は駆逐艦6隻に兵員3000名を分乗させてショートランドを出撃。輸送任務を終え、6隻の駆逐艦のうち、夕立と初雪、叢雲の3隻は夕立駆逐艦長吉川潔中佐に率いられてヘンダーソン飛行場への艦砲射撃のためルンガ岬に進んだ。 真夜中零時前後3隻の駆逐艦は左舷方向に敵艦を発見して砲撃を開始する。

砲撃を受けたグレゴリーとリトルはレーダーを持っていて先に気付いていたが探知した複数の目標をなぜか日本潜水艦であると判断しており、発砲の閃光もまた日本潜水艦からのものと判断して特に焦っていなかった。おりしも海兵隊の飛行艇カタリナが飛来して照明弾を投下したがその位置は悪くグレゴリーとリトルを日本軍から見て浮かび上がらせる形となり日本側に利益を与える格好となってしまった。

グレゴリーは3隻の日本駆逐艦から照射を受け、砲撃により艦首から艦尾まで正確に撃たれ、全艦が火に包まれた。備砲で応戦したものの命中は無く日本側砲撃により2つのボイラーも破裂して3分も経たないうちに艦は沈み始めた。

リトルは日本側の4斉射目の砲弾が艦尾に命中して、操舵室と重油タンクを破壊し火災を発生させた。グレゴリーは1時40分ごろに艦尾を下にして沈んでいき、2時間遅れてリトルもその後を追った。 駆逐艦の砲撃だけで沈められたということは命中弾数が尋常ではなかったと推測する。


日本軍が漂うアメリカ兵を機銃で激しく撃ったとの米側の証言があるが、まさか25㎜連装、あるいは3連装機銃で夜間にアメリカ兵を撃てるとは思えない。備品に貴重な軽機関銃でもあったのかなあ?怪しいが  高速で走る駆逐艦から夜間に人を撃つのは難しく命中弾はあまりなかったのではないか?

いずれにしろグレゴリーとリトルの戦死者は多かったそうだ。リトルの戦死者は不明だがグレゴリーは11人生き残ったらしい。うち6名は泳いでガ島にたどり着いた。推定145人ほど乗っていたと思われるので130人ぐらいが死んだのかなあと勝手に推測します。

初期の夜戦では日本兵の目のほうがレーダーを上回ることが多かった

小海戦 1942,8,22 サボ島海峡海戦  
改白露型「江風」3倍の敵に快勝


あまり知られていない小海戦を紹介する。
海戦名は私が勝手に付けたので注意して下さい。
 

1942821日夜、ガダルカナル島ルンガ米軍泊地突入、輸送船団攻撃命令を受けた白露型駆逐艦「江風かわかぜ」と神風型駆逐艦駆逐艦「夕凪」であったが合流予定時間に「夕凪」が天候不良のため速度を出せず、会えなくなり「江風」は単艦でルンガ泊地へ突入を決めた。

                   江風
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822日未明、「江風」はルンガ泊地へ突入したが目当ての輸送船は発見できなかった、やがて哨戒中のブルー、ヘンリーおよびヘルムを発見。しかし、ほどなく見失ってしまった。

一方ブルーとヘルムもレーダーで江風と思しき目標と探知し、速力を落とした上で砲を目標の方向に向けて警戒を強めた。
江風は220353に再度発見した米駆逐艦3隻(ブルー、ヘルム、ヘンリー)に攻撃を決意。
3倍の敵なので交戦中魚雷6本砲弾6発を発射して長居せず現場を離脱した。

                  ブルー
イメージ 2


ブルーが4,500メートルの距離に江風を発見して距離を縮めつつあったその時、魚雷1本が至近に迫っていた。魚雷は艦尾部に命中し、爆発はブルーの主機および主軸、方向舵を破壊。9名が死亡、21名が負傷した。
米軍は22日から23日にかけてブルーをツラギ島へ曳航しようと試みたが失敗した。823日の2231分にブルーは海没処分された。
「江風」は帰途に米軍機の機銃掃射を受けて少し損傷したものの大きな問題なく帰還した。
レーダーに肉眼が快勝した戦いであった。
 



バッグレイ級駆逐艦 ブルー(DD-387)
竣工1937814日 中型駆逐艦でそこそこ新型である。
排水量 基準:1,590トン 満載:2,325トン
全長 104.1 m
49,000 馬力 速力 38.5ノット (71.3 km/h)
 
改白露型「江風」
ブルーとは完成した時期や大きさはほぼ同じである。
竣工1937430
基準排水量 1,685トン
全長 111m
42,000馬力 速力34ノット
 
伊号第10潜水艦の撃沈戦果 


「轟沈」という映画がある。
本物の伊号第10潜水艦の従軍記録映画である。

伊号第10潜水艦は日本海軍の巡潜甲型と呼ばれる超大型の潜水艦で
撃沈商船15隻 撃破・2隻の戦果を挙げ日本海軍1位であった

映画の中で伊10潜の16/12/10から18/9/14までの撃沈11隻、大破1隻の
戦果を示す撃沈札がずらっと出てくる。

16年12月10日 商船撃沈 8000トン
17年6月5日 商船撃沈 2500トン
17年6月6日 商船撃沈 10000トン
17年6月8日 商船撃沈 8000トン
17年7月3日 商船撃沈 13000トン
17年7月6日 商船撃沈 8000トン
17年7月8日 商船撃沈 9000トン
17年7月9日 商船撃沈 7000トン
18年1月30日 商船撃沈 7000トン
18年3月5日 油槽船大破 15000トン
18年7月23日 油槽船撃沈 7600トン
18年9月14日 油槽船撃沈 6400トン

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9月14日の戦果、すなわちノルウエーのタンカー プラモラ(6,361トン)に続き、
この航海中、他に4隻の商船を撃沈している
 9月14日にノルウェー・タンカー「ブラモーラ」(6261トン)を撃沈。
 9月24日、アメリカ・貨物船「エリアスホーエ」(7176トン)を撃沈。
 10月2日、ノルウェー・貨物船「ストービーケン」(4836トン)を撃
 10月5日、ノルウェー・タンカー「アンナコーディーン」(9057トン)を撃破。
 10月24日、イギリス・貨物船「コンゲーラ」(4533トン)に最後の魚雷2本を発射するが当たらず砲撃で撃沈

ただただ私の持っている資料とは戦果の日にちが一致しない
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その後サイパンで戦闘中の第6艦隊司令部救出作戦のためマリアナ方面に向かうが失敗、
6月28日以降消息不明となる
もし成功していればアクション映画みたいであっただろう

 昭和19年7月4日、サイパン島付近にて米護衛駆逐艦デヴィッド・W・テーラーとリッドウルの協同攻撃により
撃沈されたことになっている。  艦長以下113名全員が戦死。



撃沈商船15隻 撃破2隻の戦果で日本海軍ナンバーワンといわれているが詳細リストは手に入いらなかった
本当は撃沈商船16隻 撃破1隻ではないか?



二式大艇

二式大艇

鹿児島県鹿屋市にある海上自衛隊鹿屋航空基地資料館を訪れた。
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なんと二式大艇が置いてあった、知らなかった。びっくり。
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日本が誇る巨大な飛行艇である
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昔は東京の船の科学館にあった。
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昭和62年撮影
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