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東日本大震災の記憶38
大槌町のJR山田線と遊覧船「はまゆり」
あの日が近づいてきた あれからもう8年たった
岩手県上閉伊郡大槌町新港町1
JR山田線が大槌川を越える鉄橋付近が津波で完全に破壊されていた。 2019年現在今だこの鉄橋は復興されていない
鉄橋の支柱がほとんど写真のように折れて倒されいた。ショックだった。
早く山田線が再興されることを祈る。その時は山田線は三陸鉄道に移管される
大槌町の民宿の屋根に乗り上げた遊覧船「はまゆり」
いまもなぜか民宿は残っている
岩手県上閉伊郡大槌町赤浜2丁目1
岩手県上閉伊郡大槌町赤浜2丁目1−45 翔輝丸
大槌町赤浜2丁目 第二十久美愛丸
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東日本大震災
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東日本大震災の記憶37
ショッピングセンターサンポートと松原公園C58-16
あの日が近づいてきた あれからもう7年たった
ショッピングセンターサンポート 宮城県本吉郡南三陸町志津川汐見町32−2
小さな町にしては大型の商業施設だったみたい 中をのぞくとメッチャクチャだった。 エスカレーターが見える。
車が中に突っ込んでいた。 愕然とした。
宮城県本吉郡南三陸町志津川汐見町松原公園
1978年5月からC58-16号機は南三陸町の松原公園に静態保存されていた。 サンポートの近くを歩いていたら突然目の前に蒸気機関車が現れた びっくりした
C58-16は昭和13年9月神戸市の川崎車輌株式会社で製造された。
神戸からはるばる南三陸町へきたのか
汽車の横で大きな松が引きちぎられていた
台車は簡単に外れるようだがすぐ近くにあった 機関車の裏側を始めてみた 以外にほっそりしている 機関車を上側からじっくり見れた 特にバラバラになっていなかったので私はまた展示するのかと思っていたが2012年7月残念ながらさっさと解体された。 各部へこんだり破損したまま震災遺構として保存すればこんな鉄の塊が何十mも動くのかと後世に伝えられた
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東日本大震災の記憶36
南三陸町防災対策庁舎と志津川総合病院
あの日が近づいてきた あれからもう7年たった
南三陸町防災対策庁舎 43人が犠牲になった。
当初取り壊す予定であったが震災遺構として残される方向である
震災後2か月経っていない時に撮影したので手付かずの状態であった。南三陸町志津川塩入77 遺構として保存されるなら後世に津波の恐ろしさを伝えることができる。 地上から高さ約12メートルの屋上に避難していた43人が流された。 津波の高さは14mくらいか? 志津川総合病院 南三陸町志津川字汐見町15番地 東棟4階建 4階まで水に浸かった。
入院患者107人のうち72人が死亡・行方不明 看護師と看護助手計3人も死亡・行方不明 合計75人もが亡くなった病院
4階まで浸かるとは想像できなかったので避難が遅れ75人の犠牲が出た 5階建の西棟 水が迫る中、5階に駆け上がれたものが助かった 東棟は一見3階までしか浸かっていないように見えるが左側の4階の窓から大量の水が噴出している |
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東日本大震災35 上閉伊郡(かみへいぐん)大槌町その6
大槌駅1 大槌駅2 大槌駅周辺1 大槌駅周辺2 大槌町本町7ー6 岩手銀行大槌支店 大槌町赤浜2丁目1−38 大槌町の民宿の屋根に乗り上げた遊覧船「はまゆり」 遊覧船「はまゆり」その2 大槌町安渡3丁目 大槌町漁業協同組合冷凍庫 大槌町安渡3丁目11−6大槌町魚市場 |
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東日本大震災の記憶34 上閉伊郡(かみへいぐん)大槌町その5
あれから6年たった 被災を受けた人たちは昨日のようなことだろう
大槌町は津波で流された後火災で燃やされた 津波の後生存していたが火災で焼け死んだ人たちもいたに違いない 2011年5月7日土曜撮影
上閉伊郡大槌町本町6ー7大槌郵便局
大槌町本町1ー10立花屋 左の家 上閉伊郡大槌町本町3ー9 大槌町本町4ー21 大槌町本町7ー16 スカイフェロー 大槌町本町7周辺 大槌町本町8ー44 大槌駅前道又医院 大槌町本町1ー3 大槌駅前梅津ビジネスホテル 左建物 大槌町本町3ー18 千葉左官 |





