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東日本大震災14 大槌町その2 2011年5月7日土曜 3月10日、雄勝町のバスがついに撤去されてしまった。 毎日新聞より
宮城県石巻市雄勝(おがつ)町で、高さ約7メートルの公民館屋上に乗り上げた大型観光バスが10日、撤去された。東日本大震災の津波で押し流され、そのままになっていたが、震災1年を前にクレーンでつり下ろした。公民館とともに解体する。地元の震災復興まちづくり協議会副会長、高橋頼雄さん(44)は「あれで震災を思い出す人が多く、早い撤去を望んでいた。区切りになった」と話した。 雄勝は入り組んだ細長い湾沿いの町。威力を増した津波は市街地を壊滅させた。2階建ての公民館屋上に乗り上げたバスは震災当時は無人で、約500メートル離れたバス会社の車庫に止まっていた。 市には津波の恐ろしさを後世に伝える「モニュメント」として保存を求める意見も寄せられた。しかし維持には相当な費用がかかる。住民の多くも「心の重しを早く取り除いてほしい」と望んだ。 後世に地震の恐ろしさを目に見える形で伝え地震がきたらすぐ逃げることの教訓教材として保存してほしかった。 「震災を思い出すから」が大きな理由だが、遺族感情は分かるが、また7-80年したら大津波が来るのは確実なので孫の代まで震災を思い出してもらうことが結果として子孫を救うことになるのだが。 大槌町本町5_5割烹岩戸 大槌町本町7_13 大槌町本町7_6岩手銀行大槌支店 大槌町本町8_17道又薬局 道又新聞店 大槌町本町8_21 大槌町大町9_3
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東日本大震災
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東日本大震災14 大槌町その1 2011年5月7日土曜 岩手県上閉伊郡(かみへいぐん)大槌町は津波の被害を受けた後街を焼かれた。 人口15000人中、死者行方不明者1282名 すごい死亡率である。第二次世界大戦の本土空襲の町でもここまで無い 大槌町上町5_8大和田アパート 大槌町上町2_12メゾンマルタニ 大槌町上町6_12 一面焼け野原 焼けた鉄が赤く錆びるのは阪神大震災を彷彿させる。 左のビル上閉伊郡大槌町本町1_3梅津ビジネスホテル 上閉伊郡大槌町本町7_16 スカイフェロー 至る所で自衛隊の活動を見る 感謝感謝 自衛隊に関しては高い税金を取られているが有効な使い方で納得 大槌町本町6_7大槌郵便局 大槌町本町1_10立花屋 阪神大震災に比べて燃え方が中途半端なのはどっぷり水に浸かってからの火災であるからであろう。 左の家 大槌町本町3_9 大槌町本町4_21
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東日本大震災13 雄勝町その3 2011年5月5日木曜 女川を後にして海沿いを経由して今日の宿泊地登米市へ向かう途中で雄勝の惨状を見た。 もうあれから1年か 早く感じる 仙台銀行雄勝支店 石巻市雄勝町伊勢畑1丁目1 銀行内部 破壊された雄勝SS 雄勝町伊勢畑1丁目10 雄勝SS (有)沢村分店 雄勝町雄勝伊勢畑26-17 店の中に車が突っ込んでいる 石巻市雄勝町雄勝伊勢畑26−9 郵便局 雄勝町下雄勝1丁目2 雄勝 終わり
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東日本大震災12 雄勝町その2 2011年5月5日木曜 女川を後にして海沿いを経由して今日の宿泊地登米市へ向かう途中で雄勝の惨状を見た。 雄勝町役場 3階までどっぷり浸かったようである。 雄勝町大字雄勝字伊勢畑84-1 とりあえず役場は機能しているようだ。発電車やテレビ報道車がいた。 雄勝町役場の前 瓦礫の山 雄勝町雄勝伊勢畑26−36 雄勝町雄勝伊勢畑26−17 破壊された民家の上に車が乗っている 雄勝町雄勝伊勢畑 全滅の病院 石巻市立雄勝病院内部にいた患者40人 医師、看護師24人 合計64人が全員死亡または行方不明で生存者無し 全滅の病院である。 裏山に津波を恐れて事前に逃げた事務員6人は助かった。(事務員だから自由に行動できた?) 雄勝町雄勝伊勢畑1 病院は3階建てで高さは13mくらい 海抜は4−5m位だったと思う。 仮に17mとすると屋上に逃れた人たち全員が飲み込まれたことを考慮すると約20mの津波が襲ったことになる。 入り口から覗いて見た受付 撮影した時すごくゾクッと怖い感じがした。
中には不法侵入となるので入らなかった。と言うか当時多くの人がここで亡くなったとは何も知らなかったのだが、この病院の周りはひと気(鳥、動物も)がまったく感じられなく音も無い静寂なシーンとした不気味な雰囲気で気味が悪かったことをはっきり覚えている。前の道路は私以外一台も車は通らなかった。 もし知っていれば手を合わしたのだが、できなかったことを後悔している。 |
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東日本大震災11 雄勝町その1 2011年5月5日木曜 女川を後にして海沿いを経由して今日の宿泊地登米市へ向かう。内陸に行かなければ宿がないからだ。 突然津波の被害が甚大な地区にでた。 石巻市雄勝町雄勝船戸神明10 松丸商店 しばらく走るとなんと観光バスが建物の上に乗っている!! ほんとビックリしたよ。 写真ではわかりにくいがすごい迫力だった。 テレビで観光バスが建物に乗っている映像を見たがまさかここだったとは 偶然であった。 保存の話が結構あるがやはり一部保存に反対する住民に配慮して解体らしい。残念である。 残しておけば次の津波の時 雄勝と近隣の住民は教訓が体に浸透してほとんど助かると思う。 石巻市雄勝町雄勝寺4 雄勝公民館 当時は何かわからなかったが後日硯か硯石に関するオブジェらしいことが判明した。 雄勝硯生産販売協同組合 インフォーメーションセンターでもあるようだ。 津波の威力で折れ曲がっている。 この建物に引っかかっているのぼりを見てここが「おがつ」と読むことを知った。 当時の報道で雄勝が放送されることはほとんどなかったと思う。当時私は何も情報を持っていなかった。 雄勝硯伝統産業会館 雄勝町上雄勝3丁目 新山神社境内 このあたりに大量の硯が散乱していた。当時は不思議に思っていたが硯は雄勝の特産品であると後日知った。まったく雄勝については無知だった。神社は跡形もなく破壊されていた。 雄勝町上雄勝3丁目雄勝小学校 完全に水没したようだった。 |





