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東日本大震災5 女川その2 今年のゴールデンウィークに家内と取引して東北へ行かせてもらった。 自分の義捐金がどう使われるのか、それをこの目で見たかったから。 また愚生の両親は共に神戸生まれの神戸育ちだが父親方のおじいさんは昭和初期釜石から神戸に出てきた経緯があり墓が釜石の近くにある。もう魂は抜いてあるが破損していないか確認がしたくて岩手に行く必要もあった。 2011年5月5日木曜 女川 牡鹿郡女川町鷲神浜鷲神190から女川商工会館を見る。 見た目は大丈夫そうだが4階まで完全に水没しているのがはっきりわかった。 女川町鷲神浜字鷲神180−1女川商工会館 当時ここの4人の職員が逃げ遅れて屋上に逃げた。余裕で大丈夫と信じていたと思うが水が腰あたりまでやってきて屋上の給水塔にしがみついて九死一生をえて助かったとのこと。水の高さは地面からだと16mくらい 海面からだと20m近くあったのではないか? ゴロンと倒れたビル。驚いたとしか言いようがなかった。 牡鹿郡女川町鷲神浜鷲神154 女川では津波の高さが最大20mあったためかビルがたくさん至る所で横からの水圧で倒れていた。
鉄筋のビルが倒れるのは建築学的に驚異な出来事らしい。 結構な学者の調査結果がネットで見れる。もし当時それ知っていればもう少し詳しく調査していたが。。。 チト残念である。 |
東日本大震災
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東日本大震災4 女川その1 今年のゴールデンウィークに家内と取引して東北へ行った。かなり不利な取引だった。 でも自分の義捐金がどう使われるのか、それをこの目で見たかったから。 ちょっと抵抗があったがテレビで東北に観光に来てくださいとのキャンペーンを何度も見たのでGWは東北でお金を使うのが東北への貢献だと自分で自分に納得させた。 鉄道で行きたかったが断念した。私にしては珍しく車で行くことにした。北陸経由なので片道1000円でした。 5月5日木曜 女川 女川に向けて車を走らせた。 突然瓦礫の山が目の前に現れた。 海まで1kmほどあるのにほんとびっくりしたと同時にただ者の津波でないことが容易に想像できた。 宮城県牡鹿郡女川町鷲神浜大道3-2の国道398から市街地を見る 同じ場所から牡鹿郡女川町桜ケ丘5-4方面を見る 海からまだ600mは離れているが高いところの崖に車が引っかかっている。 牡鹿郡女川町鷲神浜大道12 海まで500mほどあるが3階建てのビルが完全に水の中に水没したことが確認できる。尋常ではないと感じる。 女川町鷲神浜堀切山44 市街地に入った。3階まで完全に水没して破壊されたビル 牡鹿郡女川町黄金町28 二階建ての屋上に逃げてほっとした人もいただろうが助からなかっただろう。 女川町鷲神浜堀切山54 3階建て(4階建て?)のビルの屋上に車が乗っている。絶句である。 牡鹿郡女川町黄金町26 しばらく呆然とする。阪神大震災の神戸の街の壮烈な破壊とはまた異質の衝撃的な光景であった。 こんなことが現世にあっていいのか!まぼろしか! このままの状態で保存して後世に伝えてほしいと思った。 でも解体されてしまった。 となりのビルは4階建ての山田屋ホームセンター(女川町黄金町11)だが屋上のフェンスは破壊され瓦礫が乗っている。4階の屋上にいても助からないなんて・・・ 津波の破壊力に唖然とする。 牡鹿郡女川町黄金町48
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東日本大震災3 気仙沼その3 東京船舶電機 気仙沼市川口町1丁目93 左:阿部長商店 右:小山平八商店 気仙沼市川口町1丁目70 カネダイ水産食品部第一工場 気仙沼市川口町2丁目105 川口町自治会館 気仙沼市川口町1丁目121 舛一商店 気仙沼市潮見町2丁目145 建物の上に車が取り残されている。 気仙沼市潮見町2丁目168 一ノ関駅に戻った。 気仙沼まで往復4時間半の旅であった。 盛岡から青い森鉄道に乗って北へ向かう 青森の三沢へ着いたのは夜10時半であった。駅は立派なのだが駅の周りは何もないさみしいところである。店がないのでほんと困った。要注意。 なお仙台、一ノ関間はやむなく好きでない新幹線に乗ったのであった。
支援はするが、やはり最後は東北の人は自分たちで頑張ってもらうしかない。 |
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東日本大震災2 気仙沼その2 この辺りは津波で流された後火災で焼き尽くされた。ニュース映像で見た。世界中の地獄を集めたような場所だった。 このマンションは津波で浸水した後火災で表面を焦がされた跡がある。濡れていたので内部は燃えなかったようだ。 気仙沼市弁天町2丁目4-41サンリッツモリ二号館 前部を破壊された宮交バス どうなればこんな破壊がおこるのだろうか。津波の恐ろしさ。 二印大島水産 気仙沼市弁天町2丁目5-15
足利本店 冷凍食品工場 気仙沼市潮見町7-18 舛一商店 気仙沼市潮見町2丁目145 羽根気仙沼配送センター 気仙沼市川口町1丁目68 三階までどっぷりつかった建物 よく倒れなかったものである。 気仙沼市潮見町2丁目107 |
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東日本大震災1 気仙沼その1 青森三沢に用事があり伊丹発秋田空港行の飛行機に乗った。秋田青森間は五能線のリゾートしらかみ乗車を楽しむ予定であった。 秋田空港直前で霧のため着陸不能で仙台空港に目的地が代わった。びっくり困った。 やむなく作戦を変更して宮古市経由で三沢に行こうとしたがどうしてもうまく列車の接続ができないので気仙沼経由で行くことにした。一ノ関で降りて大船渡線を往復して気仙沼に行った。 気仙沼駅に着いた。本来ここから線路は二股に分かれるがどちらも線路が流されて今は無い。終着駅になっている。 海辺の市街地まで遠いので駅前からタクシーでも乗るかと思ったが駅前の観光協会が500円で自転車を貸してくれることが分かった。震災跡見学は不謹慎かなあと気にしていたが堂々と観光自転車を貸してくれるので気が楽になった。でも観光できるものはすべて流されている。 海辺に近づくにつれて津波の被害が激しくなってきた。 気仙沼市魚町2丁目1?18 海辺の町は壊滅状態だ。解体作業が進む。気仙沼市魚町2丁目2 気仙沼リアスシャークミュージアム 水族館の一種か 津波で破壊されている。もう営業は難しいだろう。 気仙沼市魚市場前7-13 このあたりから震災後しばらく一般人が立ち入ることを規制された地区に近づいていく。 津波破壊のあと火災で焼き尽くされた。瓦礫処理のため冷やかし一般人を拒絶したらしい。 3階建だが完全に水没したと思われる小山憲祐商店 気仙沼市仲町2丁目2?16 どうやら7ヶ月経つが未だ水が引かないようだ。 壊滅状態のパチンコ屋周辺 このあたりも水が引かない 気仙沼市仲町2丁目20-1 破壊された宮交気仙沼バス本社 気仙沼市弁天町2丁目2−6 右の三階建てビルは完全に水没したと思われる。すごい波だったという証拠。 自転車を借りれたおかげで短時間であったが効率よく視察できた。 自分の出した義援金が使われている状況を確認したかった。納得できた。
自宅に帰ったあと 今度は11000円 また義援金を払った。 |





