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種子島 2 種子島宇宙センター
種子島へ行った。 ここは16世紀の鉄砲、21世紀のロケット 日本の最先端技術の島だ
天女ヶ倉の山頂より 種子島の空と海は青い 濃く青い
種子島阿嶽川のメヒルギは日本の自生の北限地されている。 種子島宇宙センター 過去の人工衛星やロケットなどが展示されている LE-7エンジン: H-IIロケットのエンジン 日本のロケット模型 右側の大きいのがH-IIAロケットおよびH-IIBロケット H-IIAロケット発射!
雄龍岩、雌龍岩 たいしたところではないが 時間があればどうぞ 帰りも高速船トッピーで帰る 飛行機で神戸に帰る |
国内旅行
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旅行で色々役立つ話
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種子島 技術大国日本はここから始まった
種子島へ行った。 鉄砲伝来の地を調査するため
種子島 時尭(たねがしま ときたか)
2000両の大金を支払い2挺をポルトガル商人から購入し八板金兵衛に命じて鉄砲を分解調査させ、 鉄砲製造に成功した偉人
これがポルトガル商人から購入した鉄砲 これかー これなんだ
八板金兵衛が製作に成功した日本初のメイドインジャパン 日本の技術の夜明け たった二年後に国産化に成功した
ネジ 当時最先端のテクノロジー 日本人はこれを素直に受け止められたのが今の技術大国日本の基礎
兵器はその国の技術レベルの物差し 鉄砲は当時の最先端兵器
日本は世界で一番鉄砲の保有量が多かった
門倉岬 鉄砲伝来の地 日本の技術はここから始まった ネジ設計は奥がメチャンコ深い
450年以上経った今でも未だに日本のどの企業もネジの緩み問題を解決できていない バネについても日本人は多くを火縄銃から学んだ これもまた当時最先端のテクノロジー |
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自由という名の楽園 2
原付で薩摩半島南部の海辺を走った。自由という名の楽園を探し求めて
スクーターを気の向くままに走らせる
日程とか計画のない、だから遅れも中止もないから変更に追われることもない自由な世界は 結局見つからなかった
頴娃(えい)という読めない地名の海辺の岩場になにやら見つけた! 自由という名の楽園か?
そこは神社だった 釜の蓋を頭の上に載せて、鳥居から賽銭箱までの15メートルほどの距離を
歩いて参拝するとのこと
こんなかっこうで蓋を落とさずに参拝できれば、願い事がかなうらしい 私は一度で成功した 自由という名の楽園に出会いたいと願った
カップル用の大型の楕円の蓋もある このカップルは何度やっても結局成功しなかった もう別れているだろう
下の岩場にあるお釜めがけて小さな素焼きの釜蓋を投げ、 入ると願い事がかなうという「釜蓋投げ」という願掛けもあった
100円で2回投げれる 1回入って1回外した |
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紅葉の嵐山
先日家族の了解が取れたので会社を休んで嵐山へ行った
阪急嵐山駅
法輪寺 竹林の道 常寂光寺 清凉寺 大覚寺 嵐電嵐山駅 仁和寺
仁和寺五重塔 成願寺 嵐電 山ノ内駅近く 紅葉の嵐山 最高
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原付1400km四国九州の旅 その8 最終回 薩摩半島から大隅半島へ 昨年夏原付ビーノで旅に出た。原付はバイク旅の原点だ 頼まれもしないのに旅行記を気ままに書く 開聞岳の周りは景色が良く単車で走るのは気持ちいい 山川の砂蒸し温泉に入る ここは指宿のインチキと違って本当に砂浜で営業している オ・ン・セ・ン・マ・ニ・ヤ・シ・ア・ワ・セ 温泉地熱のゆで卵、サツマイモがこの温泉においてある。料金は箱の中へ。 民度の高い日本ならではの普通の光景だ 外国にはこんな制度は無い この辺りはなんでも日本最南端だ 「日本最南端の有人駅」の山川駅 どうでもいいが 知林ヶ島 指宿にある。 3月から10月にかけて干潮時に長い砂州砂州が出現し歩いて渡ることができる 干潮の時間を調べていかなければ渡れない 縁結びの島らしいが一人で行ったおいらには関係ない 山川根占フェリーに乗船して大隅半島へ向かう 小さなフェリーだ フ・エ・リ・イ・マ・ニ・ヤ・シ・ア・ワ・セ 都井岬に来た 野生馬がいるので有名 先端の灯台に来た 大学4年のバイクツーリング以来だ なつかしい 志布志から大型フェリーに乗って帰る 超満員だった 宴会場に押し込まれて雑魚寝する 足は靴置場にはみ出た 写真には写っていないが横にバーのカウンターがある 大阪南港についた おいらの旅は終焉を迎えつつある ここから神戸までは結構ある 佐渡先生が言っていた「百里の道は九十九里をもって半ばとす」を思い出した 妙に安全運転で帰った 終わり
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