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洛陽(ルオヤン)旅行 白馬寺 翌日白馬寺に向かった。バイマースーと言う。 仏塔マニアのおいらは中国でも仏塔がある寺を積極的に訪問するのだ。 あいにく朝から雨だった。中国人のお友達の紹介で怪しげなマイクロバスに乗ったがやっぱし怪しかった。途中で乗り換えとか言われて降ろされたが中国人がいても不安だった。一人ではやっぱしこの手の交渉バスは怖くてのれないなあ。寺の入り口。典型的な中国寺の入り口。
中国の寺の門は日本の木造とことなり通常土かレンガでできている。中国に住めばわかるが木や林や森が日本と比べて少ないからかもしれない。 中国の仏塔はこんな感じ。日本の仏塔のほうが断然かっこいい。普通土やレンガでできている。地震には弱いせいか残存する古塔はすくない。 帰りは大雨のなか路線バスで洛陽駅へ向かう。中国内陸は雨は少ないが降る時は尋常でない。バスがぼろいせいか窓の隙間から、天井の換気窓の隙間から雨漏りで大変だった。気にしないこと。 帰りはやはり2等自由席しか買えなかった。中国人の友人が車掌と交渉して1等寝台をゲットしてくれたので疲れず帰れた。中国列車の食堂車。友人が切符を交渉している間ここでビールを飲んで待つ。大びん45円。 |
中国旅行
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洛陽(ルオヤン)旅行 関林廟 龍門石窟見学のあと、関林廟に向かった。グアンリンミャオという。
この路線バスはボロかった。まあ1元(14円)だからいいか。 三国志、蜀の将軍で日本でもおなじみの関羽の首塚がある墓みたいなところ。 関羽は人気者なのでいたるところに墓みたいなところがある。 関羽の長刀?らしい もちろん偽物 これが首塚、りっぱなものだが掘ってもなにも出てこないだろう。 関林廟をあとにして洛陽市内のホテルへ向かう。市内はトロリーバスが走る。 中国ではトロリーバスは至る所で見ることができる。このバスはかなり古いので 思わず撮影してしまった。 |
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洛陽(ルオヤン)旅行 龍門石窟 友人と日本語を話す中国人と3人で洛陽へ一泊旅行に行った。 駅で指定席の切符はやはり買えなかったので2等自由席の切符を買って乗った。 大変苦しい2等自由席であったがなんとか途中で座れた。 洛陽駅から路線バスで有名な龍門石窟に向かった。ロンメンシークーというらしい。 石窟の中にりっぱな仏像がある なぜかピースサインである。 有名な盧遮那仏 ここはすばらしい。お勧めであるが、あまり日本の中国ツアーに含まれない。 変な仏像もあった。マニア仏と言うらしい。
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有名な武漢製鉄所へ中国人部下2名を護衛につけて出張にいった。 広大な製鉄所で、その広さは文章で説明しずらい。打ち合わせが終了した後、製鉄所見学をした。 炉を見学しているとき突然横の扉が開き、大きな真っ赤に燃える鉄の板(約20m×2.5m×20cm)が通路の私の目の前にせり出してきた。焼け死ぬかと思うくらい熱くのけぞりながらひたすら燃える鉄が早くラインへ流れるのを祈ったぞ。 そのとき思わず手すりを掴むと映画「連合艦隊」のいちシーンのように「ジュッ!」と音がするかと思うくらい熱くまたまたのけぞったぞ。日本では考えられませんね。 本当は金曜の晩に夜行列車で帰る予定だったが切符が買えない事が判明しもう一泊して土曜に武漢から南京へ飛行機で飛び、南京から長距離バスで徐州に帰りました。中国の国鉄はオンラインシステムでないので当日にならないと切符が買えるかどうかわからないのだ。参ったか!
通訳がいないとお手上げだ。幸いにも私は通訳を2人連れていたので問題無し。 |
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2004年1月17日 中国人民抗日戦争記念館突入に成功した。 蘆溝橋までろくな交通機関が無い為、北京市内でタクシーをチャーターした。 往復300元 まず蘆溝橋に行ったぞ。1192年に完成した立派な橋だ。 昭和12年7月7日この橋を挟んで日本軍と国民党の間で戦争が始まった。その戦争は昭和20年8月15日まで続き多くの日本人、中国人が中国大陸で死んだ。そう思うとこのりっぱな橋もかなしく霞んで見えてくる。 (写真1枚目) 橋の中央は当時のまま残されている。この橋は現在も住民が使っているので床石は張り替えられている。(写真2枚目) 獅子の彫刻は492体あるそうだ。ぜんぶ表情が違うぞ。面白い。 (写真3枚目) 中国軍が立て篭もった宛平城の城門。蘆溝橋の横にあり今も完全にぐるっと城壁に囲まれている小さな県城だ。(写真4枚目) この中にインチキ?抗日戦争記念館がある。 所々に日本軍との戦闘でできた砲撃痕が残っている。生生しいぞ。(写真5枚目) |



