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内モンゴル人民党主催、シンポジウム「良心の囚人を救え」 第二部
 
 内モンゴル人民党主催のシンポジウム、「良心の囚人を救え」第二部は、パネルデスカッションが行われた。
 司会はチベット問題を考える会代表の小林秀英師で
 パネリストは、
1、ケレイト・フビスガルト:内モンゴル人民党幹事長。
2、イリハム・マハムティ:日本ウイグル協会会長
3、王載:民主中国陣線日本分部副主席。
4、オルホノド・ダイチン:モンゴル自由連盟党幹事長
5、北井大輔:人権活動家
6、田中健之:日本チベット友好協会代表
 
 であった。
 この中で、筆者は、198212月以来、海外における最初の中国民主化運動『中国の春』運動の創始者、王炳章博士が20026月、ベトナムで中共特務によって拉致され、中国国内に連行された後、暗黒裁判において終身刑の判決を受け、現在下獄中であることを話した。
 ノーベル平和賞を受賞した劉暁波は、王炳章が開始した中国の春運動に参加し、19895月に彼は、王炳章と共に帰国して北京で拡大しつつある民主化運動に参加することにした。アメリカから直接北京入りした劉暁波は、北京入りに成功したが、東京経由で北京入りしようとした王炳章は、中国民航と中国大使館の圧力に屈した日本航空が登場拒否をし、止むを得ずニューヨークへ引き返した。
 当時、東京で王炳章の受け入れを行った筆者は北京で劉暁波が、「中国民主化運動の領袖、王炳章博士帰国」という事を宣伝していたことを知っていた。
 また、当時の学生運動のリーダーであったウアルカイシもそのことをよく記憶していたことを筆者は彼から直接聞いている。
 ところで、海外の民主化運動の魁である王炳章は良心の囚人であり、その釈放要求運動が日本では殆ど行われていないことについて、もっと活発に王炳章の釈放要求をすべきであることを筆者は参加者に訴えた。
 また、近い将来、必ず中国共産党政府が倒れるに違いないということも力説した。
 
 
動画
 
(関連記事:『田中健之 復興アジアへの道』http://ameblo.jp/genyo1105/entry-10823959239.html をご参照下さい
 
 
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内モンゴル人民党旗
 
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                       王炳章博士
 
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           パネルディスカッション

辛亥革命100年

辛亥革命100年記念、中国民主化集会にて
 
2011(平成二十三)年二月二十六日土曜日、午後一時三〇分から午後四時三〇分に至るまで、、東京杉並区の杉並セシオン視聴覚室において、中国民主党(徐文立主席)ならび南方民主同盟(龍緯汶主席)の主催による「辛亥革命100年記念中国民主化集会」が開催された。
 この集会の準備を日本で進めたのは、南方民主同盟日本代表の安東幹氏だった。
 集会は、安東氏の開会の挨拶に続いて、南方民主同盟主席の龍緯汶氏によるビデオメッセージ(資料参照)が会場で流された。
 また集会では、山田良政烈士をはじめ、辛亥革命に殉じた日華両国の革命殉難烈士に献花して、中国民主化の決意を誓った。
 その後、集会においては、以下の順で中国民主化運動などに携わっている人々によるスピーチがあった。
 
1、 田中健之(ジャーナリスト、中国革命の  
支援者の子孫)
2、 王載(民主中国陣線日本分部副主席)
3、 佐藤国男(NPO法人中国共産党脱党支援  
センター)
4、 佐藤悟志(フリーチャイナ・キヤンペー
ン呼びかけ人)
5、 原博文(今日論談報社々長)
6、 張本真(大紀元記者)
7、 森田佐和子(ジャーナリスト)
8、 佐藤誉司(日本ウイグル協会)
9、 林正治(中国民主運動化)
 
 辛亥革命は、アジアで最初に共和制を築いた中華民国建国への道を拓いた。その国父孫文をはじめ、黄興、宋教仁、胡漢民、汪兆銘その他の多くの革命家たちが、日本に亡命したり留学したりして、日本を拠点として中華革命を行った。
 その彼ら中華革命家を支えたのが、平岡浩太郎をはじめ、内田良平、頭山満、宮崎滔天、平山周、萱野長知、北一輝、山田良政・純三郎兄弟、梅屋庄吉、末永節らをはじめとする大勢先覚志士たちであった。
 この内、平岡浩太郎が筆者の曽祖父に当たり、祖父の従兄が内田良平であった。また、頭山満も曽祖父と縁続きである。
 明治三〇(一八九七)に孫文が日本に亡命した際、平岡浩太郎が孫文の生活費、活動費の一切を引き受けた。
 また内田良平は、清国へ渡って直接革命を支援し、三井財閥と掛け合って孫文の革命資金や武器の調達のための交渉に尽力している。
 明治三十八(一九〇五)年、興中会(孫文=広東派)華興会(黄興=湖南派)、光復会(章炳麟=浙江派)など各中華革命組織が合同して、〃中国同盟会〃を結成するための準備かいが、内田良平の住居兼黒龍会本部にて行われた。この時余りにも多くの革命家が集まったため、その重みで家の床が抜け落ちた。
 この時孫文が機転を利かせて
「清朝を踏み倒した」
 と叫んだため、皆それを喜んで拍手喝采した。
 一方、頭山満は、亡命者たちから「立雲翁、慈父の如し」として慕われかつ頼りにされた。
 頭山は、終始孫文ら中華革命家たちの日本亡命を政府と対峙してまで身を挺して庇護、支援し続けた。
 昭和十二(一九三七)年に勃発した日華事変の際にも頭山は直接、蒋介石との和平交渉に骨を折った。昭和十九(一九四四)年十月五日に頭山が逝去した際、南京、重慶そして延安までもが、頭山の逝去を悼んだ。
 昭和三十二(一九五七)年六月二日、戦後、日本の首相として初めて中華民国を公式訪問した岸信介元総理大臣は蒋介石総統に対して、「報怨以徳」の精神によって寛大な処置を施してもらったことに対する感謝を述べたところ、蒋介石総統は、
「『怨みを報いるに徳を以てせよ』という考え方は、自分が日本に留学しまた亡命をした際、頭山先生から武士道精神の実践を通じて教えられたものだ。あなた方は、自分に感謝するのではなく、頭山先生のお墓にお礼を言って欲しい」
 といわれたと岸元総理は回想している。
 日華事変の際、蒋介石総統は、
「日本の軍部や政府は信用できないが、唯一日本人の中で信頼できるのは、頭山満先生だけだ」
と言って、頭山の和平工作に頗る期待していた。
当時は頭山に限らず、萱野長知、末永節ら、かつて中華革命を支援した人々であった。
ところで筆者は、辛亥革命百周年ということで、中国革命
の特集を組んだ『中央公論』二月号の誌上において、「革命を支援した日本人たち」と題して、中華革命を支援した先覚志士の小列伝を記している。
 
 
 
 中華革命を支援した先覚者を近い先祖に持った筆者は、小学生の頃からそれら先祖の生き方や思想に自然と興味を抱くようになった。
 とりわけ中国、朝鮮それにロシアなどの政治や歴史に関心が深かった。
 中学生の時には、チベット独立運動に興味を抱いて、ペマ・ギャルポ先生の講演などを聴きに行ったこともある。爾来今日に至るまで、筆者はペマ先生と親しくさせていだき、色々と教えていただいている。
 大学一年生だった昭和五十八(1983)年五月ごろ、筆者は東大に留学していた一人の中国人留学生と知己を得た。
 度々彼と会って中国事情を聞いていた筆者に対してある日彼は、「中国に帰ると危ない」
 と言い出して、「何とか日本に亡命できないものか」と言い出した。
 実は彼は、中国の反体制秘密組織のメンバーだった。
 その時、筆者は先祖と中華革命との深い因縁を感じざるを得なかった。
 何とか彼を救わなくてはと筆者は懸命に彼を受け入れてくれる企業を探し、ようやく一社が彼を採用してくれるようになった。それによって彼は、就職という形によって日本に引き続き滞在できるようになった。
 その時の中国人は今ではアメリカに亡命している。
 筆者はその留学生を通じて、王炳章を知った。王炳章は中国反体制の民主化を訴える雑誌『中国の春』を刊行して密かに大陸に持ち込んで中国内の人々に民主化と共産党打倒を訴えた。
 王炳章を知ってから間もなく、〃中国民主団結聯盟〃という反体制秘密組織が結成されるというので、筆者はその東大の留学生と共にその組織の設立に参加した。昭和五十八(1983)年十二月のことである。
 その後筆者は、中国の反体制運動に直接携わるようになった。
 爾来昭和六十一(1986)年に生じた上海学生運動、同年のチベット・ラサで勃発したチベット独立運動、平成元(1989)年六月四日に生じた天安門事件など歴史に残る大きな運動の幾つかの現場に関係したり居合わせたりすることが出来、人生において大変有意義で貴重な体験をすることが出来た。
 ところで王炳章は、チベットにも理解を示し、インドのダラムサラで、ダライラマ法王を拝謁している。それ以来、中国民主化運動は今日に至るまで、チベット関係と交流している。また、中国民主化運動は、チベット同様、ウイグル方面にも理解を寄せている。
 今日では、中国における反体制運動、民主化運動、チベット、ウイグルの独立は団結して中国共産党と闘っている。
 チュニジアで始まったジャスミン革命が中国に飛び火しそうな今日、辛亥革命百年を以て、新たな中華革命元年となるような可能性を窺がい知ることができるのが、今日の危い中国大陸の実情なのである。
 
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辛亥革命100年記念中国民主化集会でスピーチする田中健之
 
 
 
資料
 
南方民主同盟主席の龍緯汶氏のメッセージ

The Speech of James Lung

Dear friends in Tokyo, l am James Lung wai Man, the chairman of the Southern
Democratic Alliance,HongKong, This years 2011,is the 100anniversary of the xinhai Revolution.
100 years ago, the Xinhai Revo1ution had broken out in China bring the hope of democracy and liberty to Chinese people.

Amongst the warrior of the revo1utioi there were Japanese. We thank for your fellow people to help us in the fighting for liberty and democracy.
A democratic China is important for the security in Asia and the whole world. It is an important factor to maintain long-term
friendship between Chinese and Japanese.

Please pray for us and support us in the war to end one party dictatorship and build a democratic China up. Thank y0u.


たちあがれ日本代表 平沼赳夫衆議院議員の挨拶

辛亥革命より100年

あらためて共産党による一党支配が続く中国国内で様々な困難をものともせず、民主化のために平和的な戦いを続け、当局に拘束されている劉暁波氏にノーベル平和賞が授与されたことに対し、劉暁波氏の不屈の闘志と勇気、愛国の信念に心より敬意を表し中国人民にお祝いを申し上げると共にノーベル平和賞選考委員会の見識を評価します。
また中華人民共和国共産党政府に対し、宗教関係者や自由と公正を求める市民活動家や少数民族への不当な学圧を直ちに止め、栄えあるノーベル平和賞受賞者 劉暁波氏の一刻も早い釈放を求めます。
そのことこそが世界第二の経済大国にまで成長した中国が革名実共に世界に貫献しうる立派な大国であり、他国から信頼され敬意を払われるために必要なことです。
辛亥革命より100年、何者にも脅かされることなく国民の言論と表現と信仰の
自由を守り、豊かで穏やかな平和な社会を実現するといつ翠想は今も色あせるものではありません。
我々の父祖の「目を思い、民を思う」という志、同じ理想を掲げる国境や民族を越えた同志の結東と切瑳琢磨に、今こそ学ぶところは大であります。
真に自由と平和を愛する中国人民と、日本をはじめとするアジア諸国民の交流を通じて、真の平和と安定実現のために、実り多き大会となりますことを心より御祈念申し上し上げます。


たちあがれ日本代表
衆議院議員
平沼赳夫


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姉妹サイト「復興アジアへの道」開設しました。重なる記事も中にはありますが、時間をかけてそれぞれ個別に特徴があるものにしていきたいと思っています。
どうぞ、宜しくお願いいたします。
 昨今、ロシアのメドベージェフ大統領の国後島訪問以来、ロシア政府の幹部が相次い訪問している北方領土。
日本人の国民感情を害するものだとしてマスコミや世論は、ロシアに対する態度は厳しい。
 そんな最中、ロシアの大衆紙『コムソモールスカヤ・プラウダ』紙の名物記者、ダリヤ・アスラモワ記者が来日、東郷和彦元外務省欧亜局長や袴田茂樹教授などのロシアの専門家に取材する一方、筆者にもインタビューを行った。
 ダリア・アスラモワ記者とは、八年ぶりの再会であった。以前は記者の現在のクロアチア人のご主人の招待で、筆者はクロアチアの首都ザグレブに行き、テレビ出演をして日本の武士道について話したことがある。
 ダリア記者のご主人、ロベルト氏は、ジャーナリストであり、クロアチアの愛国者だ。筆者がクロアチアに行った時には、ボスニア戦争での戦犯裁判の不当性を訴える活動をしていた。
 ところで筆者が、ロシア外務省に近い日露関係史の専門家の意見を聞いたところ、「ロシア政府の行動は、1956(昭和31)年の日ソ共同宣言に基づく行動なのだ」という。何故か、それは「日ソ共同宣言では、平和条約締結後に歯舞、色丹の二島を返還すると謳っている。その中には国後、択捉の二島は含まれていない。ロシア大統領がわざわざ歯舞、色丹の二島に訪問したのであれば、反日プロパガンダだといえるが、現時点では、歯舞、色丹への訪問は予定されていないので、今回のメドベージェフ大統領の国後、択捉の訪問は反日プロパガンダであるとか、北方領土問題の解決を拒否するものになるのだとかは言えない」という話である。
 日ソ共同宣言の二島返還に際して、日本政府は四島一括返還論を提示した。当時、日本政府は、米国のアレン・ダレス国務長官から、「四島一括返還をソ連に要求しなければ、アメリカは沖縄を返還しない」という圧力を受けていたということは、専門家であれば誰でも周知の事実である。
 そもそもソ連が、昭和20(1945)年8月9日に日ソ中立を一方的に破棄して日本と戦争を開始したのは、同年2月4日にクリミヤ半島のヤルタで行われた、米(ルーズベルト)英(チャーチル)ソ(スターリン)の会談の席上交わされた、極東密約すなわちヤルタ協定に基づくものであった。
 そのヤルタ協定とは、アメリカのルーズベルトは、千島列島をソ連に引き渡すことを条件として、ソ連に日ソ中立条約を破棄させて対日参戦を促したのである。
 戦後、戦勝国によって東西に分割されたように、日本は台湾、朝鮮半島と千島列島と樺太の南半分を戦勝国によって分割された。ちなみに欧米列強諸国が領有していた植民地とは違って朝鮮は、明治43(1910)年の「日韓併合」によって日本領土、すなわち日本の一部だとされていたため当初言われていた、国連信託統治ではなく、米ソによって南北が分割され、日本から独立させられた後も南北それぞれの政府が米ソを後ろ盾として成立させられたのである。
 今日、日米安保体制の下、沖縄や横須賀をはじめ日本本土の至る所に米軍基地が存在する限り、ヤルタ協定によって千島列島の領有権を与えられたロシアが、簡単に日本に北方領土を返還することはない。
 ロシア外務省筋の話では、「将来、米中関係が悪化した場合、アメリカは日露両国を接近させて、対中国の圧力として利用するであろう。その時は、北方領土問題の解決は選択としての可能性があり得る」というのである。
 北方領土問題は、日露関係というよりも、米露関係による問題なのである。日本の固有の領土である北方領土返還に向けての外交的な権利は日本に無いのと等しい悲しい現状がある。
 ソ連崩壊以降、ロシアは、日本ブームである。武士道に憧れて日本の武道が盛んに行われ、またモスクワの街では至る所に日本料理のレストランがある。
 一方、日本では今日でもロシアというば、暗い国、ずるい国、怖い国、スパイの国、マフィアの国というイメージがあり、ロシアの友邦は以前として中国や北朝鮮だというイメージが拭い去れない。
 ロシアは日本に最も近い隣国であるにもかかわらず、日本人自身、その文化、民族性、言語などロシアのことを知っている人は中国や韓国を知っている人に比べて極めて少ない。
 日露平和条約や領土問題の解決以前に日露両国がしなくてはならない重要な事は、日露両国民同士の民間交流を盛んに行うことである。
 お互いの国民性を理解して、国民同士がお互いに信頼し合えるいい友人関係を築かなくては、何も解決できるものではない。
 筆者は、ロシア紙のインタビューでもその事を強調した。
 
 
 
 
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2.26事件と西田税

 昭和11(1936)年2月26日に勃発した「2.26事件」から今年は75周年目を迎える。当時は、著しい経済不況と異常気象によって農村は疲弊し、中小企業の倒産は相次いで失業者が巷に溢れた。
 2.26事件に蹶起した青年将校たちは、社会を顧みないで私利私欲を貪る財閥とそれに結託した腐敗政党を倒さなくては国を救うことはできないと考えた。
 そのような時代背景と今日の日本はよく似たところがある。警察関係によるインターネット上における意図的な情報漏洩や、海上保安官による尖閣諸島海域における中国漁船の体当たり映像の投稿などの事件を、評論家などは、2.26事件になぞられて発言している者もいるがそのような事でもあるまい。
 ところで、学研の『歴史群像』誌では、2.26事件の特集をやる。この中で私は、事件の首魁だとして北一輝と共に処刑された西田税について記した。
 一般的には、北一輝の門下生だという印象しかなかった西田であるが、改めて彼に就いて勉強し直してみると非常に志が高く、純粋な人であったことがわかる。特に、彼が行地社時代にその機関誌である月刊『日本』第八号に書いた「朝鮮問題と日本の改造」という一文には刮目すべきものである。
 また西田がいう「道義国家の建設」という理想には首肯させられる。そして西田税が残した怪文書の数々は実に格調高い名文である。
 時の権力は、北一輝同様、西田税という存在を非常に疎んじた。従って、軍の既定方針によって死刑にされたのである。彼はまさに復興アジアと維新日本の思想に殉じたのである。
 
 
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