海部之河鐵道。。。ボクの軌蹟

ちょっとそこまでの“小さな旅”の入り口へようこそ

鉄道【蒸機を訪ねて】

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地元愛知及びお隣がメインですが、各地で保存されている蒸気機関車を訪ねて、ココで近況報告をしていこうと思います。
出来れば今も元気に力走している蒸機にも会いに行きたいな。
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D51 777(愛知県刈谷市)

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久々に、地元愛知に保存されているデゴイチに逢いに行ってきました。
今回はD51 777号機。ラッキーナンバー!!!
場所は刈谷市児童遊園。刈谷駅南口より東へ約500m、時間にして5分といったところでしょうか。刈谷病院の東隣です。刈谷豊田総合病院ではありませんのでご注意を(^^;

写真1
<写真1> 全景


着いた早々にΣ( ̄▽ ̄;<げっ!! 園内工事中・・・・・ここまで来たのに入れない?!っと思いましたが、777号機がいる所には入れるようです。O(≧∇≦)O ヤッター!!

いざ入ってみると、ジェットコースターあり、メリーゴーランドあり、ゴーカートありで、お子様にはたまらんちんのスポットなのではないでしょうか。乗物は全て50円だそうです。
って、児童遊園のレポートをしている場合ではない(* ̄∇ ̄*) ハッハハハ
777号機の所へレッツらゴー!

おおっ!いましたっ!ゴーカート乗り場の前に、777号機はいましたっ!!
雨を凌げる屋根付き、奥にはプラットホームもあります。
この777号機は保存会の方々により整備されているようで、若干塗装の剥げもみられますが、状態は良いです。ロッド類に油が塗布されているなど、手入れされています。
ただ、前後ヘッドライトの銀色塗装やキャブ(運転室)内の塗装にやや違和感が・・・・・
あと、キャブ内計器類やレバー類は無く、キャブ下等の配管も若干取り外されているものもあるようです。
意図的に外されているのでしょうか?それとも、盗られてしまったのでしょうか?どちらにしても、ちょっと寂しいですね。

久しぶりのテンダー機の写真を撮るにあたって、いつもどんなアングルで撮っていたか、すっかり忘れてしまったぁ・・・(*^〜^*)ゝ ポリポリ

写真2 写真3
<写真2> 斜め前方より 中津川機関区時代の青いナンバープレートが付いています。<写真3> 後方より
写真4 写真5
<写真4> 右側後方<写真5> 右側前方
写真6 写真7
<写真6> 右側前方より後方を視る<写真7> 左側後方より前方を視る
写真8 写真9
<写真8> 右側(ゴーカート乗場側)足廻り<写真9> 左側(プラットホーム側)足廻り
写真10 写真11
<写真10> キャブ内<写真11> キャブ内
白い天井と壁、銀色の分配箱、赤い分配弁ハンドル、水色の水面計(ー'`ー;)う〜ん・・・・手前の白いブレーキ弁脚台にはレバーはありません。また、その前の空気圧力計、分配箱上の計器類もありません。どこかに保管してあるのでしょうか。それとも・・・・・

写真12 写真13
<写真12> 前面煙室扉部<写真13> 前部排障器
 排障器の向きってコレもあり?

1942(昭和17)年 9月26日 汽車製造株式会社にて製造
1942(昭和17)年10月 6日 多治見機関区に配属
1944(昭和19)年 9月26日 米原機関区に転属
1945(昭和20)年10月31日 多治見機関区に転属
1949(昭和24)年12月10日 名古屋機関区に転属
1959(昭和34)年12月12日 中津川機関区に転属
1972(昭和47)年 9月22日 中津川機関区にて廃車

総走行距離 2,091,187.5km

C11 155(岐阜県大垣市)

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岐阜県大垣市のC11 155号機に会いに行ってきました!ブログ運休中に・・・・・(* ̄∇ ̄*) ハッハハハ
場所はJR大垣駅から東南へ約1kmの所にある“こどもサイエンスプラザ”の中!そう!館内です!
この“こどもサイエンスプラザ”が出来る前までは、同館の南隣のスイトピアセンター前の南駐車場横の機関車展示庫に保存されていました。1994年(平成6年)10月29日に建設中だった同館へ移設され、翌年に同館が完成、オープンしました。

写真1
↑<写真1>前方から

いやぁ〜、冷暖房完備で、至れり尽くせりといった感じですねぇ。
保存状態もサビひとつなく、すこぶる良好。
外壁面は リブガラス貼りなので、外からも その姿を見ることが出来ます。休館日(火曜日)でも見れますよ。
また、155号機が保存展示されている所は、吹き抜けで、2階の渡り廊下(?)からも見ることが出来ます。
高所恐怖症のワタシとしては、ちょっと勇気がいります。
ダメなんですよ・・・・・高いとこ・・・・・2階から写真を撮る時なんて、頭クラクラ状態・・・・・(^^;


写真2 写真3
↑<写真2>左側面から前方へ↑<写真3>左側第1動輪
写真4 写真5
↑<写真4>右側シリンダー部付近↑<写真5>キャブ右側面から前方へ

写真6 写真7
↑<写真6>水タンク右側面からキャブへ↑<写真7>2階から(全景)

写真8 写真9
<写真8>2階から(石炭庫・キャブ屋根)<写真9>2階から(ボイラー・水タンク)

写真10 写真11
↑<写真10>キャブ内↑<写真11>キャブ内(助士席側)
キャブ内は入ることは出来ませんが、覗くことは出来ます。天井にS43年当時の検査票が、まだ付いたままになっていました。

C11形は、C10形の改良型増備機として、1932年(昭和7年)から1947年(昭和22年)までに381両が製造され、タンク機ながらも旅客用としても全国各地で運用されていました。現在もJR北海道・大井川鐵道・真岡鐵道にて計6機が動態保存されており、蒸気機関車の中では、一番多く動態保存されている形式です。
1940年(昭和15年) 8月22日 大阪汽車製造にて製造
1941年(昭和16年) 9月 4日 多治見機関区に配属
1949年(昭和24年) 3月 1日 名古屋機関区に転属
1961年(昭和36年) 3月31日 大垣機関区に転属
1972年(昭和47年) 5月15日 大垣機関区にて廃車

1994年(平成 6年)10月29日 こどもサイエンスプラザ内へ移転

総走行距離 1,323,051.5km

C58 359(三重県亀山市)

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え〜っと・・・実は先週土曜日に写真を撮りに行っておきながら、放置してました・・・
危うく、御蔵入りする所でした(* ̄∇ ̄*) ハッハハハ

っというわけで(どんなわけじゃあ!)

D51が続いてましたので、今回は“C58”です。
D51に継ぐ保存数(56機?55機?(ー'`ー;)う〜ん・・・石川県が・・・??)ですが、残念ながら地元愛知には保存されていないため、三重県亀山市のC58 359号機に会いに行ってきました。
場所は亀山城跡の北隣ますみ児童公園。JR亀山駅から北へ徒歩10分と言ったところでしょうか。亀山城跡の隣と言っても、ますみ児童公園のある所も、もともとは亀山城の敷地っぽいですが・・・(^^;

※画像をクリックすると元のサイズ(600×450pixel)で表示されます。
写真1
↑<写真1>全景
汽笛が・・・・・

写真2 写真3
↑<写真2>右前方から↑<写真3>後方から
煙室扉ハンドルがなんか変・・・盗難にあってから別モノを取り付けた模様。おっ!テンダー後部に変わったタイプのヘッドライト!(あきらかにちゃうやろ!)


C58は、貨物・客車両用の万能機として、戦前・戦後に427両が製造された中型機で、国内製唯一の1C1の軸配置を持つテンダー機。
また、国内において初めて密閉キャブを採用したテンダー機としても知られています。ただC59以降の形式とは異なり、後妻中央にも窓があり、石炭取出口部分のみが開いています。素人考えですが、窮屈そうというか、窓が鬱陶しくないのかなぁ・・・なんて思ったりします。

保存状態は「良い!」とは言い切れないような・・・
屋根があるとはいえ、こまめにメンテナンスしないとサビは防げない、ということを再認識させられます。

あと、写真が撮りにくいですねぇ。贅沢かぁ・・・(^^;
防犯上のフェンスや屋根を支える柱は致し方ないですが、(でも左側の柱近すぎ・・・)359号機のすぐ左隣には小学校との境界フェンスがあり、前後に木々、植え込みもあり、右にセスナありで(ちょっとマテ。セスナってなんだ?)、ちょっと撮りづらい感があります。359号機が窮屈そうにも感じました。


写真4 写真5
↑<写真4>キャブ右下から前方へ↑<写真5>右側給水ポンプ付近から後方へ
写真6 写真7
↑<写真6>ボイラー上のドーム↑<写真7>左側コンプレッサー付近から前方へ
立派なドームの奥にキャブ上部の四角い窓が見えます。梅小路の1号機は丸い形ですね。秩父の363号機は窓自体がなかったかと・・・

写真8 写真9
↑<写真8>キャブ後妻↑<写真9>テンダー後のナンバープレート
中央部分にも窓があるのがわかります。窓下は石炭取出口部分のみ開いています。これは359号機に限ったことではなく、梅小路の1号機もそうです。木製になってます。おそらく、前面煙室扉のモノも木製なのではなかろうかと。

写真10 写真11
↑<写真10>キャブ上↑<写真11>キャブ左側
キャブ屋根の左側樋が・・・塗装がひび割れて一部剥がれてしまっている箇所がありました。

1944年(昭和19年) 1月27日 川崎車輛 神戸工場にて製造

1970年(昭和45年) 3月25日 亀山機関区にて廃車
1970年(昭和45年)12月 4日 ますみ児童公園へ静態保存

総走行距離 1,315,593km

経歴がよくわかんないです・・・どなたかご存知ないでしょうか・・・

D51 609(千葉県成田市)

今回は関東のお友達から届いた写真です。
ひょんなことから、誕生日プレゼントとして写真の交換をしようということになりまして、D51 609号機を撮ってきてもらいました。ちなみにワタシは紫陽花。全然ジャンルが違う・・・(^^;
場所は千葉県成田市の栗山公園
JR成田駅もしくは、京成成田駅から北東へ徒歩5分といったところでしょうか。成田市役所のすぐ側です。
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2000年末から2004年にかけて、公園の整備工事を行うとともに、この609号機の移設がなされたそうです。
その際、屋根とピットを設置したとのこと。ピットがあるなんてすごい!
609号機を下から見学出来るようにと設置されたとのことですが、これは保守の観点からいっても良いのではなかろうかと・・・

あと、写真ではわかりにくいかもしれませんが、周りには柵もあります。ただし、友達が行った時は平日だったためか、柵内へは入れなかったとのこと。土日祝日もしくは、イベント時とかには開放されるんでしょうか?

1941年(昭和16年) 3月17日 日立製作所 笠戸工場にて製造
1948年(昭和24年) 7月 1日 姫路第一機関区へ配属
1957年(昭和32年)11月 1日 長岡第一機関区へ転属
1968年(昭和43年) 4月 1日 坂町機関区へ配属
1972年(昭和47年)12月 9日 新津機関区にて廃車

総走行距離 2,091,092km

D51 470(岐阜市)

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今回は北隣の岐阜県に行って参りました。∠( ̄∧ ̄)
JR岐阜駅から北東へ車で5分程の所にある梅林公園
そこにいるD51 470号機に会いに行きました。
※一部の画像はクリックすると元のサイズで表示されます。
写真1
↑<写真1>全景
金華山の隣、上加納山の裾野に程近い梅林公園に佇むD51 470

写真2 写真3
↑<写真2>左前方より↑<写真3>右後方より
前照燈のレンズは割られていたため、「保存会」の方がオークションにて入手して取り付けたのだそうです。

写真4 写真5
↑<写真4>左側コンプレッサー↑<写真5>右側給水ポンプ
キャブの窓も割られていたので、新調したのだそうです。

D51 470号機も以前は荒廃していたようです。
それを元機関士の方が見かねて岐阜市に自らが整備することを申し出たそうです。
そして、以前ココでも紹介した、春日井市のD51 792の保存会へ赴き、「入ってみないと(保存・復元に関して)わからないこともあるから」と実際に入会されたんだとか。
その後、6年を経て「ぎふ梅林公園D51470を守る会」(以下「保存会」)が発足。現在はその「保存会」の皆さんの手により管理され、同時に修復作業も進められています。
470号機上の屋根は、昨年の平成17年になって、ようやく岐阜市によって設置されたとのこと。

まだ腐食による損害が何箇所か見受けられますが、板当て、パテ埋め等で補修し、塗装は一回、全部剥がしてサビ止め塗装から塗り直し、欠損部品はネットオークションにて入手して取り付けりとか、これまでいろいろ手を加えて、今の状態になったと聞きます。

伺った際に、「保存会」の会長 N原さん(この方が元機関士で最初に整備を始められた方)と、N原さんを「お父さん」と呼ばれていたので、おそらく息子さんではないかと思われる方がいらっしゃいました。そこで、これまでの経緯とか、前照燈、標識燈、キャブ内照明が点灯するということや、煙室内に発炎筒を仕込んで、煙突から煙を出すようにすることもあるなど、いろいろとお聞きすることが出来ました。
これからまだまだ手を加えていきたいそうで、本来可動するべきところは可動するようにしたいだとか、出来ればレールを延長して470号機を(牽引して)動かしてみたいとも話されていました。すごいなぁ。

こうした「保存する」という視点からと、「展示する」という視点からの両方を考慮されていることに、益々もって、頭が下がる思いです。

「ぎふ梅林公園D51 470を守る会」のホームページはコチラ
      ↓↓↓↓↓
http://homepage2.nifty.com/wakai/


写真6 写真7
↑<写真6>右側キャブ下から↑<写真7>鷲のエンブレムが取り付けられているデフ
「保存会」の方の手によるもの。

写真8 写真9
<写真8>キャブ内(機関士側)<写真9>煙室内部
計器類が外されていますが、これは「保存会」の方が自宅へ持ち帰り、磨いているのだそうです。手前のホースは、吹くと音が出る簡易汽笛だそうです。子供が喜びそう。前部デッキ上で煙室内部のことを説明して下さっている「保存会」会長のN原さん。

写真10 写真11
<写真10>テンダー前妻<写真12>ボイラー下
扉下に隙間のような腐食跡が・・・中は損傷ないように思われますが、外は抜け落ちてしまっています。やはり屋根がないと内部にまで雨水が溜まってしまうんでしょうね。外はフォロー出来ても内部に溜まった水はどうしようもないでしょうから・・・


1940年(昭和15年) 2月12日 国鉄大宮工場にて製造
1940年(昭和15年) 2月17日 新鶴見機関区に配属
1944年(昭和19年) 9月14日 平機関区に転属
1945年(昭和20年)11月19日 高崎第一機関区に転属
1949年(昭和24年) 9月 1日 高崎第二機関区に転属
1949年(昭和24年) 9月 1日 高崎第一機関区に貸出
1952年(昭和27年) 8月16日 上諏訪機関区に貸出
1963年(昭和38年) 9月12日 厚狭機関区に転属
1973年(昭和48年) 2月26日 長門機関区に転属
1974年(昭和49年) 4月26日 廃車
1974年(昭和49年) 5月 7日 梅林公園に静態保存

総走行距離 1,674,878.2km

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