|
仕事で行った四国で泊まったホテルの浴室と洗面所である。
全国チェーンの大手ホテルだが設備自体は古く住み心地は決して
良いものではなかった。
テレビだけは大型ものが設置されていた。
お風呂の栓を抜くと洗面所の床全体が水浸しになってしまうのには
驚いた。
このようになる部屋には数回遭遇した。
おそらく同じような部屋は一つや二つではないだろうと想像出来る。
シャワーと受けの金属で接触しているとこに錆が発生していている
のでシャワーを浴びる時に錆びて変色しているところを触らないよ
うに気を使いながら使用していた。
.
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年04月30日
全1ページ
[1]
|
先日、香川県の多度津、丸亀に出張した時のホテルのテレビで
江ノ電の沿線の紹介をしていた。
何となく見ていると昔家の近くを走っていた山陽電車(通称山電)
を思い出して懐かしさを感じた。
江ノ電は鎌倉から藤沢を走っている路面電車で約10年ほど前に
少しの区間を乗ったことは一度だけあるが、そんなに印象は残っ
ていなかった。
沿線の紹介では鎌倉の大仏に始まって、権五郎神社や三浦塚など
は興味深かった。
権五郎神社の権五郎とはおそらく鎌倉権五郎景正(政)を祀ってい
る神社であろう。
鎌倉権五郎景正は平安時代の武将であり、俗に言う坂東平氏であ
る。
源義家の股肱の臣であり、三浦 との逸話は有名である。
江戸時代の歌舞伎の全盛時代を築いた市川団十郎の当り役の「しば
らく」のキャラクターのモデルでもある。
鎌倉権五郎景正はこれから 年前に武家政権を坂東に打ち建てよ
うとした平将門とは同族である。
歌舞伎の市川家の菩提寺である成田山新勝時は将門調伏の為に時
の朝廷が坂東に経てた寺院である。
何となく変な取り合わせであるように思うが一般の庶民には別に
どうでも良いことなのだろう。
将門ファンとしては少し納得行かないが・・・。
鎌倉権五郎景正からは後に名前に代々「景」の字を受け継ぐ、大庭
氏、梶原氏、長尾氏などが出て一族として繁栄している。
しかし、鎌倉時代の終わり頃には長男氏くらいしか残らず、長尾
氏も結局は上杉氏と名前を変えてしまうことになる。
.
|
全1ページ
[1]



