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兵庫県の佐用町の平福に行って来た。
旧摂津国の一部、播磨国、但馬国、丹波国の一部、阿波国の一部が
統合して兵庫県となった。
初代県知事は伊藤博文らしいが学校などでそんなことを聞いた記憶
が全くない。
旧阿波国だった淡路島だけが徳島県ではなく兵庫県に入っているの
は恐らく何か曰くがあるのだろうが今は余り興味がないのでサラッ
と流しておく。
淡路島の淡路は元々は阿波路と書かれていたらしく、阿波に行く
途中の路程度の認識しかない時期があったようだ。
日本独特?の誤字・転字自由だから阿波が淡に変わったのだろう。
菅原道真が太宰府に左遷されて行く途中で淡路島を見て、あれは
どこかと聞いたので阿波路と答えて阿波路となったと聞いた記憶
があるが、確かなことかどうか自信はない。
ちょっと調べてみたら、日本神話と関係の深い日本書紀が編纂され
たのが8世紀初め頃と言われているので、9世紀中頃から10世紀
にかけて生存していたと言われる菅原道真が阿波路といったと言わ
れる伝説は後日に脚色された可能が高くなる。その理由として日本
神話の中で淡路島のことを、あわじのほのさわけのしまと書かれて
いるらしく、ここであわじという固有名詞が出ているので後は乱暴
な言い方をすれば適当?な漢字を当てはめれば良い訳である。
歴史的な人物にはいろんな逸話が残っている場合が多い。
菅原道真も京から太宰府に行くまでに多くの逸話があるらしい。
私の生まれ育った場所では神功皇后に関わる地名や神がかり的な
伝説も残っている。
神戸市内でも神功皇后を祀る神社も多くあり、恐らくそれぞれ
いろんな伝説などがあるのだろう。
ただ、神功皇后そのものの実在も定かで体もあくまで伝説と捉える
のが良いのだろう。
楠木正成が湊川の合戦で死闘を繰り広げた場所も私が生まれた場所
から割りと近場所であるが余りそれらに関する逸話は聞いた記憶は
ない。
しかし、市内では楠木正成所縁の地名は多く残っている。楠谷町、
楠町、多聞通などが思い付くが他にもあるかもしれない。
淡路島は日本神話で重要な位置を占める場所でありながら平安時代
以降は不遇な時代があったように感じる。
でも明石海峡大橋が出来てから阪神間と近くなったので最近はたく
さんの観光客で賑わうようになって来ている。
古代に御食国と言われた再来となってほしいと願っている。
町の作用町の平福である。
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2016年07月22日
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趣味人倶楽部と個人のブログとはほとんど同じ内容のものを書き込んで
いるが、趣味人倶楽部は毎回アクセスが10人までで、退職後の懇親会
で初めて20人の方が訪問している。
個人のブログは2ヶ月くらい前から1日のアクセスを集計しているが
1日平均のアクセスは160を超えて来た。
いつもは100〜200程度であるが、急にアクセスが増える時がある。
昨日などは異例とも思える800を超えていた。
新しい書き込みは愛車の定期点検だった。
さっき確認するとアクセスは300を超えている。
何ともちょっと意味の分からない状態ではあるが、飽きずに書き込みを
続けて行こうと思っている。
ただ、ネットの社会でもあるから一般常識の範囲で書いていかなければ
と考えている。
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