自遊人の日記(ペット、歴史・民俗、考古学、古寺巡礼)

愛犬の旅立ちと共にここでのブログも終了するのかと思うと寂しいですね。

独り言

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生活をしている中で素朴に思ったことや感じたことを素直に書いて行こうと思う。
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一昨日の夜10時頃にテレビが映らなくなった。
以前にも一度くらいあったことがあり、少し時間が経ってから
復旧したような記憶があったので、そのうちに直るだろうと
思ってその日はそのまま寝ることにした。
あくる日テレビを付けても昨夜と同じく信号が受信出来ていな
いエラーメッセージが出たままだった。
テレビや付属品類の電源やテレビ用のケーブルの接続状況も確認
したが特に変なところはない。
仕方がないので会社からその日の午後にeoテレビのサポートセ
ンターに電話を入れた。
対応してくれたのは女性だったが丁寧に話を聞いてくれたが結論
としては、テレビに信号を送っている機器の電源をもう一度入切
して結果をもう一度連絡してほしいと言う内容だった。
それは今日の朝に確認済みだと思ったが、妻にメールを入れて
別の目で確認してもらうことにした。
仕事が終わって家に帰ると家内から連絡があった通りにしたが
変わりがないと言っているので、私も再度点検したが変わりは
ない。
もうどうしようもないのでもう一度eoテレビのサポートセン
ターに電話を入れた。
今度は男性が対応してくれた。
状況を説明すると家の外にあるテレビの信号を受信している
機器のランプが2つ点灯しているか確認してほしいと言うので
懐中電灯を持って玄関の横の壁に高さ2mくらいの所に付いて
いる機械を懐中電灯で照らしたがランプが点灯している気配は
ない。
ところでそのランプはどこにあるのだろうと思って懐中電灯で
機械を照らして行くと機械の底面に小さなランプにようなもの
が3つほどあるがそれらは全く光っていない。
原因は恐らくこれだろうと思った。
サポートセンターの男性はランプを見て来るのを待っていると
言っていたので状況を説明すると未だ他の理由もあるようなこ
とを言うので何にしても早く見に来るなり修理するなりしてく
れるように言ったが、明日の朝に連絡を取って結果をこちらに
連絡することでこの日は終わった。
eoテレビに変えてから4年は経っていないと思うので、これ
外の機械のみ故障だったとしたら納得出来ない気分になりそう
である。
 
先にも触れたが、子供の頃には未だそば飯やモダン焼きも
無かったように記憶している。
勿論、スジ焼きも無ければお好みではないが神戸の長田発祥
と言われる豚キムチもなかった。
行きつけの綺麗とは程遠い?オバちゃんはガラガラ声で常連
さんとよく喋っていたが、手が空くとタバコを一服とばかり
吸っていた。
当時タバコを吸う女性は少なく、今では考えられないが、一般
の女性はほとんど吸う人はいなかった。
タバコを吸う女性に対して良いことを言う大人は皆無だと言って
も過言ではないくらいの時代だった。
だが、このガラガラ声の綺麗とは程遠い?オバちゃんは全く
気にする様子もなくいつものように喋りまくっている。
ガラガラ声の綺麗とは程遠い?オバちゃんの話はこれくらい
にしておこう。
 
話を戻すと、
結婚してからも週に1回程度は家でお好み焼きを作って食べて
いた。
10代の後半あたりから、どろソースが出て来たように思うが
それ以来、お好み焼きにはドロソースが定番のようになって
いた。
家でお好み焼きをする時は市販のどろソースを買っていた。
いつものようにお好み焼きにどろソースを塗って食べた後に
夜中にお腹が痛くなってトイレに行ったことがあった。
夜中にお腹が痛くなってトイレに行くのは子供の頃以来、
ほとんど記憶がないので、あれっ?と思っていた。
その後も家でお好み焼きを食べる度に夜中にお腹が痛くな
ったので、これはおかしいと病院に行って腸の検査をして
貰った。
結果は医者から大腸憩室だと言われた。
原因は恐らくストレスによるものだろうと言われ、サラリー
マンに結構多く、自分がそうだと知らない人も多いらしい。
その時は特に薬などは必要はないが、出来るだけ刺激物など
は控えた方が良いと言われた。
それ以来、どろソースは使わないことにし、餃子もラー油を
タップリ付けていたのは控えるようにした。
それまで餃子を食べる時はラー油をタップリとタレに入れる
ので酢醤油がメインなのかラー油がメインなのか分からない
ような状態で餃子を食べていた。
そうして改善して行くと夜中にお腹が痛くなってトイレに行
くことは無くなった。
大腸の手術をした先輩は小柄ではあったが華奢ではなかった
が、術後見る間にガリガリになっているのを見て驚いたのを
覚えている。
その後は元の体型に戻ることはなかったが、あれから10数
年が経っているがどうしているのだろうか。
術後の先輩のイメージがあるので出来るだけその後も刺激物
は控えるようにしている。
私の場合はひょんなことから大腸憩室というのが分かった。
神戸で生まれ育ったが、現在では考えられないくらいお好み
焼き屋が多かった。
住んでいる所から100m以内にはお好み焼き屋2〜3軒は
あった。
その中でも綺麗とは言えないおばちゃんがしている汚い店が
美味かったように記憶している。
現在の感覚からすればとても行かないような店である。
だが当時は何の違和感もなく店に行っていた。
自分で店に行くことはほとんど無かった。
母親から言いつけられてお好み焼きを買いに行ったり、冷や
ご飯を持って行って焼き飯にして貰ったりしていた。
勿論その頃にはそば飯も無ければ、モダン焼きも無かった。
そんなお好み焼き屋に積極的に寄り付かなかったのには
ちょっとした理由があった。
昼過ぎ以降くらいにそのお好み焼き屋に行くと必ずと言って
いい程お好み焼きをアテにして酒を飲んでいる大人がいた。
中にはベロンベロンに酔っ払っている大人もよく見かけた。
それが子供心に嫌なものに見えたのだろう。
その店に限らなかったのだろうと思うが今では考えられない
ような値段の焼酎を売っていたようだ。
そんなとんでもない値段の焼酎にはそれなりの理由があった
のだろう。
うちの鉄工所に勤めている職人で仕事が終わると毎日その
お好み焼き屋に行く人がいた。
お好み焼きを食べて例の焼酎を飲んでいたが時々ベロンベロン
になって奥さんが迎えに来ることもあった。
その男性が今で言う顔面神経痛で口が歪んでいた。
当時はそんなことは知らないので安い焼酎のせいで口が歪んで
いるのやと子供心に思っていた。
それもあって未だに焼酎には少し抵抗があり、飲む時は決して
変に安い余り聞いたことのない銘柄の焼酎は飲まないように
している。
こういう子供の頃の話でも疑問に思ったことや印象的なことは
50年以上経った今でも割りとしっかりと記憶しているもので
ある。
あの頃の好奇心旺盛で感受性の強かった子供はまだ私の心の中に
強く生きているのかもしれない。
 
この話はもう少し長くなりそうである。

大型連休の後は出勤するのが憂鬱になる。
おまけに雨まで降って少し肌寒いと来ている。
出勤する条件としては良いとは言えない。
大したこともしないまま連休が終わってしまうのは今回に
限ったことではない。
卒業以降この時期に旅行などの行くことも無くなった。
行くのならもっと空いている時期に行くことにしている。
 
連休の後半に芸能ニュースで玉置浩二が大腸憩室炎で入院
というニュースがあった。
元々玉置浩二は好きな芸能人でもなかったが、最近NHK
番組で玉置浩二の歌を聴く機会があって、年齢なりに歌唱も
変化して来ているのを知り、それからYOUTUBEで悲しみに
さよならはよく聴いている。
 
この大腸憩室炎には少し因縁がある。
実は私も10数年前に大腸憩室と言われている。
それ以来明らかな炎症は起こしていないので大腸憩室炎には
至っていないが大腸憩室は治ることはないようだ。
 
大腸憩室でも酷い状態になると出血をするらしい。俗に言う
下血という状況である。
10数年前に同じプロジェクトの仕事をしていた先輩がこれで
手術をした。
それは仕事に追われて日曜日に出勤している時に大量の下血
をして緊急にすぐ傍の総合病院に入院し、大腸を切る手術を
したらしい。
私はその数年前に医者から大腸憩室と言われていたので酷く
なるとそうなるのかと思った記憶があった。
幸いそれからは大した症状もなく過ごしている。
熊本県の地震で被災された方にお心から見舞い申し上げます。
 
天災は忘れた頃にやって来る。
とは寺田寅彦の言葉と言われているが現在の日本の状況は
天災は忘れる前にやって来ると言い直した方が良いような
状況としか思えない。
地球の歴史から見れば連続的に日本列島で大地震が起きて
いると言っても過言では無いように感じる。
 
阪神大震災で酷い目あったのが21年前だと思ったら、
東日本大震災が5年前で数日前の熊本地方での大地震。
阪神大震災の後に東日本大震災があった時には阪神大震災
のことを思い出し、今回の大地震のニュースを聞いた時も
あの忌わしい阪神大震災直後の記憶が甦ってきた。
まさか60年ほどの人生でこんな大きな地震が3回も
あるとは想像もつかない。
同じような地震を入れるともっと回数は増えるだろう。
 
今回の地震でも運良く被災を免れた私たちは何をすれば
良いのだろうと考えてしまう。
義援金を送ればいいのか?
ボランティアに行けばいいのか?
等々。
国民のそういった支援もだいじではあるが、昨日辺りから
聞こえて来る、
支援物資が届かないところがある。
避難所などのトイレが使えない。
避難した人たちの不在の家に空き巣が頻発している。
等々。
 
ちょっと待ってくれ‼
こんなことは21年前の阪神大震災でも5年前の東日本
大震災でも言われていたことである。
あれから被災者に即応出来るシステムは全く構築されて
来なかったということか。
大震災があった場合は総理官邸から自衛隊は行け‼
各都道府県の警察行け‼、消防局行け‼と掛け声を
掛けるだけか?
昨日のNHKの座談会でもある人が、
大きな災害があった場合は専門家がトップに立って、
それを行政がサポートするの形が望ましいのではないかと
言っていたが全くその通りだと思う。
よく分からない人たち、即ち、官邸のトップから各自治体
の首長が権限を持って対応している結果が今の現状だろう。
あの阪神大震災や東日本大震災で一体何をこの人たちは
学んだのだろうか?
 
余りにも情けない話である。



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