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私自身が食の安全と言うことを身近な問題として感じた最初の出来事は、神戸から加古川に
来てからで、内容は以下の通りである。
私が神戸から加古川に移って来たのは20数年前で、最初は市内の中心部に近い所だったので、
周りには田んぼなどは見当たらず、少し離れたところには田んぼは散在していた。
最初は分譲マンションに居たが妻の希望もあって、16年ほど前に今居る1戸建てに引っ越して
来た。
9戸が団地で分譲していた、南北に2列上に並んでいて南側の方の真ん中の家を購入した。
北側の家の北は一面の田んぼだった。
横には幅1.5m、深さ1mくらいの農業水路があった。
横の畦道を犬の散歩などで通った時に水路の中にザニガニ、ヤゴ、モロコ(鮒の子?)などをよく
見掛けた。
今でもそうであるが5月頃から田植えが始まって水が張られると蛙が鳴き出す、時にはうるさく
思えるほどである。
家の周りにはアマガエルが壁などのへばり付いていることがよくあって、それを観察している時
に、アマガエルが保護色の機能を持っていることを知った。
前置きはこれぐらいにして、
秋になると米の収穫になる。その後ぐらいに祭りが始まり、収穫と祭りがが一体化していること
を実感した。
収穫の後に田んぼに丸太を組んで稲穂を干している。
その数はどう見ても収穫の一部のように感じていた。
その疑問を同じ会社の実家が農家で農繁期には手伝いをしている同僚に聞いてみたことがある。
一部しか稲穂を干していないのではと言う疑問に対しては、自分達が食べる分は干してから食べあ
るが、農協に出す米は余り干さない。
理由は干した方が米が旨いと言うことだった。
その後に同僚が言った言葉が驚きだった。
「自分達が食べる米には農薬を少なくしている」
えっ、と耳を疑ったが特にそれに対して言及はしなかったが、それ以来、そのことについてはこと
あるごとに考えることがある。
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