自遊人の日記(ペット、歴史・民俗、考古学、古寺巡礼)

愛犬の旅立ちと共にここでのブログも終了するのかと思うと寂しいですね。

地元の話

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生まれ育った土地や生活している土地の近くの所を含めて、いろんな知り得たことを書きたいと思う。
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今回は「駅そば」を紹介する。

有名なのは姫路駅のホームにあるもので新幹線の近くのものを含めて、駅構内だけで
3、4ヶ所はあると思う。
私の住む加古川駅にもあったが駅を改修した後にはなくなってしまった。
山電高砂駅にも長らくあったが、数年前にはなくなってしまった。
加古川、高砂には馴染まないのだろうか?
現在は姫路しかなくなってしまったように感じる。
出張をして、新幹線の姫路駅で下車する時は駅そばのパック(写真参照)になったものを
買って帰ることがあって、家でも簡単に作ることが出来るので重宝している。(写真を参照)

そばと言っても中華そば風のアレンジした麺に和風の出汁をいれ、独特のてんぷら又は
通常のきつね(薄揚げに味を付けたもの)を添えたりする。

たまに姫路駅のホームで駅そばを食べることがあるが、これも調理をする人間の感性の
問題でもあると思うが、微妙な心遣いで麺の食感が大きく違ってくる。
そば用の黒い椀を数個並べていて、先に茹で上がった麺を入れておいて注文が来たらすぐ
に出汁とねぎとてんぷらなどを入れて客に出す。
確かに客には早く出せるが、麺が伸びたようになっていて、麺の旨味と言うか歯ごたえが
なくなっている。

こう言うマニュアル通りに簡単に作って客に出すような食べ物が巷には増えているが、そ
れを行う人間のレベルが低いというか、まったく餌を作っているとしか思えないような光景
をよく見掛けて嫌になることがある。
これもそうである。店の横の自動販売機でチケットを買って、チケットを出す時に中を見る
と椀に麺が入っている。中にはその麺を茹でて行く場合もあるが、ほとんどが茹で上がった
ものが多い。
嫌〜な感じを抱きながら出来上がって行くのを見ていて、出来上がって一口食べてみると
やはり麺が伸びている。
「こう言う無神経な人間が調理をしたらいかんな」とか「会社は一体何を教育しているのだ
ろうか」などと考えながら食べている。
たまたま腹が空いていたので、量事体もそんなに多くないこともあって食べてしまう。
何か割り切れない気持ちを持ちながら駅そばを食べ終わることがよくある。

でも、普通(?)に作った駅そばは美味しいですよ。

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私の現在住む加古川市には「カツめし」と言うB級グルメがある。
加古川市に住み人はB級グルメとは思っていない人が多いようであるが、私のように
神戸の長田で育って、「そばめし」とか「豚キムチ」を生んだ所の人間から見れば完全
にB級グルメ、ひょっとしたらC級かも知れない。(これは地元の人には言えない)
と言うのが、このカツめしを食べる地域は凡そ、加古川市と高砂市くらいのようなの
である。

二つの町を合わせても40万人に満たない地域である。
最初食べた時は変なものを食べたと言う感覚であった。
何回か食べる内に違和感無く食べられるようになったが、外の店に行ってまで一人で
食べようとは思ったことがない。
家で作る時は薄いビフカツを揚げて、専用のタレを買ってきて、野菜をたっぷり添え
て出来上がりである。
家内も加古川育ちのせいか上手に作る。

加古川に来ることがあれば一度食されることをお勧めします。
結構、繁華街の喫茶店などでも出してくれる所があります。
(写真はお弁当に入れてくれたものと喫茶店のショーウィンドウに出ていたもので
 カツライスとなっていますがカツめしです)

駅そばは後日紹介します。

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宮本武蔵(2)

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前に述べた播州(特に東播)の地元での武蔵・伊織(特に武蔵)に無関心であることであるが、
小さな地域のことで言っても、旧播州米田村は「米田」と言う地名を付けた理由として米が
よく取れて米俵を沢山積み上げたことに由来するらしい。
その米田村が現在は加古川市米田町と高砂市米田町に二分されている。
これもこちらに来てから除々に分かってきたことであるが行政の怠慢と言うか、行政の勝手
というか、そう言ったことで住民がいろんな不便を強いられている。
本来は住民の便利を第一に考えらなければいけないのが、お座なりになっている。
これもおかしなことであるが、住んでいる住民からは不満などは余り聞くこともない。

播州(播磨国)は昔から気候風土に恵まれ、国の穀倉地帯として豊かな国であった。
奈良時代頃には京にも近いこともあって一等国の扱いで、後に清盛が播磨守に任官し、
伊予守の時と共に、後の栄進の基礎となる財力を貯めることが出来たと言われるほどである。
仕事柄、全国を渡り歩いていると、その土地の気候風土が微妙にその場所に住む人達の気質
や文化に大きな影響を与えていることに気が付くことが多い。
気候風土に恵まれた土地から国を動かすような人間は出難いというのがあるが、播州がまさ
しくその通りである。
明治維新の原動力となった人達が江戸より遠く離れた薩摩、長州、土佐と言う所から多数出
たと言うのもそれと関連があると思う。

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宮本武蔵(1)。

今の家に引っ越してから10数年になるが、こちらに来て初めて武蔵が播州生まれの
可能性が高いことを知った。
神戸に生まれ育った人間にとって、それは驚きと言うか衝撃的だった。

武蔵と言えば「作州浪人宮本武蔵」と覚えているように美作(現在の岡山県東部)の出身
の人のように思っていたが、それは吉川英治の小説の影響が大きく作用しているよう
だ。別に作州生まれでもなくても、育ちだけがそうであっても「作州浪人」と言うだろ
う。
また、武蔵には余り興味がなかったが、晩年の武蔵を描いたテレビドラマ「それからの
武蔵」を父がよく見ていたので、他にテレビがなかったので、しょうがないから見てい
た。
今から思えば何となく月形竜之介演じる武蔵に好感を持った記憶がある。
この話は今から40数年前の話だ。

武蔵が生まれたのが播州(播磨国)米田村か美作かで説が分かれているようであるが、
専門家の間では播州説が有力だと聞いている。
確かに縁故のない播州米田村の伊織を養子にすると言うことは考え辛く、個人的には
これが播州説の有力な根拠になると思っている。
当時の文化圏として播州と美作は近い位置にはあるが、距離としては途方もなく遠い
と言える。
遠い美作で生まれ育った人間が何故遠い縁故があったとしても播州米田村の青年を養
子にするだろうか?
それは武蔵自身の出生が播州(米田村)だったからだと推測する。

ただ、この地域には外から来た人間として感じることであるが、非常に武蔵に対して
無関心であること間違いない。
毎年、武蔵・伊織祭りを開催しているが、もう一つ盛り上がりに欠けるような気がす
る。
大きな要因の一つとして播州(特に播州東部:東播)に住む人達の特性と言うか特質と
言った方が良いのか、それが大きく作用しているように感じる。
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加古川の苗字。

私の住んでいる加古川市という所は人口が20数万人の町で、神戸生まれ
の私には中々馴染み難い所であったが、こちらに来てから20年が経つと
少しは馴染んでいるのだろうか?

数年前に暇に任せて電話帳で加古川市の苗字を調べて見ると、何と第1位
は長谷川でした。長谷川といえばオリックスからマリナーズに行って、
先頃引退した長谷川投手が同じ町内の出身で、確かに長谷川姓は多い。
それが加古川の特色でもあるようだ。
第2位以下は別の機会に譲るとして、その他で注目する苗字は「糟谷」「梶原」
だろうか。糟谷氏は加古川の領主だったことの影響だろうか?
梶原氏はあの有名な梶原景時の一族が播州に下向(?)したことによるのだろ
うか?
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