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18歳で大学入学とともに上京し1年半、寮生活をした。これは親の関係の施設で、狭い1部屋に二人。同部屋となったのは、H大学に一浪で入ったという男。このひとが、朝晩、部活の関係で拳法の型の練習をしたり拳での腕立て伏せするのは許せたが、タバコ吸うのと、音楽をカセットで聴くのには辟易した。型の練習は見なければ良いが、煙や音は防ぎようがないのだ。ものすごくストレスがたまって、これによって随分自分の人生が狂ったとさえ考えている。初めて「殺意」というものを感じたのはこのときだった。
そのとき、朝、夕、晩と繰り返し連日聴かされたのが、荒井由美であった。結婚して松任谷姓になる1976年だった。いちばんかけてたアルバムはたぶん「ユーミンブランド」だったと思う。
「あの日に帰りたい」からはじまって「翳りゆく部屋」に終わる。連日その繰り返しだった。
その男は「この子、歌上手いんだぜ、でも今度結婚しちゃうんだけどね」とか言っていたが、子供のころから「クラシック」を聴いていて、当時バッハのシャコンヌとかが音楽だっと思っていた自分からすれば、その甘ったるい、国籍不明な、安易でわがままな音楽は許せなかった。しかも腹式呼吸できてないし、そもそも音程が悪いじゃないか、という感想だった。それでも毎日聴いていると、いやでも音楽は覚えてしまうし、ユーミン独特の歌い回しが細かいところまでインプリントされてしまうのであった。
それから時が経ち、1990に現代ギター社から、竹内・水越編でギター・ソロによるユーミン作品集がでた。過去の悪夢に懐かしさを覚えて買ってきてさっそく弾いてみると、なかなかいいじゃん、という感じ。さらに、ユーミンのアルバムをまた聴きたくなって、レコード屋に行って、人生初めて、「ポピュラー音楽」コーナーで、ユーミンブランド1,2,3を買った。レジにまるでエロ本を買うときのような恥ずかしさでカセットを差し出したのを覚えている。
そこから、火がついて、当時の最新アルバム「LOVE WARS」「天国のドア」もカセットで買った。その後、CDプレーヤーを買ったので、手に入るいろいろなアルバムをCDで買ってきて、連日ユーミン漬けとなった。ポピュラー音楽の持つ「感覚的な快楽を徹底的に追及する」という姿勢を始めてこれによって理解した。
ただし、ユーミン熱も、その後の自分の転職等で立ち消えとなった。その結果、家には90年代前半までのユーミンが沢山ある。
なお現代ギター社からは1997年に第2集がでている。
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