●ぷるちゃんの北陸単身赴任生活

単身赴任も8年目! こりゃ定年まで北陸か

ボランテイア

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今、私のブログで、この国で行なったボランティア活動の体験を綴ってい
ます。もし、宜しければ見て下さい。

当時は、トイレや井戸といったインフラ整備がこの国課題でありました。
しかし、近年では、この井戸に砒素が混入し、この水を飲み水や生活用水
として使用する事で健康障害を陥る問題が発生しているそうです。

また、地球温暖化の影響も深刻で、海の水面が上がり土地が侵食される事
で生活の場を失われつつあると言う問題も生じているそうです。
イメージ 1


日本国内の政治も荒れ始め、この様な国の援助なども忘れがちですが、
みょっと違った視点で、我々の生活を考え直す事も必要なのではないで
しょうか。

そのバングラデシュ国について簡単にまとめましたのでご覧下さい。


【面積】 14万4千km2
【人口】 1億2,925万人(2001年)
      (人口増加率:1.48%)
【首都】 ダッカ
【人種】 大部分がベンガル人
【言語】 ベンガル語(国語)、成人識字率:48.7%
     (1998年)
【宗教】 イスラム教徒88.1%
     ヒンズー教徒10.5%
     仏教徒0.6%
     キリスト教徒0.3%(1991年)
【略史】 1947年8月14日  パキスタンの一部(東パキスタン)として独立
 1971年3月26日  バングラデシュとして独立
バングラの鮮烈な思い出の続きを始めます。

バングラ到着1日目は、たしか5時起きでした。
井戸を掘る村までは、首都ダッカから約50kmの距離をバス移動する
のですが、ダッカ市内を抜けるのに1時間以上は掛かるので、毎朝早起き
し朝のラッシュを避けていました。

初日の朝は睡眠3時間程度、がんばって起き、ホテルで朝食を食べました。
ホテルの朝食は、食パン2枚、卵焼き、それとフルーツ、コーヒの質素な
ものでしたが、これが後で最もおいしい食事であるとは誰もが想像もしてい
ませんでしたが。(話が進むにつれ、理解できます。)

朝食を終えて出発の支度をし、ホテルの玄関に集合。


ホテルの前には大きな川、朝霧で対岸がはっきり見えなかったのですが、
霧が晴れてくると....

川の岸に小さな家がところせましと立ち並んでいます。
その家の前の川で水を汲み、水浴び、歯を磨いている人がはっきり、
見え、首都ダッカ都心部でも水道が無い家がある事がその光景を見て
理解できました。
(その川の水は、汚れて悪臭が漂う水でした。)
イメージ 1


その後バスが到着。バスに揺られながら、ダッカ市内を横断しました。

ダッカ市内の光景です。
イメージ 2

イメージ 3


町には高層ビルは無く、2階建ての小さな商店が国道の両側に立ち並び、
車は走っていますが、市民の足は三輪車やバイク、自転車が中心だったと
記憶しています。
とにかく、人は多く活気に満ちた町並が切れること無く続いていると言う
印象が残っています。

国道沿いの商店で売っているものは、バイプや鉄板、自転車屋、バイク屋
などの生活に直結するものが殆どでした。

中には"BMW"や”トヨタ”の看板を上げている店もありましたが、
そう多くはありませんでした。



そんな町並みの中を1時間半程度走ったでしょうか、しだいに建物が
無くなり、今にも倒れそうな小屋が立ち並ぶ光景に変り、そして田園
風景になって行きます。

道も狭く、舗装も無くなり、荒れた道に揺られながら、目的の村(ナラヤ
ンガンジ郡ラプガンジ地区ミアバリ村)に到着。我々の到着を遅しと数十人
の村人が待っていました。
イメージ 4

イメージ 5


村人は人なつっこい性格で、大人も子供も我々ボランティアの傍から離れ
ようとはしません。
一番印象に残っているのは、小さな娘がしっしん(できもの)が出て、何か
良い薬が無いかと相談され、”オロナイン軟膏”を一本差し上げた記憶が
残っています。父親は本当に嬉しそうでした。

しかし、それ以外の大人は"たばこ"、子供は"キャンディ"目当てである事が
後に理解できましたが...

そんなこんだで、村の駐車場から”井戸”と”トイレ”を作る作業場までの
約3kmをボランテァア全員と村民とで一緒に移動を開始。

途中の川に掛かっていた"橋"を思い荷物を持ちながら、渡るところから
今回のボランティア作業の開始です。
イメージ 6


この写真の橋が掛かっている川、はっきり言って"ドブ"です。
でも、この川の水が村民のライフライン。
この川の水で、食事を作り、水浴びをし、歯を磨く、そんな生活が当たり
前の村の生活なのです。

本日はここまで。
かれこれ4年前の古い体験ですが。

非常に貧しい国"バングラディシュ"へ、"井戸堀り"と"トイレ造り"
ボランティアに参加した時の話を紹介致します。

イメージ 1

イメージ 2




この体験を紹介する理由は、今日のニュースでアフリカのマサイ族が
干ばつの影響で水が無く、井戸を作る為の寄付(donation)をお願いす
る姿が取り上げられていました。
似たような体験から、ボランティアの事を思い出し、是非紹介したく
なりました。(つまらないブログになるかもしれませんが、お付き合いを!)

今回だけ全てを伝える事は出来ません。数回に分けて綴っていきます。
「ブログテーマからは逸脱しますね!ごめんなさい。」
若い方は是非読んで下さい。



私を含め、現在日本に住んでいる方には想像出来ない体験でした。
バングラデッシュは....
もう4年も前の事です。しかし、今でも鮮明にかつ強烈な記憶となって
残っています。

光景、匂い、味、そして、貧富の差...


着陸間近い飛行機の窓に見える光景から...

電気が殆ど通っていないバングラデッシュ郊外が深夜に飛ぶ飛行機の窓
から見えてきます。ろうそくの微かな小さな光がはるか彼方まで無数に
散らばって、揺らぐ光が..

私はこれまでに多くの国を訪れましたが、こんな光景は見た事はありま
せんでした。バングラデッシュへ向かう飛行機の出発地シンガポールの光景と
比べると信じられない光景です。...

飛行機が到着地である首都"ダッカ"に着いたのは、午前1:00過ぎだった
と記憶しています。
小さな国際空港は中東に近いアジアらしく、黄色と緑を主とする案内掲示板
や非常口の掲示板が妙に強烈なインパクトがありました。

空港の入国審査を終え荷物を受取り、出口玄関へ向かうと数百人を超える
人々がフェンス越しに我々を羨ましそうに見つめています。
※中国なんかでも同じ様な光景はありますが、全く違った印象で威圧感がありました。
小さな子供を抱いたお母さんや、多くの子供達、午前1:00の深夜を回って
いるのですが何故か、空港に大勢の人たちが訳も無くたむろしている。
これがダッカの地で最初に見た光景です。

当然、空港を出ると、バングラデッショ語で何を言っているかは判らないが
何かをねだる人、荷物を狙っている人。ぞろぞろ、私に付いて来きます。
現地NGOの手招きで特別ゲートの方へ誘導され、付いて来る人から離れる事が出来き、物を取られる事や襲われる事はありませんでした。

特別ゲート内に駐車しているホテル行きのバスに到着。
バスと言っても、古い日本製(いすゞ)のバスです。
でも、シートはぼろぼろ、窓は汚れて雲り、ボディはあっちこっちがへこん
でいるバスでした。
イメージ 3



バスに入ると、妙に効き過ぎた冷房に凍えた記憶があります。外気が40℃近いのにバスの中はおそらく20℃ぐらいまで冷えていた様に感じました。
そのバスに揺られる事、約1時間、暗い国道を走り小さなホテルに着く事ができました。そのホテルがこちらです。
イメージ 4



この日は、関西空港⇒シンガポール⇒ダッカの行程で、合計14時間以上
飛行機に乗ったのではないでしょうか。
時差2時間を含め、ほぼ24時間は飛行機と空港の中にいた事になります。

明日から始まるボランティア活動、村人とのふれあいに胸時めかせながら、
疲れきった体をベットに倒した瞬間に眠りに付いたと思います。



////と言うことで、今日はここまで、興味がありましたら、明日の続きを
楽しみにして下さい。


それでは

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