拓殖大学第一高等学校相撲部

メインは拓大一高相撲部ですが、拓大相撲部の活動状況も報告いたします。

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仲間たち!!

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国体の時にお世話になった人たちを何人か紹介します。

上の写真はご存知かとは思いますが静岡県の加藤耕一選手(左)と東京農業大学相撲部監督の小松勝彦さん(右)です。以前は東京都の同じチームとして各大会へ出場しました。加藤さんの思い出の一番は何と言ってもアマチュア横綱になった決勝戦の一コマ。長い間苦労を重ねての栄冠でした。
小松さんは富山国体成年A決勝戦の大分との中堅戦。当時学生横綱になる直前の垣添選手をもろ差しになられてからのかんぬきでがっちり両腕を極めての極め出し。あの一番で東京都優勝が確定したのは間違いありません。ちなみにアマチュア選手権では2度3位入賞しています。

下の写真は拓大の同級生である、小村仁志(鳥取県成年監督)と柔道部OG伊藤(旧姓:夏井)里江子さん。小村君は技の切れ味抜群で、学生時代4年間レギュラーで、更には全国体重別90kg未満級3回の優勝と世界選手権軽量級で2度優勝しています。未だにこの世界選手権軽量級では二度チャンピオンになった選手はおりません。彼のテクニックを4年間目の当たりにしたことで、小さい選手への指導が今活かされています。
伊藤さんは在学中拓大女子柔道部の全盛期で、団体や個人で常勝していた頃に頑張っていたうちの一人です。拓大女子柔道部がインカレで団体優勝した頃の一員でした。今回はわざわざ地元開催ということで応援に愛息子を連れて駆けつけてくれました。皆さん、大変お世話になりました!!今後ともよろしくお願いいたします。

顧問紹介

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布施 美樹(ふせ よしき)


段位:五段


昭和49年5月8日生まれ

青森県木造町(現つがる市)で生まれ、北海道桧山郡上ノ国町にて育つ。

小学校2年次に農作業用カッターに巻き込まれ、右腕を切断する。事故後利き腕を左に換えて、書道(弐段)・珠算(2級)・柔道(弐段)を始める。柔道ではメキメキ実力をつけて中学2年次に全道大会に出場するまでに。高校進学は柔道でと考えていたが、中学3年次に組み手の研究をされて競技者としての限界を感じる。相撲で北海道屈指の強豪大野農業高校相撲部総監督(当時)の安藤幸紀先生の勧めと大相撲若・貴ブームの影響も受けて、高校では相撲をすることに。2年・3年次に北海道チャンピオンとなり、また、3年次のインターハイでは準々決勝(ベスト8)まで勝ち進んだ。また、大学ではこの実績をもとに、拓殖大学政経学部政治学科に入学。当時の拓大相撲部の1学年上には元幕内力士の栃ノ洋が在籍し、彼が学生横綱になったときのタオル持ちをしていた。(自己満!1)4年次にキャプテンを務め、1年間の就職浪人後、拓殖大学第一高等学校地歴・公民科教諭として赴任し、クラブ顧問暦は女子ソフトテニス部→柔道部→柔道・相撲部→相撲部→現在に至る。

高校時代の会心の一番は、弘前実業高校の対馬竜太(元幕内:岩木山)を下手出し投げで降した一番。
                               (3年次インターハイ団体副将戦)
大学時代の会心の一番は、中央大学の福里紳太郎を右突き落としで下した一番。
                             (4年次東日本学生選手権団体二陣戦)
社会人での会心の一番は、山梨県の岡淳一上手投げで下した一番。
                              (関東ミニ国体教員の部個人決勝戦)
その他、高校3年次NHKのど自慢にて吉幾三の「酒よ」を歌って合格した(自己満!2)


実績


高校1年次
インターハイ出場(団体:先鋒、0勝5点で予選落ち)
選抜十和田大会出場(団体:交代選手、1勝4点で予選落ち 個人:初戦敗退)
全国高校新人大会出場(団体:大将、0勝0点で予選落ち 個人:初戦敗退)

高校2年次
インターハイ出場(団体:副将、1勝5点で予選落ち 個人:1勝2敗で予選落ち)
東西対抗大会 軽量級 ベスト8 敢闘賞受賞
選抜十和田大会出場(団体:先鋒、0勝0点で予選落ち 個人:3回戦敗退)
石川国体出場(団体:中堅、1勝2点で予選落ち)   
選抜弘前大会出場(団体:先鋒、0勝1点で予選落ち 個人:初戦敗退)
全国高校新人大会出場(団体:中堅、1勝3点で予選落ち 個人:3回戦敗退)
高校番付 前頭17枚目

高校3年次
インターハイ出場(団体:副将、3勝13点で予選通過、ベスト16 個人:2勝1敗で予選通過、ベスト8)
東西対抗大会 団体勝ち抜き戦4連勝! 敢闘賞受賞(2年連続)
山形国体出場(団体:中堅、2勝5点で予選落ち)
高校番付 前頭7枚目、大野農業高校は前頭13枚目


大学時代
1年次:新人戦・体重別・リーグ戦(途中出場)出場するも全くいいところなし。
2年次:選抜十和田大会に二陣で出場するもいいところなく予選3回戦で降板。特に、団体予選1回戦で近大と対戦し、インターハイベスト8で敗れた鈴木武治郎選手との再戦(二陣戦)も全く同じ体勢で敗れる。個人戦も初戦敗退。体重別も初戦敗退。
3年次:選抜宇佐大会で個人戦に出場するも初戦敗退。選抜十和田大会個人戦でようやく大学初白星を立命館大学の石田選手からあげ、この大会を皮切りにリーグ戦・インカレ(個人)に出場してぼちぼち勝てるようになった。
4年次:選抜宇和島大会で予選3回戦から中堅で出場し、キーポイントで貴重な1点をあげた。個人戦は初戦敗退。同じく東日本選手権でも決勝トーナメントから中堅で出場して1点をあげる。選抜十和田大会は中堅戦で、当時日体大のポイントゲッターだった恒賀正則選手を二枚蹴りで破り(恒賀選手には高校時代も対戦し、下手出し投げで勝利している)、新たな必殺技を身につけた。個人でも自己最高の3回戦まで進出した。学生最後の大会である学生選手権大会は個人戦のみ出場。2回戦で敗退した。


社会人
平成10年度〜平成13年度 全国教職員相撲選手権大会 団体戦 ベスト8(東京都:中堅)
平成11年度 全日本選手権に出場。
平成12年度 関東総合大会教員の部 団体・個人優勝。
平成13年度 関東総合大会教員の部 団体優勝、個人準優勝。
平成30年度 東日本実業団相撲選手権大会 団体二部 ベスト8(拓殖大学教職員:大将)
令和元年度  東日本実業団相撲選手権大会 団体二部 第三位(拓殖大学教職員:大将)

全日本相撲選手権大会出場1回
国民体育大会出場通算8回
(高校時代:石川・山形の2回、大学時代:広島・大阪の2回、社会人:熊本・富山・高知・秋田の4回)


舞戸保育所(青森県:鯵ヶ沢町)
→上ノ国町立河北小学校
→上ノ国町立河北中学校(統廃合、現上ノ国中学校)
→大野農業高校(http://www.oononougyou.hokkaido-c.ed.jp/
→拓殖大学(http://www.takushoku-u.ac.jp/
→拓殖大学第一高等学校教諭(http://www.takuichi.ed.jp/


道場指導暦
平成 9年〜平成10年 長谷川道場(埼玉県戸田市)現在は閉鎖
平成10年〜平成11年 朝霞市相撲道場(埼玉県朝霞市)
平成11年〜      府中住吉相撲道場
平成30年〜      三鷹相撲クラブ


その他

ウィキペディアにも載っています

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%83%E6%96%BD%E7%BE%8E%E6%A8%B9

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