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「あなたは今、どこにいますか?」 「はい・・大学の中庭にいます。」 「何が見えますか?」 「はい・・学生が歩いているのが見えます。」 片桐友里は、催眠状態の中で、小型の無線機に接続されたイヤホンから聞こえてくる立花の声だけに反応していた。「無線機とイヤホン」は、被験者が周囲の雑音に惑わされずに、教授の声だけに集中しやすくするために、半年ほど前から立花教授の考案によって使用されていた。 「学生が歩いているのですね?」 「はい・・そうです・・。」 「何人の学生が見えますか?」 「一人・・だけです。」 「では、その学生は男性ですか?女性ですか?」 「男性・・です。」 立花は、興奮を抑えながら友里の様子を観察した。仮想世界に「物質・物体」以外の対象が出現したのは、これが始めてだったのだ。 (会話は成立するだろうか?) (仮想の人間と会話するということは、仮想の人間に人格を与えるということだ・・) 「で・・では、その学生に話しかけてみましょう。」 「はい・・話かけてみます。」 催眠誘導状態にある被験者は、誘導者の「誘導」に決して逆らうことはない。 すべてを受け入れてしまうのである。 「こんにちは・・・」 「・・そうですか・・・」 「ええ・・いいお天気ですね・・・。」 雑談が始まったようだ。会話相手の声は、もちろん立花には聞こえない。存在しないのだから聞こえるはずがない。友里はどうやら、相手に名前を聞かれている様子である。 「はい・・心理学を専攻しています・・。」 「片桐・・友里・・です・・・。」 「ええ・・わかりました・・。」 「では・・また・・・。」 相手が去った様子が伺える。立花は思い切って友里に質問してみた。 「彼は行ってしまったのですか?」 「はい・・見学予定があるそうです・・・。」 「見学?何の見学ですか?」 「立花教授の研究・・・です。」 「ほう・・ここを見学するというのですか?」 「ええ・・そう言ってました。」 「いつ、見学するつもりなのですか?」 「今・・です。」 「彼は、この研究室の場所を知っているのですか?」 「はい・・私が教えました・・・。」 「ふむ・・で、彼は今、どこにいるのですか?」 「研究室の・・ドアの前に立っています。」 立花は、研究室のドアに視線を走らせていた。ふいに、研究室のドアが開いて「彼」が入ってくるような錯覚を覚えたのだ。彼は、そんな自分に苦笑した。すべては片桐友里が脳内で創造した「仮想世界」の「お話」なのだ・・・。
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もう一人・いる!
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