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その日、立花は車で友里を自宅まで送った。友里の住むマンション近くの路上に車を止めると、友里は立花に縋りつくように抱くついてきた。 「もう少しだけ、いっしょにいたい・・。」 「今日は、もう帰ろう。君だって疲れているはずだ・・・。」 立花は、目の前にある友里の唇に、軽く口付けした。 「我がままを言ってごめんなさい・・でも・・。」 (でも)と言い掛けたまま、友里は次の言葉を失っている自分に気がついた。立花は妻子のある身である。自分の恋愛が成就する、つまり、彼と結ばれるということは決してないのだ。少なくても、彼が妻よりも自分を選ぶという決断をしない限りは・・・。 友里はハンドバックを取ると、助手席のドアを開いた。 「教授・・おやすみなさい・・。」 立花は、街灯の薄明かりの中へと去ってゆく友里の後姿を見送りながら、タバコに火をつけた。 (もう、そろそろ潮時かも知れない・・・) 自分を見つめる片桐友里の、眼差しの「熱さ」が、彼を必要以上に警戒させていた。 (まあ、今時の学生だ。本気だ・遊びだと、騒ぐこともなかろう・・・) 確かに友里は、「恋に溺れる純情派」ではない。その美貌に魅せられる男性は「星の数」ほどいるし、恋愛に不自由を感じたことなど、これまで一度たりともなかったのである。そこに立花の誤算があった。友里は、生まれてこのかた、一度たりとも「不本意な離別」を経験したことがなかった。つまり、ふられたことがなかったのだ。 彼女は常に「選ばれる存在」であり、相手を認めるかどうかのイニシアチブは、いつも彼女が握っていた。 (彼女だって、何だカンだ言いながら、私とのことはゲームとして楽しんでいるはずだ・・) これも立花の「誤算」だった。自分への過小評価は、時には「美徳」として受け止められるが、このような場合に、自分への「正当な評価」を誤ると、相手の心情さえも「誤解」しかねないことになる。高度な催眠分析に長けている立花であったが、庶民的な「恋愛心理」には疎かった。 (私には地位も名誉も・・そして未来もある。こんなことで躓くわけにはいかないんだ・・・。) 友里とのことが噂にでもなったら、それこそ「教授生命」さえ危ぶまれることとなる。立花は、それを思うと鳥肌が立つのを感じた。 (助手は、別の学生を探すか・・) (少しずつ距離をとって・・) (なあに・・彼女だってそのうち忘れるさ・・) (今時の・・学生は・・・) そんなことを考えながら、立花は妻の待つ自宅へと、車を走らせていた。
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もう一人・いる!
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