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翌日、研究室に入ってきた友里を見て、立花は思わず息を呑んだ。化粧の仕方が違うのだろうか?いつもの友里とは違って、さらに魅力的に見えたのだ。 「あら、私の顔に何かついてますか?」 自分に見とれている立花を、友里はそう言ってからかった。 「いや・・別に・・・。」 立花は友里に、自宅まで来た理由を問い詰めるつもりだったが、その日の友里には、そんなことを許容する雰囲気が微塵も感じられなかった。圧倒的な「美」の前で、立花は平静を装うのが精一杯であった。 「と・・ともかく・・実験をはじめよう。」 彼はそう言いながら、友里にいつもの小型無線機とイヤホンを渡した。 「はい。教授。よろしくお願いします。」 友里はイヤホンを耳に装着すると、部屋の中央にある、いつもの椅子に腰掛けて目を閉じた。 「あなたは今、どこにいますか?」 「はい・・研究室にいます。」 「椅子に座ってますか?」 「はい、座ってます。」 「では、外に出て散歩をしてみましょう。」 「・・・はい、散歩をしてみます。」 「あなたは今、どこにいますか?」 「はい・・噴水公園にいます・・・。」 (え・・・??) いつもなら、大学の中庭と答える場面である。大学の向かい側には「噴水公園」と呼ばれる小さな公園があった。友里は、その仮想世界の中で「噴水公園」に向かったのだ。 「公園には、何が見えますか?」 「誰かが・・私を見ています。」 違う展開が始まっていた。これこそ、立花が待っていたものだった。 「それは誰ですか?」 「わかりません・・。」 「男性ですか?女性ですか?」 「女性です・・・。」 「その女性は、どのような服装をしていますか?」 「紺色の・・ワンピースを着ています。」 回答はきわめて具体的だった。友里の脳内に構築されている仮想世界が、独自の人格を持って動き始めている証拠である。 「その女性と話をしてみてください。」 「それは・・できません・・・。」 (否定!!!) 催眠状態にある被験者が、実験者の誘導を否定できるというのか!?立花は、目の前で起きている現実を疑った。 (こんなことは有り得ない・・・!) 「なぜ、できないのですか?」 「その女性が・・倒れているからです。」 (倒れている・・どういうことだ!?) 友里の額に汗が浮き出していた。明らかに動揺している。いったい何が起きているのか・・? 「な・・なぜ、女性は倒れているのですか?」 「わかり・・ません・・・。」 友里の体が小刻みに震えていた。これ以上、実験を続けるのは危険だ。長年の直感が立花にそう判断させた。 「では、研究室に帰ってきてください。」 「はい・・帰ります・・・。」 「あなたは、今、どこにいますか?」 「研究室に帰ってきました。」 「何が見えますか?」 「立花教授が見えます。」 「椅子には誰か、座ってますか?」 「はい・・私が座っています。」 友里の表情がようやく落ち着いてきたようだった。 「あなたは立っているのですね?」 「はい・・立っています。」 「では、座っているあなたと、立っているあなたの違いは何ですか?」 「はい・・・座っている私は汗をかいています。」 「立っているあなたは、汗をかいていないのですか?」 公園で何があったのか?それはわからないままだが、「公園での出来事」を経験したのは「立っている友里」のはずである。立っている友里・・すなわち、もう一人の友里も汗をかいていなければ、話の辻褄が合わないではないか? 「立っている私は・・腕に怪我をしています・・・。」 「え・・!?」 (何だって・・?) 立花は慌てて、友里の半そでのブラウスから伸びた白い腕に視線を走らせた。 そこには、爪で引っ掻いたような傷口から、薄っすらと赤い血が滲んでいたのだ・・・。 自宅に戻ると、立花はスーツ姿のままでソファに身を投げた。緊張と混乱からようやく開放された気分だった。 時計は午後7時を指している。 (あの傷は何だったのだろうか?) 実験前から傷があったことは間違いない。椅子に座っているだけの人間の腕に、いきなり傷ができるなどという ことは有り得ないからだ。 (なぜ、実験前に気づかなかったのだろうか・・・?) 確かに今日の友里は、いつもの友里とは違っていた。見た目も、雰囲気も・・・。 (本当に、美しかった・・・。) 「モデルさんみたいね。」・・という、妻の言葉が脳裏を過ぎった。その時になって初めて妻、真美子の 姿がないことに気がついた。 (買い物にでも行っているだろう・・・。) スーツを脱いで、シャワーを浴びる用意を始めた時、玄関のチャイムが鳴った。 「ごめんくださーい・・・。」 インターフォンの小さなスピーカーから、聞きなれない男の声が聞こえてきた。 「警察の者ですが、こちら立花さんのお宅ですよね?」 (警察・・・!?)
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もう一人・いる!
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