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冷たくなった留美子をクロークの中に押し込めると、私は無意識の内にキッチンからスコッチを持ち出し、瓶ごとラッパ呑みした。「殺人」という言葉は浮かばなかった。どのような倫理観をもって判定しようと、邪悪かつ、邪道なのは留美子の方であり、私の行為は社会的にも賞賛されるべきものに違いなかった。 「あのような存在は、社会には不要だった。」 「いや・・不要どころか迷惑でしかない。」 「ゴミだ。私はゴミを掃除したのだ。」 「ざまあみろ・・ふ・・ふふふ・・。」 その日の仕事をすべて終え、会社を後にした私は行く当てもなく夜の都会を彷徨っていた。自宅に帰る気には到底なれなかった。どう考えても、どのような画策を練ろうとも、私の犯行は世間に晒されることになる。それが、今日一日考えあぐねた結果、到達した最終的な結論であった。感情のままに、前後の見境もなく犯した過ちを隠し通せるわけがない。完全犯罪とは、周到な準備の上に成り立つものであることぐらい、私には容易に理解できるのだ。どのような手段を講じても、あの女の「死」は殺人事件として報道される。もちろん、逮捕される犯人は他ならぬこの私である。愚かだった。つくづく自分の愚行を呪った。あの場は軽く適当にあしらっておけば、こんな事態にはならなかったはずだ。 運命・・・。これが私の運命なのであろうか?幼少時代、近所の子供たちが公園で遊んでる時間にも、私は複数の塾をかけ持ちして勉強していた。青春の輝きと呼べるような出来事は、何一つ経験していない。参考書に引くマーカーの、薄いピンクとブルーが私の青春の色であり、すべてだった。そのような努力の果てに、これが・・こんな結末が私の人生だと言うのか! 「神様・・・」 街灯の薄明かりの下で、ふいに足を止めて私は今まで口にしたことのない単語を呟いた。 「神様・・・。」 その時だった。ドスンという軽い衝撃を背中に感じ、少しよろめきながらも、私は後ろを振り返った。 「えらい、すんません。勢いあまってぶつかってしもた〜・・。」 そこには、一人の男が立っていた。街灯に浮かび上がったその顔に、私は見覚えがあったが、すぐに名前が出てこない。 「あのお・・私、こういう者なんですが・・。」 その男は唐突に名詞を差し出してきた。私は、自分の仕事関係の人脈の記憶を辿り、彼の風貌に一致する人物を詮索したが、やはり心当たりはなかった。受け取った名刺には、こう書かれていた。 「貴方の悩み事・解決します」「天国・代表者・神様」 「な・・何なんですか?これは?」 私は、その男を睨み付けた。どうせくだらない詐欺まがいの行為に奔走するイカサマ宗教に違いなかった。 「何って・・そりゃ、貴方。貴方が今、私を呼んだのでしょう?」 「え・・?」 「貴方、たった今、神様って言いましたよね?」 言った。それは記憶にある。事実に違いない。だからといって、本物の神様が現れるはずがないことぐらい、小学生でも知っている。 「からかっているのかね?私は忙しいんだ。これで失礼するよ。」 「ちょ・・ちょっと待ちなはれ〜!せっかちな人やなあ。」 関西弁のしゃべる男を見て、急にその名前が脳裏を過ぎった。 (坂田・・アホの坂田だ・・) 「貴方、今、私を(アホの坂田)だと思ったでしょう?」 男は私の顔を覗き込んで嬉しそうな表情をした。 「いやあ〜、無理もない。よく似てると言われますぅ!」
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アホの坂田が怒ってる
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