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後ろ向きに歩きながら、会社の玄関を潜り抜け、自分のデスクに座る。パソコンのスイッチを「切り」、画面に現れた計算結果を見ながら、計算式を入力し、入力を終えてから計算ソフトを立ち上げ、再び立ち上がると後ろ歩きでトイレへと向かい・・・(描写は省略!) 気が狂いそうだった。いや、もう狂っているのかも知れない。早く・・早く「あの時間」になってくれ! 「いかるでんすすはんさいけのいれ」 「かいなわあきついぱっい、んばんこ」 「かいなてっも、うょりしのんけほいがんそかれだ、いーお」 オフィスには、わけのわからない「音声」が飛び交っている。いや、実際には部屋に音が響いているわけではない。それを聞いているのは私の「脳細胞」だけなのだ。誰もが口をパクパクさせながら、その音を「吸い込んで」いるようだった。皆の動きがぎこちなく感じるのは、重力効果が逆向きになっているからだと気がついた。上から下へ落ちた物は、下から上に舞い上がるのだ。誰かが丸めてゴミ箱に投げ込んだ紙くずが、ゴミ箱から飛び出して、誰かの手の中へと帰ってゆく。 誰かが契約書類を作成している。書類にペンで書き込まれた文章は、紙の表面からペンの先へと、インクとなって戻ってゆき、書類は白紙となり、やがて契約も白紙となる。 私はふと、考えた。重力そのものの向きは変わらないのだろうか・・?光も音も・・すべてのエネルギー反応が逆向きなら、重力だって逆向きになりはしないか?だが、すぐにその疑問の間違いに気がついた。質量があれば重力がある。時間の方向がどうであれ、質量から重力を差し引くことはできないのだ。 で・・ではなぜ、物体が下から上に舞い上がるのだ・・・。 もう、どうでもよくなってきた。そもそも、この現象を理解しようとする方が間違いなのだ。 ようやく昼休みの時間となった。(昼休みが終了した時間である。) 社員たちが後ろ歩きで社員食堂に入ってゆく。(食堂から出てきた姿の逆である。) 社員たちが食事を始めた。(体内の養分を口から吐き出している。) 私は会社の近くにある公園のベンチに座り、逆向きに羽ばたきながら舞い降りてきた鳩を見つめていた。 もうすぐだ・・頑張れ・・・。 狂いそうな気分を押さえ込みながら、私は自分自身を励ました。意識だけが「正常な向き」という、この状況を乗り切り、「あの時間」まで到達せねばならない。座っている「私」の視線が、空を仰いだ。上空にはジャンボジェットが「後ろ向き」に飛んでいる。大気中に吐き出された熱とガスをジェットエンジンの噴出口に集めながら、バックで飛ぶ飛行機。もし、笑うことが許されたなら、私は大笑いしたであろう。しかし、それは出来ない相談だった。 過去の・この時間に・この場所で・私は笑っていないからである。
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アホの坂田が怒ってる
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