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右手にカメラ、左手に三脚をぶら下げて、俺は今日の「仕事場」へと入っていった。「○○市・市民文化会館」の小ホール。キャパシティーが300人ほどの小さな会場だった。ステージ上では、すでに音響、照明はセッティングを終え、バンドの連中が楽器の調整を行っている。 1mほどの高さのあるステージだった。俺は下手(しもて=ステージに向かって左側の位置)に三脚を立て、それを「ドリー」にセットする。ドリーとは、三方向に伸びたアームの先端に「滑車」がついた撮影用備品である。これに三脚を乗せることで、撮影中も振動のない、滑らかな移動が可能となる。 三脚上部のセットアダプター(カメラ固定台座)のレールにカメラを滑り込ませる。「カチン」という心地よいロック音が、カメラが完全に三脚の固定されたことを知らせてくれる。カメラの電源を入れて、レンズをステージの中央に向ける。そこには今日の主役である女性ボーカリストが使用するマイクが立っている。俺はピントリングを回しながら、ゆっくりとドリーを引き摺りながら「画角」の確認をする。 「おはようございま〜す!」 背後から声をかけられ、振り返るとエンジニアの「佐藤君」が、マルチケーブルを担いで近づいてきた。 「おはよう!早いねえ。」 「いえいえ、新米ですからね。遅刻なんてしたら殺されちゃいます。」 佐藤はそう言って笑いながら、俺が使用するカメラにケーブルを取り付ける。 「お・・!トライアックスじゃん!」 てっきりマルチケーブルだと思っていたが、佐藤が持ってきたのは「トライアックス」と呼ばれるデジタル通信用のケーブルだった。 「ええ、社長がこれを使えって言うもんで。」 言葉には迷惑そうな響きがあるが、「新し物好き」の佐藤は多分、内心では喜んでいるに違いない。 今でこそ「デジタル」が主流となっているが、当時、撮影で使用するカメラは画像をアナログ信号として処理する「アナログカメラ」である。このカメラの信号を、数十m離れた「コンソール・ルーム」に送るために使用するケーブルを「マルチケーブル」と呼ぶ。この一本のケーブルの中には「電源・映像信号・左右二つの音声信号」と、合計4本のコードが通されていて、マルチ自体はかなり太く、重たいものである。 カメラのアナログ信号をデジタル変換して、変換されたデジタル信号を送信するというシステムが開発された。これを「トライ・アックスシステム」と呼ぶが、この方式だと信号はすべてデジタル化されるので、電源ラインの他に信号用のケーブルが一本だけあれば済むことになる。 たった一本のケーブルの中を伝ってゆくのは「アナログ信号(連続的事象)」ではなく「デジタル信号」・・つまり記号化された情報である。情報が記号化されてしまえば、それが混同することはない。時間差をつけて「映像〜音声右〜音声左〜映像」と、順番に送信するだけでよいのである。 「スマートでしょ!このケーブル。こんな細いケーブルで送信できるなんて、何か嘘みたいっすよね!」 トライアックスのセッティングを終えた佐藤は、そんなことを言いながらカメラのビューファインダーを覗き込んでいる。 「こんちわーす!」 その時、もう一人のカメラマンである「吉田」が、会場に入ってきた。 「いやあ、道が混んで・・遅くなっちゃいましたよ。すみません。」 小柄な男だった。年齢は30を越えているが、童顔なので20代半ばといっても通用するだろう。挨拶もそこそこに、吉田はステージの上手(かみて=ステージに向かって右側の位置)に向かい、さっそくセッティングを始めた。 今日のイベントは、とある女性新人歌手の「プレビュー(業界向けのお披露目)」であり、俺たちの仕事は、そのステージ映像を会場に設置された大型モニターに流すための「実況」と、同時にその「撮影=記録」だった。大型モニターはステージの左右に2台セットされている。使用するカメラは3台。その内、ステージの左右から被写体を狙うのが俺と吉田。もう1台は会場の後方にセットされた「遠隔操作カメラ」である。これは主に、後方からステージ全体を写すために用意されているもので、細かなカメラワークは必要ないために、コントロール・ルームでエンジニアがモニターを見ながらリモコン操作するのだ。
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ダブヨンの伝言
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2011/3/11(金) 午後 11:29 [ logger312001 ]