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本番20分前。俺たちはそれぞれのポジションに戻り、最終的なシステムチェックを開始する。通常であれば、このように複数のカメラを使っての仕事の場合、使用するカメラは「カメラ部独立タイプ」と呼ばれるものである。これは「映像記録装置」つまりVTR部分が無く、映像を他のVTRに送信するためだけに機能するタイプである。しかし、今日、俺たちが使用するカメラは「ENGカメラ」である。これは単体でも録画記録が可能なタイプであり、要するに「家庭用ビデオ」と同様、その本体にビデオテープをセットできるタイプである。 「ENG」とは「エレクトロリック・ニュース・ギャザリング」の頭文字である。「野外電子取材用機材」と訳すこともできる。そして、今日、俺たちが使用するカメラは、放送用ENGカメラの最高機種と呼ばれる製品だった。 しかし、もちろん、今日の仕事では、このカメラ本体にテープがセットされることはない。つまり記録映像の録画は、俺たちの仕事ではないのだ。 俺は三脚の上部から、後方に伸びた「パン棒」を右手で軽く握り、上体を少し屈めてビューファーを覗き込んだ。左手はカメラのレンズ部分に添えられている。取材などで、カメラを肩に担ぐ場合、この部分がハンドグリップであり、ここに撮影中に必要な操作のスイッチ類が集中しているのだ。 プロカメラのレンズ部分というのは、高級なものなら300万円は下らないという高価な製品である。 右手をグリップに差し込むと、人差し指と中指が、自然と「ズームレバー」の位置に収まるように設計されている。言うまでもなく、このレバーによって「サーボモーター」が作動し、レバーを前後に押し込む動作でズーミングするのだ。薬指は「オート・アイリス」のボタンに上にくるが、このボタンは、それを押している間だけ、「絞り」が自動調整されるという機能がある。 撮影時に、目まぐるしく変化する「光の強さ」を、通常カメラマンは「手動」で調整している。これはレンズについている「絞りリング」を回すことによって、レンズに入ってくる光を調整するわけだが、この時、ビューファインダーの中には「ゼブラパターン」という、プロカメラ独特の「光量情報」が映し出される。 光を最も反射する色は「白」である。この「白の反射」を検出し、それを縞模様(ゼブラパターン)として表示するのだ。このパターンの様子を確認することで、その時の光量が適切かどうかをカメラマンは知ることができるのだ。 もう一つの重要なスイッチに「ホワイトバランス」というものがある。これは撮影が始まった後には一切使用しないので、グリップを握った指がこのスイッチに触れることはない。機能としては「色合いの調節」であり、撮影対象となる「映像全体」の中の「白」を検出し、この波長を基準として「全体の色合い」を決定する仕組みである。これが撮影時に押されるようなことがあると、画面の色調が途中で変わってしまうということになる。このようなミスを避けるために、このスイッチは故意的に「触りにくい場所」に設けられているのだ。 しかし、今日の仕事のように複数のカメラを使用しての撮影の場合、これらの機能の大半はスポイル(省略)される。なぜかと言えば、絞り具合や色合いなどが、各カメラによって違ってしまっては、映像を繋ぐことが出来なくなってしまうためであり、これらはすべて「VE=ビデオエンジニア」が一括して処理することになっている。 この時、機能を失った「オートアイリス」のボタンには、新たな機能が割り当てられる。これが「リターン」と呼ばれるものであり、つまり「アイリスボタン」が「リターンボタン」に変身するわけだ。 リターンとは、複数のカメラを使用する場合、お互いが「同じ映像」を撮ってしまうことを避けるための機能である。このボタンを押すと、「自分以外のカメラの映像」をファインダーの中で確認できるのだ。今日、俺がこの機能で確認できるのは、もちろん吉田の映像であり、吉田もまた、手元でこのボタンを押せば俺の映像を自分のファインダーに見ることができるという仕組みになっているのだ。
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ダブヨンの伝言
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