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それから一週間が過ぎた日曜日の午後のことだった。俺はたいした予定もなく、ただ自宅でぼんやりとテレビを見ていた。あの日、本番中に起きた不思議な出来事が脳裏を過ぎる。 (あれは、何だったのだろうか・・・?) スリップする車・・接近するガードレール。ミラーにぶら下がったマスコット。 記憶を揺さぶるものがあった。どこかで、あの「熊のマスコット」を見たような気がするのだ。 テレビは午後一番のニュースの時間となっていた。見慣れた顔の男性キャスターが、地方で起きた交通事故のニュースを伝えていた。 「今日の早朝、岩手県○○郡の山中にて、車両の転落事故があった模様です。車は下し坂を走行中に雨でスリップし、ガードレールに激突後、崖下し転落したとの事ですが、この事故で転落した車両の中から一人の男性の遺体が発見されておりまして現在、地元の警察が運転手の身元の確認を急いでいるということです。あ・・ただ今入りました情報によりますと、崖下に転落した車の所有者は、東京在住のフリーカメラマン。吉田健一さんと判明・・ええ・・発見された遺体も本人であることが判明した模様です。」 キャスターの声が、遠くの方で聞こえていた。 あの「マスコット」は吉田の車の中で見たものだったことを、俺はその時、思い出していた。 その日の夕方、俺は誰もいない事務所の機材室に入り、まだ修理されていない「吉田のダブヨン」を機材棚から取り出すとテーブルの上にそれを置いた。 キャリングハンドルの塗装は剥げ落ち、ピントリングもまた、金属の色が見えている。 ボディのあちこちに傷があった。 「電源が入らないんだよね〜・・。」 残念そうな吉田の声が脳裏に蘇ってくる。だが、俺には予感がある。 「吉田のダブヨン」はもう、二度と作動することはないという予感だ。 機械はシステムそのものだ。システムとは「規則」のことを指す。決まり事のことだ。 機械には、機械に与えられた「決まり事」がある。 カメラに与えられた規則・・・それは「撮影者の意思通りに作動する」ということだ。 「お前はな・・ただの機械なんだよ。」 俺は「ただの機械」を睨み付けて、「ただの機械」に向かってそう言った。 「なあ・・あの時の映像・・あれはお前の仕業だろ?・・そうなんだろう?」 機械はもちろん、質問に答えることはない。そのようにシステムが組まれていないからだ。 「お前・・吉田の身に起きる事故を予測したんだな・・?」 「俺に、それを伝えようとした・・どうだ、違うか?」 機械はもちろん、質問には答えないのだ。 「馬鹿なやつだな・・お前は・・。」 機械には役割りがある。与えられたことだけをやっていればよいのだ。 人間は機械に対してそれ以上を求めてはいない。 「俺に危険を伝えてどうするんだよ・・・」 「馬鹿だな、本当に。吉田に・・吉田本人に伝えればいいじゃないか!」 その時、ふいに吉田の言葉が脳裏を過ぎった。 「俺さあ、時々思うんだけどね、カメラって、被写体を撮ってるじゃない?これって、俺が撮影してるのかな?それともカメラが撮影している映像を、俺はただ見てるだけなのかなあ?」 俺は、こう答えたはずだ。 「撮影するのはな、吉田。俺たちの意思だよ。カメラマンが写すから、そこに映像があるんだ。」 お前の仕事・・・それは吉田に対して、吉田が求める映像を送り届けることだ。吉田に「写そうとする意思」がある限りお前は、それの応える義務がある。 馬鹿な奴だな・・・与えられたシステムを破壊すれば、もうそれはカメラじゃない。 「当たり前だ!電源が入らなくなって・・動けなくなったって・・当然じゃねーか!」 涙に滲む視界の中で、「吉田のダブヨン」は、黙ったままだった。 吉田には・・吉田のビューファインダーには吉田が求める映像を送り続けて、その裏側で、お前は・お前自身を支えている「規則」を破壊して、システムを勝手に変更した。俺のファインダーに、あの「メッセージ」を送信するために・・・。 わからなかった・・わかってやれなかった・・・。 溢れた涙が「ダブヨン」の、物言わぬ傷だらけの黒いボディを濡らしていた。 「ば・・馬鹿野朗・・機械のくせに・・・ただの機械のくせに・・・!」 【SONY・BVW−400】 その優れた機動性能と、高品位な画質で世界中のビデオカメラマンから信頼され続けた名機である。 事件・事故の現場において、あるいは銃弾が飛び交う戦場の中で、決死の覚悟で撮影に挑むカメラマンの肩の上で、「ダブヨン」は、その意思に応え、その意思を映像として記録した。そのようにして撮影された多くの映像たちが、「出来事の真実」を世界中に伝えたのである。 |
ダブヨンの伝言
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多少リライトしましたか?
もう一度読みたかったのでよかったです。ぽち!
2009/2/26(木) 午後 6:13
かおりん♪
システム説明の部分を厚くしました。(特に理由はなし!)
ストーリーが単純だったので、一気に書きあげちゃいました。
(OMEGAも再執筆中です)
2009/2/26(木) 午後 9:07
凄い!!オカルトかと思ったら最後は感動もの!
ちょっと泣けちゃいました!
takuさん、プロの作家なんですかー?
2009/10/1(木) 午前 1:06 [ Ryouko ]
Ryoukoさん♪
読んでもらえることが何よりも嬉しい!!
初期の作品ですが、それだけに思い入れがあります。
誰かの心に何かが残れば・・・そんな気持ちで書いてます。
(ちなみにプロではありません)
2009/10/1(木) 午前 6:07
盛り沢山で、
何度も来たくなっちゃうブログですよね。
takuさんのブログは。
今日は、ここを読んでみましたヨ!
「ダブヨン」
・・いっこ覚えました〜(^−^)
物言わぬカメラ。
でも
「大切に使ってもらったことは覚えていてくれる」
ような気がしますよね。
2010/4/2(金) 午前 11:10 [ まんげつ ]
まんげつさん♪
こんばんは!
実は小説を読んでもらえるのが一番うれしいです!(笑)
特にこの作品は自分でも大好きなので、今ちょっと感激してますよ。
人間も機械も、システム(仕組み)があります。
そして自然界にもシステムがある。
最近、そんなことばかり考えてます。
2010/4/3(土) 午前 0:34