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(そろそろシャワーでも浴びて、私も寝ようかしら・・・。) そんなことを考えながらソファから身を起こすと、玄関のチャイムが鳴った。 壁掛け時計を見ると、午後11時を過ぎている。 (誰よ・・こんな時間に・・?) 私はそっと玄関に近づくと、「覗き穴」から外の様子をうかがった。 玄関ドアの前には、一人の中年の男性が立っているのが見えた。 「どなたですか〜?」 私はドアを開けずに問いかけてみた。 「はいは〜い。聞こえてますよ〜!私で〜す!」 わ・・私ですぅ?・・その「私」が誰かを聞いてるのよ! 「ですから、どなたですかあ!」 「はいは〜い。私、関東○△■×÷・・から参りました者ですがー!」 関東・・の後が聞き取れなかった。カントウ・・ナントカ・・・?私は、仕方なくドアを開けた。 「あ〜・・どうも、夜分遅くにすんませ〜ん。」 やけに愛想のいい男だった。 (似てる・・誰だっけな・・?) 「あ?奥さん?奥さん、今、私がアホの坂田に似てるって、思いましたね?」 「あ〜・・そうそう、そうよ!アホの坂田に似てるのよね〜!」 私は何故か、それを思い出して嬉しくなってしまった。 「で、何の用件ですか?」 「はいはい・・ここじゃあ、何ですからぁ・・・。」 この男、図々しい!部屋に上がりこむつもりなの?! しかし、気づいた時、その男はテーブルを挟んで私の前にちゃっかりと座っていた。 「えっと、私、こういう者ですぅ。」 テーブルに置かれた名刺を手にとって見た。 (関東・昆虫愛護協会・・・ムッシュ坂田) こ・・昆虫愛護協会・・??聞いたこともないような名前だ。 それに、なあに?この「ムッシュ坂田」って? 私は笑っていいやら、悪いやら、そんな思いで「ムッシュ坂田」を見た。 「プッ・・!」 やはり笑ってしまった。アホの坂田のそっくりさんの名前が「ムッシュ坂田」だなんて・・。 「笑われてしもたぁ・・。」 「ああ、失礼しました・・・。」 私は込み上げてくる笑いをこらえながら、そう言った・ 「ムッシュ・・というには虫にひっかけたシャレなんですか?」 「ええ・・よくそう言われますけど、これ、本名なんですぅ。」 ムッシュ坂田は、そう言いながら古びたカバンから数種類のパンフレットを出し、それをテーブルの上に丁寧に並べ始めた。パンフレットにはどれも、カラーの昆虫の写真が載っている。 「実は、この数年、世界規模で昆虫の数が減ってましてね、私どもは、その深刻な現実を世間の皆様にお伝えすべく、日夜、こうして努力しておるわけでしてえ・・。」 何のことか分からないが、私は取り合えず黙って、ムッシュの話を聞いていた。 「昆虫の総数というのはですね〜、人間1人に対してぇ・・10億ほどにもなるというくらい、膨大な数がおるわけでしてね、ところが、この数が急激に減ると、私たちの生活・・いや、命さえも危ぶまれる事態となるんですよお。奥さん。」 「はあ・・そーなんですかあ?」 「そーなんです。」 「そーですかあ。」 「そーですよー。」 私は坂田が並べたパンフレットを一部、手にとってページをめくってみた。昆虫というのは、遠くで見てる分には「ただの虫」だが、近くで見ると「異様な怪物」に見えるものだ。そのページには「カマキリ」の接写写真が印刷されている。 「うわあ・・まるで怪獣ですね・・怖〜い。」 「怪獣・・何てことを言うんですか!可愛いじゃないですか?」 「可愛い?これがあ?・・・ちっとも可愛くないですよ。」 それは本心だった。緑色の全身、三角形の頭に、異様に大きな目。そして、体の両側には「カマ」を振りかざしているのだ。同じ星の生物とは思えない「デザイン」だった。そのUP写真の下に、奇妙な写真がある。 「これは何ですか?」 「ああ、それはカマキリの卵です。」 木の枝に絡みつき、ぶら下がっている茶色い袋。そんな印象である。 「その卵の中で、カマキリの赤ちゃんが孵化するんですぅ・平均・・・匹くらいです。」 「ずいぶん、大きな卵なのね・・?これを産み落とすわけ?」 その「卵」は、すぐ横に写っているカマキリの体の半分ほどもあるように見える。 「いえいえ、これ、正確には(卵鞘)と言います。まあ、卵の入れ物だと思ってください。この中に数百個の小さな卵が入ってるんですよ。これはね、奥さん、カマキリの体内から(泡)の状態で出てくるんです。空気に触れるとゆっくりと固まってゆく。泡がこうして固まると、スポンジ状になります。つまり外気の変化や衝撃を吸収するんですよ。」 「はあ・・なるほどねえ・・。」 「これも皆、子を思う親の愛情ですぅ。こうして、卵鞘で包んでやることによって、子供たちは安心してこの中で育つことができるんですぅ。カマキリにも愛情がある。人間と同じ、生き物ですからねえ。」 「ええ?・・愛情?」 「そーですぅ、愛情ですぅ。」 「いやあ、それは違うでしょう?ムッシュさん。」 「何が違うんですか?」 「だって・・ねえ・・・?」 虫に人間と同じ「情」があるなんて言い方はナンセンスに思えた。 「その方法が結果的に、種族の繁栄に役立ったから受け継がれて残っている。それだけのことでしょ?その出産方法に適した身体構造が残っているから、それを行っているだけよ。」 「ええ・・ええ・。そうです。奥さん。貴女だって同じでっしゃろ?」 「な・・何が同じなんですかあ?」 「貴女だって、その脳みその構造があるから、愛情という意思が発生する。その構造が一番適しているから受け継がれて残っているだけ?違いますか?」 「違うわよ。ムッシュ!愛情というのは、誰かの教育が必要なのよ。脳みそで考えることと、体が反応することは絶対に違うでしょ?」 「同じでっしゃろー!奥さん。教育っちゅーもは、方法の伝達のことですぅ。伝達方法に言葉を使うか使わないか、それだけの違いでっしゃろ?カマキリさんは、子供を愛し、守り育てるためにこの方法を選んでる。人間には人間の方法があり、お魚さんにはお魚さんの方法がある。皆、根本は同じなんですぅ。」 「ち・・違うわよ!だって、カマキリわー、その構造のことを知らないでしょ?自分が何で生きていて、何の目的があるか、知らないじゃない。人間とは違うでしょ!」 私は「ムッシュ坂田」の説明に同意できなかった。何でこんなに剥きになっているのか、自分でも可笑しかった。坂田は、とうとう諦めたように深い溜息をついた。 「奥さん・・この世の中に、自分が何故、生きているのかを知っている人間なんて、一人もいません。」 坂田はそう言うと立ち上がって、玄関に向かった。 「すんませんねえ、夜分にお邪魔しました。」 坂田が帰った後、私はソファに身を投げて、再び天井を見つめてしまった。 (自分が何故、生きているのかを知っている人間なんて、一人もいません。) 坂田の言葉が耳に残っている。そう・・その通りだった。生まれてきた理由なんて、誰も説明できない。 両親がセックスしたからよ・・・(それは理由ではなくて、原因でしょ?) 受精して卵子が分裂したからよ・(それは理由ではなくて、途中経過でしょ?) 何で生きてるの? 何で、子供を育てるの? 何で、子供が可愛いと思うの? 何で・何で・何で・何で・何で・何で・・?? と・・ところで、ムッシュ。 「貴方、いったい・・何しに来たのよ?」 私は天井に向かって呟いていた。
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アホの坂田が転んでる
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傑作ですね。
考えさせられ、引きずり込まれ、笑ってしまい ---
「貴方、いったい・・何しに来たのよ?」
上の一言で、また爆笑でした。
2009/2/27(金) 午前 3:30 [ YARRA BAY ]
やーらさん♪
気が早いなあ・・(笑)
物語はこれからですよ!
(乞うご期待!)
2009/2/27(金) 午前 5:37