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「あなた・・本当に行くんですか?」 「ああ・・私が現場に行っても何が出来るわけではないがな・・。」 「ごめんなさいね・・あなた・・私がだらしなくて。」 「いや、これが君の愛情の深さだ。気にすることじゃあないよ。」 黒木隆造・・・黒木発砲スチロール(株)の社長であり、美由紀の父である。 「とにかく、この目で確かめねば・・・。」 テレビで「倒壊現場」に美由紀と孫の祐樹が取り残されていることを知った直後に、妻がショックで倒れてしまったのだ。 ベッドに横たわる妻に微笑みかけると、隆造は引き出しから車のキーを取り出した。 「行ってくる。いいかい。無理して起きてはいけないよ。」 隆造がそう言って寝室を出ようとした時、ふいに胸のポケットで彼の携帯電話が鳴った。 「はい、黒木です。」 「お父さん・・・私・・美由紀です・・。」 「み・・美由紀・・お前、大丈夫なのか!救出されたのか!」 「いいえ・・まだ、中にいます。」 「い・・今から、そっちに行くから・・いいか、気をしっかり持って・・。」 「駄目よ・・お父さん。こっちに来ては駄目!」 美由紀は強い口調で隆造を制した。 「ね・・少しだけ黙って、私の話を聞いて欲しいの・・。」 娘との会話を終えると、隆造は工場へ向けて車を走らせながら、矢継ぎ早に幹部職員に電話をかけた。 「全員、出社させてくれ。今すぐにだ!」 社長、黒木隆造の車が工場に着いた時には、すでに数人の社員が駆けつけていた。 「挨拶はいい。すぐに会議を始める。準備をしてくれ。」 時間は午後11時30分を回っていた。 幹部役員と主任技師たち、全員の視線が隆造に注がれている。 「諸君らに対する非礼の謝罪は後回しにさせてもらう。まず、本日、○○市で発生したスーパーマーケットの倒壊事故について、知らない者はいるか?」 全員、知っている様子だった。 「現場には現在、二人の人間が生き埋めになっている。私の娘と孫だ。」 会場にどよめきが沸いた。 「論点を要約する。よく聞いて欲しい。知っての通り、倒壊現場は瓦礫の山のような状態であり、外部からこれを撤去すれば一斉に再崩落してしまう可能性がある。」 この件についても、すでにテレビ局の何社かが報道していた。 「レスキュー隊は夜明けを待って、この瓦礫を撤去する作業に入るというが、これは一か八かの博打的な要素を含んでいることは否定できない。私には崩落する可能性の方が高いように思える。諸君らの意見を聞きたい。」 会議室はざわめきで埋め尽くされた。 「危険ですね・・他に方法はないのですか?」 役員の一人が立ち上がって発言した。 「あれば、それを選択するだろう・・・。」 もう一人の役員が、申し訳なさそうな声で言う。 「諸君、実はほんの30分ほど前に、娘が、あの瓦礫の下から私に電話をかけてきた。」 ざわめいていた場内が静まり返った。 「これから話すことは、彼女が、自分と、自分の息子の命を救うために、言わば命がけで発案した脱出方法だ。君たちには突拍子もない内容に思われるかも知れないが、真剣に聞いて欲しい。」 全員が、黙って頷いていた。 「我々は、スチロール製品を扱っている。発布スチロール・ウレタン、どちらも固形化する前は泡状の液体だ。このどちらかを、あの瓦礫の山に流し込むとする。もちろん、周囲には柵を設置してだ。」 再び場内がざわめいた。 「大量のスチロールで、全領域を固めてしまえば・・・!」 「崩壊は避けられるのではないか?」 「そう、娘が言うには、内部の瓦礫は非常に不安定で、どこか一箇所を取り除こうとすれば、全体が崩れてしまう。しかし、その「全体」を予めスチロールで固めてしまえば・・そして、完全に固形化した後に、トンネルを掘るように遭難現場まで、脱出ルートを作れるのではないか?・・どうだろうか?」 「可能です・・いや・・それがベストかも知れません!」 技師の一人が立ち上がっていた。 「やりましょう!社長!これから準備すれば、明日の朝までには完成します!」 「やらせてください!社長!」 黒木隆造は全員を見回した。 「わかった。これは社長命令だ。明朝までにプロジェクトをまとめてくれ。」 「よし、これより作業に取り掛かる!」 そう言って立ち上がったのは、長年、この会社で黒木の右腕を勤めてきた幹部役員の「仲原健一」だった。 「まず初めに、適切な材料の選択、及び強度の算出。それから材料の総量を計算してくれ。 我が社の在庫で足りない分は協力会社に発注する。これらを1班の仕事とする。」 「次に倒壊現場への材料の注入方。及びその輸送手段の確保。これは直ちに運送会社へ協力要請する必要がある。これを2班、頼んだぞ。」 「そして、3班。あらゆる可能性を考慮して、この作戦の欠点を洗い出して欲しい。例えば薬品が人体に与える影響。あるいは、固形化する際に発生する熱の問題などだ。その場で解決できることは、いちいち報告せずに解決してくれ。時間最優先だ。」 仲原の指示を受けて、全員がそれぞれの持ち場へと散っていった。 老練な技術者が見せた、見事な指揮・命令だった。 「社長、私も研究室へ向かいます。社長はここで待機願います。」 仲原はそう言うと、足早に会議室を後にした。 誰もいなくなった会議室で、隆造は握り締めた拳をデスクの上に置いた。
その拳の上に、一滴の涙が零れ落ちた。 |
アホの坂田が転んでる
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